或る夏、影を伸ばすような夕暮れが、神社の鳥居を包み込んでいた。
二匹の烏が聞いた、とある噂の話をしよう。
耳打つ子供の声が、どうやら今日は夏祭りらしくて、揺らいだ。
裏山の小道を登ったトンネルの向こうに屋敷があるだろう?
そう、あの古い屋敷だよ。数十年も前に持ち手が居なくなった、あの。
あそこって、出るらしいんだよ。なにが、って?
夏なら、必ず聞くあの噂さ。
幽霊だよ。
首を吊った少女の霊が出るらしいんだよ。
まだ未練でもあるのかもしれないけど、とりあえず出るのさ。
だからあそこは仮に格安でも売られない。
そんな曰く付きな物件なのさ。あそこは。
ん? なんでこの話をしてるかって?
それは、今からお前さんが読む小説の知識を蓄えてやろうとしているんだよ。その本は昔私も読んだがあまりよく解らなくてねぇ、作者の下まで訪ねに行ったくらいさ。
そしたら、その小説の舞台がこのへんなんだと。驚きだろ?
……話しすぎたな。ま、読んでみるといいよ。それが君の価値観を変えることにもなると思うし。
≪幽霊屋敷の首吊り少女 【自己解釈】≫
「ねぇねぇ、今日あの屋敷に行ってみましょうよ」
「あの屋敷って?」
「あれよ、あれ。
神社の裏山のトンネルの向こうにある幽霊屋敷!」
「幽霊なんて出るわけ無いじゃん」
「そんなこと言って、怖いんでしょ」
二人の少年と少女は、帰り道、夕日が夜に霞み始めた頃、カバンを持ってそんな話をしていた。
「怖くなんかねーよ。
でもあそこは、村の決まりで立ち入り禁止じゃんか」
「立ち入り禁止でも行くの!
今晩、いいね! 解った?」
「……あぁ、解ったよ」
少女はこうなったら止められないので、少年はとりあえず適当に頷いた。
***
その夜。
幽霊屋敷の前。
懐中電灯をもった少年が、不安げに待っていると、向こうから懐中電灯の明かりが見えてきた。
生憎、このあたりは廃屋ばかりで村のパトロールも一日一回あればいい方である。だからこの時期はこの屋敷によく肝試しをする人間が多いのだ。
「やっほ、待った?」
「そこまで待っちゃいないけど……」
「そう、よかった。じゃあ入りましょ?」
「…あぁ」
「なによ、怖がってんの?」
「んなわけないだろ?」
「よねー。男のくせに怖がってるなんてあほらしーもんね」
「すっごいイラっとくるなその発言……」
「とりあえず階段を登ってみてよ」
中に入って、あったのは階段だった。少年は何も思わずに言った。
「……言っただろ。出るはずはない」と。
軋む階段の下に、確かに其れはいたのに。
少年と少女は気づくことはなかった。
そして其れは小さくつぶやいた。
「……私、死んでなんかないもん」
***
少女は長い間ここにいた。
暗がりに浸かって、さっき言った言葉を繰り返す。
私、死んでなんかないもん。
この言葉を心に押し込んで、そっと強がって済ましたとしても、
彼女が過ごした日々と共に止まってしまった針はさびて埃を被っている。
「……あぁ、」
彼女はただ、眠ることもなくどれくらい前からここにいたのだろうか? ということを考えることもせずここにいた。
彼女がなんども、自分がいることをアピールして声を枯らして、日が昇ってくるまでも、彼女はこう心に固く縛り付けている。
「私は此処にいます」と。
季節を束ねた虫の聲は、夕立とともに消えていく。
流れていく灯籠は、神様の悪戯のように、少女を笑っていた。
ふと、彼女が見ると、そこに居たのは灰色の猫だった。捨て猫だろう。雨風を凌げるここへ迷い込んできたのだろうか。
「あなたも私が見えないの?」
猫に尋ねて、そして彼女は背を撫でようとした。
だが、その右手はむなしくスルリと抜け、空を掻いた。
***
彼女はここで思ってしまった。
気づきたくない事態に気づいてしまった。
「私、死んでいたのかな」
その思いを抱えきれずに、呟いた。
彼女は膝を抱え考えた。彼女は過去の糸を手繰ろうとしたのだ。
母親の名前、顔。
父親の名前、顔。
自分の生活、友達。
何もかもが、思い出せない。
「だめだ……。なんで私覚えてないの……」
彼女は、遠くで灯り出した家並みの明かりを見た。
そして、打ち上げ花火が山並みの隙間から見えた。
それを眺め、彼女は、
「きれい……」
ただ誤魔化そうと、気を紛らそうとしただけだった。
***
夏も終わり、『幽霊屋敷』の噂も過ぎ去り、薄れていった。
漂っては薫る線香の煙とともに、
「……そっか。もう、時間なんだ……」
全てを理解した少女は、頷いて、
瞳から泪を零した。
***
「先生、幽霊っていると思いますか?」
少年は学校の教員室で、先生にそんなことを尋ねた。
「幽霊かね?
うーむ。いるとは思いますよ。
ただ、噂だけで存在していそうな感じもありますがね。
実際にいる、と言われても見えないでしょう?
だから、その人が作り出した創作ってこともありえるのですよ」
「なるほど……」
「先生はいないとは断言できないと思います。
ただ、夏だけにいる噂そのものなのではないか……。
そうとも、先生は思えるのですよ」
***
少女は消えゆく意識の中、思った。
誰も見つけることはなかったけど、記憶の中に微かに残る日々の一部としては残ってくれる。思い出としてなる。だから、そんなに辛くなかったよ、と。
もう、夏は過ぎ去った。
向日葵の歌も、もう聞こえることはない。
蝉時雨もなく、夏の匂いだけを残したこの屋敷には、少女はもういない。
***
どうだった? 読んでみて。
え、つまらなかった? なんでこんな文がおかしいんだって?
説明が少ないし、大体誰が書いたんだ、って?
何言ってるんだ。
君の、目の前にいるだろ?
それを書いた人間、即ち“少年”が、さ。
終わり。
幽霊屋敷の首吊り少女 【自己解釈】
きっと、こうなんでしょうね。
自己解釈、かかせていただきました。
原曲:http://www.nicovideo.jp/watch/sm16866078
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