おぼろ気な記憶の声が私に語り掛ける。
 指輪を大切にしてね――
 誰がくれたのか覚えてない、黒い石の古びた指輪。そういえば机の中に入れたままだったっけ……。
 私は何故か突然思い出した指輪を、出してみようと思いつつ眠気に負けてベッドに潜り込んだ。

 爽やかな朝の光がキッチンに降り注いでいた。木の家具と朝日の作り出す柔らかさは、二度寝を誘う光景だ。そしていくら寝ていても誰も文句を言われない独り暮らしは、こういう点楽だ。
 でも起きなくちゃ。指輪のことがすごく気になる。寝巻きのまま私は誰も使っていない書斎に向かった。
机の一番大きい引き出しを開けると、数枚の紙と鉛筆などと共にそれは無造作に転がっていた。手にとって眺めてみると、細い銀のリングにひとつだけ、丸い深い黒の透き通った石が埋め込まれている。そしてよく見ると細かい文字が1面に、裏にさえ掘ってある。とても綺麗な指輪だけど……。何も思い出せない。
 突然玄関の扉を強く叩く音がして、指輪とのにらめっこは中断された。
 私はとりあえず指輪を右手の薬指にはめて階段を走り降りた。
 「ミク、魔狩りだ。入れて、僕だよ。」
 私は簡単な鎖の鍵を開けてレンを中に入れた。
 「良かった無事で。」素早く鍵を掛けると、そう言いながらレンの体を引き寄せた。彼の黄色い頭の向こうに双子のもう一人を探すが、姿が見えない。彼をはなして私は恐る恐る尋ねようとした。「リンは……? 」
 「リンは連れていかれた。」レンは私の言葉に被せるように呟いた。彼の黄色い目には悔しさがにじみ出ている。

 声のでない私をキッチンの椅子に座らせて、レンは手際よくお茶を入れ始めた。
 「今回の魔狩りは本格的だよ。僕たちの家の結界じゃ駄目だった。誰か来たから、リンが玄関にでたんだ。魔狩りが来たら、どちらかが捕まっても逃げる約束だった。僕は裏口からでてここまで走って来た。遠目だから確じゃないけど、青の奴も来てたよ。」
 「青の奴が!? 」私は思わず机を叩いて立ち上がった。レンが置いたティーカップとそのお皿が音を立てる。青の奴――名前も呼びたくないような、王室騎士団の団長だ。魔狩りの時、彼と同じように魔力を持った人たちを容赦なく連行し、時に傷つけることもある。他人の心や記憶を奪って冷酷な兵にしてしまうという恐ろしい噂もある。この噂は、魔力を持つ人やその周囲で語られている事だ。一般の人は魔狩りの事実も知らないのではないかと思う。それほど周到に、魔狩りは知られてしまっても魔力のある人とその周辺にしか分からないようになっている。
 「ここも危ないかもしれないわ。」私が言ったとき、突然ドアが叩かれた。私とレンは驚いて、無言でお互いを見た。「この家の結界は強いからあなたの魔力は隠してくれるはず。それに私には魔力はないわ。でも一応どこかに隠れていてね。」レンがうなずいたのを見て、私は折角彼が入れてくれたお茶を流しに流し、壊すような勢いで叩かれているドアに向かった。
 「どなたですか? 」平静を装って私は聞いた。
 「王室騎士団だ。今すぐ開けなさい。」
 ドアを開けると、がっしりした兵士が二人、壁のように立っている。
 「カイト様。こいつですか? 」兵士の片方が後ろに問掛けた。すると後ろからもう一人細身で長身、青い髪の軽装の男性が現れ、私の目をまじまじとのぞき込んだ。私は何かの力で目をそらすことも出来ずに彼の青い瞳を見るしかなかった。感情の無さそうな目を見ていると、だんだん吸い込まれていく気がした。  「いや、違うな。」青の奴が目をそらして言った。私はほっと息をつく。「でもこの家から力を感じた。入るぞ。」彼は私を押し退けて家に入った。あとの二人は扉を見張っているようだ。私はなにがなんだか分からないという表情を作って「え」とか「ちょっと」とか言いながらあとについて行く。レンはうまく隠れただろうか?
 彼はまずキッチンに行った。私がさっき流しに置いたティーカップなどをちらっと見たが、なにも気付かなかった。そしてキッチンのすぐ隣の寝室、2階までくまなく探したけれど、なにも見つからなかった。
 「勘違いだったようだな。」そう言い残して奴らは去っていった。心なしか、青の奴の顔色が悪かった気がする。古くから掛けられているこの家の結界は何故か私の気もちに反応する。相手を家に入れたくないと思うと、中に入るのを拒むのだ。さすがに王室騎士団のトップともなると入ることは出来たようだか、害は与えられたらしい。

 私は二人分お茶を入れ直してキッチンのテーブルについた。「レン、そろそろ良いみたい。」テーブルの下の床がガタッと音を立てて床板が一部ずれる。本来は食べ物などを入れておくその空間は、以前レンが見つけた場所だった。
 「どうなるかと思ったよ。」彼はそう言ってテーブルから少しはなれて全身をはたく。
 「これで暫く魔狩りはないね。」私はほっとして呟いた。
 「リンを助けに行かないと! 」レンがいらついたように言って、そのまま玄関に向かった。
 「ちょっとレン! 今すぐ行っても何も出来ないよ。何のための二人の約束なの? 」
 「どちらかがつかまっても、もうひとりが助けに行くため! でも、リンが! 」
 「準備を整えて助けに行くため、でしょう? 今行っても無駄よ! 」レンは椅子に戻ると、力が抜けたように座り、俯いて唇を噛んでいた。
 そのまま気まずい一日が過ぎた。「準備をしてから」とレンに言ったけれど、王家の騎士団に15かそこらの子供が二人、何を持っていったところで敵うわけがなかった。私はとりあえずレンを引き留めて今日は泊まってもらう事にした。書斎には昔お母さんが使っていたもうひとつベッドがあるし、レン一人でも王城に行きそうだと思ったからだ。
 魔狩りにあった人は王城に連れていかれるらしいが、なんのためなのかはよく分からない。戦争を始めようとしているという話を聞いた事があるけれど、本当なのだろうか。とにかく、なんとかしてリンを助けなくちや……。
 そんなことを考えながらも、気付いたら眠っていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

凍りの心

ストーリー性のある歌詞を書きたくて考えてたら、ちょっと難しくて物語にしちゃいました。
思ってより長くなっちゃって私自身びっくりしています。

閲覧数:1,086

投稿日:2008/08/19 21:37:38

文字数:2,521文字

カテゴリ:小説

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  • リオロ

    リオロ

    ご意見・ご感想

    読んでくださってありがとうございます。
    勢いのまま書いてしまったものですが・・・・・・(ほとんど自己満足です 汗)楽しんでいただけて嬉しいです!
    パソコンが壊れてしまって返事が遅くなってしまい、すみません。
    もちろん大丈夫です!と言うか、ありがたすぎて涙出てきちゃいます;
    楽しみにしてますね。

    2008/08/24 18:16:40

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