マンションのセレブ感は外装だけでなく、どうやら内装や部屋の設備にまで散りばめられていた。寧ろ、マジでセレブなマンションだった。
「ちなみに2LDK、風呂トイレにクーラーと床暖房付き。更に1部屋は完全防音構造だ」
「すげぇ・・・。あと心読むな」
上から下までぐっしょり濡れた僕達3人からは、当然ながら水が滴って玄関に水溜まりが出来る。未だに僕らを抱えたままの六道は「それでは、」と器用に足を駆使して靴を脱ぎ、部屋に上がった。
「先に風呂に入ってしまうか。少年、ここのドアを開けてくれたまえ」
「だが断る。いい加減放せよ、もう逃げないから」
「そうか。よっ、とと」
六道はふらふらとバランスを崩しながらも、僕と姉さんを開放する。本当はすぐにでも逃げだしたいけど、今は我慢する。姉さんをこのままにするのも嫌だし、何よりこいつから逃げられる自信がない。
とりあえず姉さんをおんぶし直していると、その間に六道がさっき開けるように指示したドアを自分で開けた。そしておもむろにコートのジッパーを開け、ベルトを外し、ジーパンに手を・・・、
「何やってんだ変態!」
「へぶしっ!!」
放った左ストレートが、綺麗に六道の右頬にめり込んだ。
「姉さんがいるのに何で脱ぐんだよ馬鹿野郎!それとも狙いは僕かショタ誘拐犯!」
「紳士の私がそんな犯罪行為するわけ無いだろう!こっちも上から下までびっしょり濡れて、今にも風邪を引きそうなのだ・・・・・はっ!これこそまさに、水も滴るいい男・・・!」
「ナルシストうつるからこっちくんな」
髪をかきあげ、謎のポーズで格好つける六道に思わず溜め息が出る。・・・何で僕、こんな所にいるんだろう。
「洗濯機に服を入れるだけだ。おそらく風呂は沸いているから、君達から先に入るといい。服は乾燥機に入れてくれれば10分で乾くだろう」
「え・・・いいの?」
よくよく考えれば、元々この風呂は六道自身が入る為に沸かせたのではないのだろうか。それを(誘拐した)客人の、それもろくに名前も知らない赤の他人に譲るなんて。
「勿論だ。この六道マオ、招いた客は全力でおもてなしをする!ではゆっくり入ってきたまえ」
僕がお礼を言う前に、六道は上着だけを乾燥機に突っ込んで部屋の奥に消えて行ってしまった。・・・変な人だけど、悪い人じゃないみたいだ。
「・・・・・・・・・あ、姉さんどうやって入れよう・・・」
お風呂で温まったおかげか全身のエラーもすっかり引いて、乾燥機に突っ込んでいたセーラーと短パンの服を着る。・・・ちなみに、姉さんも勿論風呂に入れたが、細かい描写は割愛させてもらう。
そしてまた姉さんを背負い脱衣所を出ると、不意にいい匂いが鼻先を掠めた。何だか食欲が湧いてくるような、お腹がすいてくる匂い。
玄関と反対側にあるドアから、スラックスとワイシャツに着替えたらしい六道が出てきた。まだ半乾きの髪のためか首にタオルをかけている。
「上がったか。こっちも完成したぞ!」
「え、・・・何が?」
六道は「いいからいいから」としか答えず、リビングに案内させる。そこには、ここはフランスレストランかと聞きたくなるような豪華な料理の数々がテーブルに乗せられていた。
「・・・・・・何これっ!」
「説明しよう!前菜はトマトと豆腐のサラダ和風ドレッシングがけ、スープはヴィシソワーズ、メインディッシュはマサバのソテー。デザートにブリオッシュを焼いている。久々にいい仕事をしてしまったぞ!」
両手にマサバのソテーを持った六道が台所からこっちに来る。その両手に乗ったソテーもすごく美味しそうで、ゴクリ、と口内に溜まった唾を飲み込んだ。
「僕ら風呂に入ってたの30分位だよ?どうやったら短時間でこんなに作れるの!?ていうかブリオッシュって家で作れるの!?」
「いやーそんなに誉められると、さすがの私でも照れてしまうよ」
六道は何でもなさそうにあっはっはっはと大声で笑う。席は3人分。僕と六道と、姉さんの分だろうか。
「さあさあ、冷めてしまう前に食べてしまおう。きっと味も絶品だ」
六道はそう言うと先に席についた。僕も姉さんのために椅子を引いて、姉さんが倒れてしまわないように慎重に、バランスを安定させて座らせる。
「・・・少年。お譲さんは起こさなくていいのかね?」
六道が今までの雰囲気とは違う、静かな声で聞いてきた。その顔はさっきまでの笑顔ではない。真剣で、少しの憂いが混ざった瞳に僕の顔が映る。
心配してくれている。・・・今まで僕達には、心配してくれる人がいなかった。だから六道が心配してくれるのがむず痒くて、どこか嬉しくて。・・・・・・胸が苦しくなる。
「う、うん。・・・・・・姉さん、起きてくれないから・・・」
「・・・・そうか」
僕は眼を逸らして、温かそうな湯気が出ているスープや、鮮やかな色のサラダや綺麗に盛り付けられたソテーが並ぶテーブルを眺める。視界の端には、フォークを手に取る六道。
銀に光るフォークがサラダに伸び、瑞々しいレタスを刺して掬う。何となく真似して、僕もサラダを一口だべる。あっさりとしたドレッシングの味が、口の中に広がる。
「私は出来れば、君達と共にここで暮らしたいと思っている」
とても静かなテノールの声が、耳に響いた。
「ここ数日雨が続いているし、そのせいで君達がまた雨に濡れるのは私としても心苦しい。・・・帰る家がないのならばなおさらだ」
その言葉に、思わず肩が跳ねた。何で六道はここまで知っているんだ?少しだけ顔を上げると、弧を描き、穏やかな微笑みを浮かべる唇が見える。
「・・・・・・なんで?ただの他人じゃないか」
更に瞳を動かして見上げると、六道が綺麗な顔を僅かに輝かせ、嬉しそうに笑う。
「だがこうして私達は、共に食卓を囲んでいる。もう他人ではないだろう?」
そこで一旦区切り、ソテーをフォークとナイフで切り分けた破片を口に運んだ。1つ1つの動作が優雅で、のどに流し込んでからやっと続きを喋り始める。
「私は父親の名義でこのマンションの1室を借り、独りで暮らしている。少年とお嬢さんがここで共に暮らしても何ら問題はないし、生活費にも支障は起きない。欲を言えば、君達の家族になりたいのだ」
家族、なんて聞いて少し驚いた。さっき『親の名義』と言ったんだから本物の家族はいるわけで、でもわざわざ六道は1人でここに住んでいて・・・何かあったのかな。
「だが無理強いを強いるつもりもない。あくまで私は、少年とお嬢さんの意見を聞きたい。・どんな事情があったのかは無理に問うつもりもないし、・・・どうしてもここを出て行くというのなら仕方が無い事なのだろう」
饒舌に喋っていた口を止め、自嘲にも見える悲しそうな笑みを浮かべた。ああ、そうか。
六道も寂しいんだ。
「まぁ、ここに招いたのもかなり無理矢理だったからな。少年も文句の1つぐらいは「レン・・・とリン」あるだろうし、・・・・え?」
出来る限り小さな声で言ったはずの名前は、耳聡く六道に拾われた。
まるでUMAにでも遭遇したみたいな顔で驚いて、ぽかんと開けた口から何か出てきそうだ。なんて思った瞬間に見たのはによによと緩まった口元。ああ、早まったかな。
「成程成程、そうか君はレンと言う名前なのか。いい名前だ」
「な、何だよ!べ、別に呼び方がないと不便だなーって思っただけなんだからな!」
「まったく、ツンデレンも素直ではないな。だが安心したまえ、私はツンデレもばっちり許容範囲だ!」
「僕はツンデレじゃないっ!あとツンデレンって呼ぶな!」
未だ引き締まらない顔で「お嬢さんはリンか。可愛らしい名前だ」と六道は褒めてくれた。
それから六道が下らない事言ったり、僕がツッコミを入れたり、他愛も無い話をした。結局姉さんの分の夕食は六道と分けて、メインディッシュも食べ終えた頃、不意にキッチンから甲高い音が鳴る。
「お、ブリオッシュが焼けたようだ。とってくるよ」
「僕も手伝う?」
「いや、大丈夫だ」
六道が立ち上がり、キッチンに歩いていく。甘いお菓子の香りが鼻を掠めた。何気に食べるのが楽しみだったりする。だってあの歌で有名だから。
「レンー、バナナかオレンジのジャムがあるがどちらが好きだ?」
「あ、じゃあバナナでー・・・」
キッチンに眼を向けると、六道が左手に赤いジャム瓶を持ったままもう片方の手で冷蔵庫を物色していた。
色的に苺かな。何で苺の選択肢がなかったんだろう?まぁ、苺よりバナナの方が好きだけど・・・・あれ?
そういえばさっき、『レンとリン』しか言ってないのにどっちがどっちなのか分かってたよな。・・・・・・いやまさかそんな・・・。
「・・・・・・君は王女~♪」
「僕は召使~♪」
「てめぇ最初から分かってたな!!」
思いっきり怒鳴っても「いやぁ失敗失敗。あっはっはっ」と言うこいつを今思いっきり締め落としてベランダに吊るしたい。
「何で知ってたのに黙ってたんだよ!名前聞かなくても良かったじゃん!」
「そう、何を隠そう私はボカロファンだ!ちなみに最初はミク派だったが、悪ノシリーズからリンレン派に目覚めたのだよ。悪ノPいいよな!」
「そんな事誰も聞いてねぇ!あーもう損した!さっきの感動返せ!」
誰かこいつの性格なんとかして・・・・。
「・・・で、何これ?」
夕食の片付けも終わって、僕は六道に「これで我慢してはくれないか?」と差し出された170cmサイズのパジャマに着替えていた。だぼだぼして着心地が悪いまま、姉さんの着替えも終えたので寝室に向かった。寝室のドアを開けると、六道がウキウキしながら布団を3枚敷いていた。
「何で3枚とも並べて敷いてんの?」
「レンこそ何を言っているのだ?並べて敷かないと川の字にならないではないか」
「あ、川の字は決定事項なんだ?」
もはやツッコむ気力をなくした僕を無視して、滞りなく川の字が完成した。六道はその間テンションが上がりっぱなしだった。
「レン、レン!君はどこで寝るかね?私はどこでもいいぞ!」
「僕もどこでもいいや」
こう答えた5分前の自分を呪いたい。
そして僕は・・・六道の隣で寝る事になった。そして今に至る。
「・・・で、何これ?」
「右からだと私、レン、リンの順番だな!」
「どこに好き好んで野郎の隣で寝る奴がいるんだよ」
「ここにいるな。それにしてもあれだな、修学旅行みたいで思わず有頂天になってしまうな!」
「いやほら、明日も早いし・・・」
「レン、恋バナしないか恋バナ!」
「黙って眼瞑って寝ろ!」
「そこまで言うなら仕方が無いな、私の恋バナからしよう!どこから話そうかな?」
「人の話聞けよ・・・」
そんなこんなで、3人での夜は更けていった…。
雨の日の話 Ⅲ
2週間ぶりにこんにちは!今回も読んで頂きありがとうございますm(_ _)m
やっと1日目終了です。ここまでどんだけかけるんだよ・・・。しかもスランプに無理を押して書いたので、もう見直したら「えいっ☆」ってゴミ箱に捨てたくなるぐらい恥ずかしい出来栄え・・・こんなダメダメな文しか書けない作者でもよろしければメッセージくれると嬉しいです。
マオ君テンションが上がって仕方が無いご様子です。この後レンは延々とマオの初恋話を聞かされる羽目になります。一応ボカロがあんまし出てこないので丸々カットする予定です。機会があればサイトにでも乗せます。
ここから下↓は設定。
●人物紹介
@鏡音レン…リンの弟。落ち着いてるけど、ちょっとへたレンぎみ。姉をこれ以上の破滅から救うため、家出をする。だぼだぼのパジャマは正義です。
@姉さん…鏡音リン型でできている、レンの姉。しっかり者で、大事な人は身体をはって守る。現在、機能停止中。
@六道マオ…高校の入学式待ちの、まだ一応中学生(15歳)。この頃から既にこの性格のようだ。実は料理だけでなく文武両道なんでもござれな万能人間。ただその設定がいまいち活かされない不憫な子。
●世界
@すごく現代。
@ボカロが人工筋肉と人工AIで出来た唄歌い用アンドロイドで、人間と同じ事が出来る。
@ボカロの主エネルギーは電力。ただ食事をするための器官もあり、大体人工皮膚などの新陳代謝のエネルギーに変換される。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
コメント3
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ayumin
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ご意見・ご感想
秋徒
その他
きゃらめる☆アイスさんへ
なぜ妹いるのが バ レ た し www
いやまだちゃんとした設定では無いんですけど、マオって妹か弟いそうだなーと思って、両親+妹の4人家族とか良くね?とか思ってて…え、エスパー?(落ち着け
ふぅ…落ち着きました(^^;)マオの初恋話や家族構成は追々書いていきます。存分にツッコミをいれてやって下さい。
展開の遅さが凄まじい作者から朗報です。次回リンが起きます!(゜∀゜)だけど次の投稿はいつになるかわかりません!(爆 体育祭の練習、8時まで居残りとかどうなんですか…
早めに書けるように頑張ります。ありがとうございました!
2009/05/11 19:42:42
秋徒
その他
時給310円さんへ
今晩は。今回も読んでいただきありがとうございます!
マオは『〇〇と天才は紙一重』を地でいく男ですwwそう考えれば、この作品中で一番主人公に近い性格ですね。
設定が複雑そうなのは…完全に作者の趣味です!(ォィ 兎に角重い。レンもリンもマオも、勿論本来主役のあのヤンデレマスターも重くなっています。
男ボカロが多いのも作者の趣味です(黙れ 次の話は女ボカロ出したいな~とか思案してます。カイコとかw(撲
次回も読んでくださると嬉しいです。ありがとうございました!
2009/05/05 18:52:20
時給310円
ご意見・ご感想
どうもです、読ませて頂きましたー。
さすがはマオ、ぶっちぎってますな。そんなヤツが大好きですw
ちょっと頭のネジがゆるい完璧超人、一見は賑やか担当キャラのようなマオですが、しかし何やら含みがある様子。
よく考えれば、一介の高校生がわざわざ家を出てマンションで一人暮らしとは……裕福な家庭らしいと想像はつきますが、何か事情がありそうですね。会ったばかりのレンリンを引っ張り込んで「家族になりたい」と突拍子もない事を言い出すところなどを見ると、あんまり実家とうまく行ってないのかな? これから話がどう展開していくのか楽しみです。
それはそうと、前作のカイトといい今作のレンといい、秋徒さんどれだけ男ボカロ好きなんですかww
今回も面白かったです、次回もがんばって下さい!
2009/05/05 10:52:41