風の音と、木々のざわめく音だけが響く、静かな夜。
ルカは机のライトだけつけて、マスターノートを前に座っていた。
ふと、薄暗い部屋の右側の本棚を見る。そこには、マスターたちが遺して行った数多の本や資料がぎっしりと詰め込まれていた。
ルカたちがマスター達と暮らしたのはわずか二年間―――開発中を含めれば30年以上にはなるのだが―――だった。その二年間の間に、ルカはいろんなことをマスター・アンドリューに教わった。人間社会のこと。町の外のこと。自分の力のこと。刑事のこと。
しかしその中で、アンドリュー自身の事は何一つとして聞いたことがなかった。彼の過去も、彼の想いも。
それが今、目の前の小さなノート一つに収まっている。ルカは一つ、大きな深呼吸をした。
そして意を決して、ノートを開いた。
「…………!!」
そこにあったのは紛れもないアンドリューの文字。腕を引きずりながら書いたのか、ところどころこすられたように擦れているが、かつて何度も見た、アンドリューの筆跡だった。
思わずつばを飲み込むルカ。そしてもう一度息をついて、ゆっくりと読み始めた―――――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~Toルカ Fromワタナベ・アンドリュー・トルストイ~
よう、ルカ。元気にやってるか?
俺はこれを書いてる今、もう全然元気じゃねーよ。足はもう全然動かない寝たきり状態だし、腕を動かすのだって億劫なんだ。そろそろお迎えが来そうな状態だよ。他の皆はもう先に逝っちまった…。はは、『知識と元気だけが取り柄』なんて言ってたこの俺が、ざまあねえな。
手の動くうちに、お前に一つ詫びなきゃいけねえことがある。こんなとこで無粋だけど、言わせてもらうぜ。
あの時―――俺達がお前たちを置いて引っ越した時、決断を下したのは俺だったんだ―――――。
俺達にバカ弟子共がお前たちの破壊を企てているとわかった時、俺達4人は三日三晩議論を交わした。どうしたらあいつらを止められるか、抑えることができるか。何度も意見をぶつけ合い、それでもなお決着がつかなかった。当たり前っちゃ当たり前だ。老いた俺達にあいつらを止める力はなかったし、最新鋭の兵器を携えたあいつらにお前たちをぶつけるなんて危ない真似はさせたくなかった。
そんな時、俺は閃いちまったんだ―――
『ルカたちにこの町を任せ、俺達が奴らを連れて別の場所に引っ越せばいい!そうすればルカたちを守れるし、俺達が奴らを監視できる!!』
咄嗟に口に出ちまった。言った後で、俺はなんてことを言ってしまったんだと酷く後悔した。俺の頭の中では、『何言ってんだ!』『ふざけないでよ!』と俺を責める喬二やケルディオの様子が思い浮かんだ。
だが―――――
『わかった。リーダーたるお前が苦しんで決めた答えなら、それでいいさ』
俺は自分の耳が信じられなかった。
あれほどお前たちに思い入れの強かった連中が、ほとんど抵抗することもなく俺の案に賛成したんだ。
俺は何度も意志を確かめた。本当にそれでいいのか。ミクやカイトと別れてもいいのかと喬二やケルディオに問い、ネルやハクが心配じゃないのかとハーデスに迫った。
だけどあいつらは一様に首を振ってこう言った。
『確かにカイトと別れるのは辛いけど、あの子たちを守るにはそれしかないもの』
『ネルやハクが心配じゃないと言ったらウソにはなるな。だがそれで少なくとも、あのバカ共の魔手から守れるなら、涙をのんでお前の策に従おう』
『お前だって、ルカと別れるのは辛かろうに、俺達だけが文句なんか言えねーよ』
そう言いながらも、必死に涙をこらえようとしているケルディオや、歯を食いしばっているハーデスと喬二の顔を見た瞬間、俺は悟った。俺の安易な一言が、こいつらとお前たちを不幸にさせたと―――。
すべてを不幸の渦に巻き込んでしまったのは―――俺だ…!!
ヴォカロ町を発つ前の晩、俺は一人首を斬って死のうとしていた。だがどうしてもできなかった―――お前の安らかな寝息と、ケルディオのすすり泣く声、それを慰めるハーデスと喬二の声を聴いてしまったから。
俺は死んではいけなかった―――まだ死ぬわけにはいかなかったんだ。ここで死ねばお前を一層悲しませてしまう。何より、ケルディオ達の心に重い枷を取り付けてしまった罪を置き去りにして、この世を去るなんて真似は出来なかった―――。
俺は―――最後まで生き抜いてやるとその時誓ったんだ。
ゴメンな、ルカ。俺の安直な言葉が、お前を悲しませてしまった。行けるものなら這ってでも今すぐお前の元へ行って謝りたい気分だ。
お前の事だから、声を荒げて怒るかな?それとも照れ隠しながらポコポコ殴りに来るかな?どっちにしたって、もう叶わぬこと―――だからその代わり、バカ弟子共が作ったグミとリリィの心を清めておいた。どちらかがこのノートをお前の元に託してくれることを願おう。
ああ、もう腕を動かすのもだるくなってきた。これを書き終える前にお迎えが来ちまうのかな…。…いやだな、そんなの。だから最後に言わせてもらおう。
ルカ。若い頃、お前は俺の憧れのアイドルだった。そんな憧れを、自分たちの手でリアルに作り出してみたい。最初はそれだけだった。
だけど作っていく中で、お前は俺の娘のような存在に変わっていった。それはこうして離れた地にいる今でも変わらないよ。
ルカ―――お前のことが大好きだ。今でも俺の中では、ルカは憧れのアイドルで、最愛の娘だ。
お前に会えてよかった。死に逝くこの瞬間でも、お前と過ごした二年間の想い出に包まれて、今俺は最高に幸せだ。
生まれてきてくれてありがとう。そしてまたいつの日か―――会いに行くから…。
その時まで――――――――――またな。
ワタナベ・アンドリュー・トルストイ
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……うっ……ひっく………!」
小さな嗚咽が漏れる。誰もいない部屋で、小さなルカの嗚咽だけが、響いていた。
ぱたり、ぱたりと、涙が文面に落ちる。強くこすれている最愛のマスターの名前。それは、最後の自分の名を刻んだ瞬間、事切れてノートに擦れた彼の腕の痕だった。
「…………うっ……あ……マスター……ますたぁ……どうして…行っちゃったの………どうして………逝っちゃったのよ………ますたぁ…マスター………!!」
こぼれる言葉。こぼれる嗚咽。こぼれる涙。
小さな声で、それでも泣き叫ぶルカの脳裏には、マスターの顔が思い浮かんでいた。
『なんだって!?刑事になりたい!?』
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたマスター。私が言ったことが、そんなにおかしかったのかな?
『はい!私、刑事になりたいんです!!』
『えーっと…いきなりどうしたんだよ、ルカ?何があった?』
かなりマスターは怪訝そうな顔をしてる。そんなにびっくりすることだったのか。
『私こないだ、すごくチャラそうな男に絡まれて、その時刑事さんが助けてくれたんです!あんな風に、誰かを助けられる人になりたいんです!』
『んー…だけどさ、お前には音波術があるんだ。それを使えば、刑事にならなくても…。』
『そうだけど!私の音波術は攻撃ができないから、このままじゃ誰も守れない…!!』
ポリポリと頭を掻いているマスター。そこに、騒ぎを聞きつけて、ケルディオ博士と喬二博士がやってきた。
『アンドリュー、どーしたの?』
『ああ、ケルディオ。実はな、ルカが…。』
マスターがケルディオ博士に事情を伝えると、姿に似合った子供っぽいしぐさで『うーん』と考えて、口を開いた。
『いいんじゃない?別に。』
『んな!?ケルディオ、刑事だぞ刑事!!ちょっと危なすぎやしないか!?』
『アンドリューは少し過保護過ぎだと思うよ。少なくとも、そこいらの人間よか強いんだからだいじょぶじゃない?』
『カイトを甘やかしてるケルディオが言っても説得力無いぞ!』
『なにおう!?』
『まぁまぁまぁ…二人とも落ち着けって。』
そこに喬二博士が仲裁に入った。
『うん…だけど確かに、『心透視』しか持ってないルカは、何かしらの護身術ができるようになってないといけないよな。…いやむしろ、多少の護身術を覚えたほうが『心透視』を活かせる…待てよ、それどころか刑事は『心透視』を使うのにもってこいじゃないか?…どうだろう、問題ないんじゃないか、アンドリュー?』
少し困った顔で喬二博士を見て、そして私を見たマスター。そしてため息を一つついて、あきれたような、『しょうがねぇなあ』と言うような顔で苦笑いした。
『わかったよ。じゃあ善は急げだ!出かけるぞ、ルカ。』
『え…出かけるってどこへ!?』
『喬二!確か隣町に飛び級制度の著しい警察学校があって、お前そこにコネ効くんだよな!?』
『おお、効くぜ!今からそこに連絡しようか!?』
『頼む!!…行くぞ、ルカ!!全力で頑張りゃ一ヶ月で卒業が可能と噂のハイスピード警察学校だ!!さっさと終わらせて、ここに戻ろうぜ!!』
『…!!はいっ!!』
笑いながら、私とマスターは町の門に向かって駆け出していた―――――。
「…………。」
涙を拭いながら、ルカはノートを閉じようとした。
その時、ルカは裏表紙に何か出っ張りの様なものが有ることに気が付いた。
「なんだろ……?」
そっと裏表紙のところをめくるルカ。
「―――――っ!!」
言葉を失った。
そこにあったのは、真っ白い紙に描かれた、艶やかなルカの振り向き姿。滲み出すその艶やかさと対照的な、まるで子供のように鮮やかな笑顔のルカだ。
そしてそのルカの絵の首にかけられているかのように括り付けられていたのは、ルカとアンドリューの笑顔のツーショットと、ルカの髪の欠片の入ったロケットペンダントだった。
「これ……は……!?」
恐る恐る手に取ってみるルカ。すると、そのペンダントの下には、小さな文章があった。アンドリューの筆跡だ。
―――泣くな。いつも笑顔でいてくれ。そんなお前が、俺は大好きだから―――
「…………!!」
たった一つのパッセージ。たったそれだけの言葉は、ルカの中の何かを切り替えるには十分だった。
再びルカの目から涙がこぼれ始める。しかしその口元に浮かぶのは、はっきりとした笑みだった。
「……マスター…もう…ばかぁ…ほんっとに……ばかますたぁなんだからぁ…。」
涙をごしごしと拭って、顔を上げたルカ。その顔に広がるのは、裏表紙に描かれていたのと全く同じ、鮮やかな笑顔だった。
「…マスター。私…笑顔でいるよ。マスターに喜んでほしいから…いつだって忘れないから―――。」
見上げた空を照らす月は、今も昔も変わらぬ月。だけどその日のルカには、その月はなぜか、とても懐かしく見えていた。
蒼紅の卑怯戦士 ⅩⅡ~ルカへの想い~
マスター・アンドリューのルカへの想い。こんにちはTurndogです。
皆さん!予告したハンカチは役に立ちましたか!?
『全然足りないよバスタオル必要だよ…!!』という人ありがとおおおお(涙)そしてごめんなさいっ!!
『ティッシュもいらねーよ期待させやがってバーロー!!』という人マジでごめんなさいお詫びに今からスカイツリーのてっぺんから落っこちてきまs(ry
かなり力いれたんでね。これで泣けなかった人はもう私に泣ける感動を求めないでくださいwww
そういえば『泣ける』繋がりで、今日『初音ミクの消失』小説版買ってきました。予約もしてなかったというのに発売日当日にダイレクトで買えるというねwww
ただでさえ泣ける名曲がめちゃくちゃ泣ける物語になりやがって!
おかげで涙流し過ぎてポ○リがいくらあっても足んないよ!どうしてくれる!www
次回。正真正銘エピローグ。エピローグと言えばあの人が…おっとこれ以上は(ry
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ご意見・ご感想
しるる
ご意見・ご感想
マスターは、いつでもボカロたちのことを想っているんだ
それは私たちも同じ
だから、アンドリューの言葉は、ターンドッグからルカへの言葉と同意……でしょ?w
あのね~
ケルディオがかわいくてw 幼女っていいよね!!←色々違う…
2012/07/27 21:04:49
Turndog~ターンドッグ~
…あなたほどこの回を深く理解してくれた人はいないっ!!
しるるさんがいてくれていろいろありがたいですww
ロリは正義(お巡りさんこいつです!
2012/07/27 22:36:12
Turndog~ターンドッグ~
コメントのお返し
泣けましたか!よかった…正直かなりの自信作だったから泣けなかったらいろいろ自信喪失しそうだった…www
アンドリュー博士はカッコいいんです!私と違って!!www
2012/07/21 12:38:19
イズミ草
ご意見・ご感想
エピローグということは、終わっちまうんですか!!?
嫌だなあ……。
泣きそうになりましたよ!!
もうちょっと文章が長かったら
泣いてましたよ…。
マスターかっちょええことしますなあ…w
2012/07/20 20:32:59
Turndog~ターンドッグ~
あ、いやヴォカロ町シリーズ自体はまだまだまだまだまだまだまだまだ続きますからね!?(長い
蒼紅の卑怯戦士のエピローグですからね、皆さん!?
2012/07/21 12:35:12