それぞれの思い
どうしたんだ、この町は。
黄の国王都にやって来たメイコは市街を見渡して呆然とした。以前来た時は多くの人が行き交い、うるさい位活気に溢れていたのに、今は人の姿がまばらであの頃と比べると随分寂しくなっている。
息を吐いて幼い頃の故郷を思い出す。あそこまで酷い状況にはなっていない。あの頃は国の兵士が平気で略奪を行い、王や役人もそれを知っていて何もせず賄賂や汚職まみれ、野盗も多く治安は最悪だった。
黄と緑の救援活動のおかげで王や高官は捕えられ、野盗も一掃されて国は平和になった。国が無くなるとはどう言う事なのか、幼い頃のメイコには分からなかった。外に出て友達と遊んでも良い事、両親が涙を流して喜んでいたので、それは多分良い事なのだと思った。
その時に来ていた黄の国の将軍を見て憧れを抱き、自分も強くなりたいと幼馴染も誘って剣を習うようになった。道場の師範に筋が良いと褒められ、鍛錬を重ねて才能を開花させたメイコは、二十歳を前に師範の腕を超えてしまった。
一緒に通っていた幼馴染は基礎の型は習ったが、机に向かっている方が向いていると剣を止めて勉強を重ねた。今では出世して故郷をまとめる立場に就いている。
「自分の目と足で世界を見てみたい」
メイコはそう言い、兵士にならないかと言う勧誘を蹴って、家出同然で故郷を飛び出した。もう何年も帰っておらず幼馴染に会っていない。
人の少ない道を歩いて酒場を探す。旅をしているメイコにとっては、情報収集の為まず人が集まる場所に行くのは当たり前の事だった。広場でも構わないがこの様子では期待できそうもない。それにメイコはかなりの酒豪で、各地の地酒を飲むのも旅の楽しみにしていた。当然、飲酒をするようになったのは二十歳を過ぎてからだ。
開いていた酒場に入り、長い黄色の髪を左側にまとめた店員に案内されて席に着く、他に人がいない店内で注文を考えていたメイコは、テーブルの傍に立っていた店員に声をかけられた。
「茶髪に赤い鎧……。もしかして、メイコさん?」
名前を呼ばれて顔を向ける。何気なく入ったがこの店に来た事がある気がする。
「覚えてないか。もう二年前の事だし」
肩を落として言われて記憶を辿る、前に王都に来た時にこの店を案内された事がある。偶然助けた少女に友達の家だと紹介された。
「ネル、だっけ?」
旅をしていると色んな人に会うので全員は思い出せない。その中から思い当たる名前を呼ぶと、ネルは途端に笑顔になって話し出した。
「そう! 思い出してくれた?」
喜ぶネルを見てメイコははっきりと思い出した。あの時チンピラから助けた少女の名前はリン。礼儀正しい子どもだと思っていたら、この国の王女と教えられて驚いたものだ。どうして王女が一人で町にいたのかを疑問に感じていたら、リンはしょっちゅう城を抜け出しては、視察の名目で市街に遊びに来ていて、国民が暮らしやすい国になるよう努力しているとネルから聞いた。
「やっと思い出した。リンは元気? 二年前とは結構変わったんじゃない?」
あの年頃の子どもは少しの月日でかなり変わる。それは顔つきだったり雰囲気だったりと様々だ。 思い出の中と比べると少し大人っぽくなっているのではないかと想像して聞いた。
楽しく聞いて来るメイコに対し、ネルは少し目を細めて表情を曇らせた。
「元気だよ、多分」
曖昧な答えにメイコは眉を寄せた。最近会っていないのだけかとも思ったが、それだけでこんなに暗い顔になるだろうか。黄の国の王が病気でこの世を去った事は各地を旅している間に聞いている。市街に活気が無い事に何か関係がありそうだ。
「何があったの」
真剣に尋ねるメイコに、ネルは寂しそうに返す。
「半年以上、リンには会ってないんだ」
そして、この二年の間に起きた事を話し始めた。
メイコが王都に来たあの出来事から約一年後、王は原因不明の体調異常に見舞われた。最初の頃はそれに負けず政治を行っていたが、それも困難になるほどに病状が悪化し、リンが王族としての責務を受け継いだ。
闘病空しく王は帰らぬ人となり、実質的にリンがこの国の王となった。王位継承をしていないのは、未熟な自分がまだ王となる訳にはいかない、成人するのを待ってから即位を行うとリンが公言したからだ。
それから数カ月は平和だったが、大臣達が国の実権を握り、国の為と言って税金を跳ね上げた。そのせいで国民の生活はかなり厳しくなった反面、大臣を中心とした一部の有力者は贅沢な暮しをしているとの事だ。
「王様が亡くなってから、大臣達の横暴さに拍車がかかったんだよ。……ったく、リンが頑張ってんのに何様のつもりよ」
ネルは悪態をつく。友達が辛い思いをしているのに、何もできない不甲斐無さも感じている。
「確かにね」
メイコは素直に同意する。まだ十四歳の少女に責任だけは押し付けて贅沢三昧とはどう言うつもりだ。これでは悪政を行っていた故郷の役人達と同じだ。この手の人間はどこにでもいると言う事か。
「しかも少し前に戦争が起きて、それを理由にまた税金の徴収。そんなの上辺だけで実際は搾取って言った方が正しいし」
やっている事は山賊や野盗とさほど変わらない。国と言う看板を使っているためなおタチが悪い。
戦争があったのはメイコの耳にも入っていた。突然黄の国が緑の国に戦争を仕掛け、人的被害はほとんど無かったものの、三日三晩の戦いの末、緑の国の王は戦死。王女は王都から落ち延びたがその後に命を落とした。
緑の国王都は黄の王国軍に制圧され荒らされているらしい。焼き払われた村や町は、避難していた国民と、国民を守れと命令されていた兵士達による復興活動が行われている。
「しかし、理由は?」
いきなり戦争を仕掛ける程の何かがあったのかと、メイコが疑問を感じて聞く。
「最初は、緑が黄に侵攻するからって話だったけど」
答えてからネルは店を見渡して、声を潜めて続ける。
「嫌な噂があるんだ。リンが向こうの王女に嫉妬して、緑の国を滅ぼせって指示したって」
「嘘でしょ、あの子が?」
メイコは即座に否定する。リンがそんな愚かな事をするとはとても思えない。ネルもリンは絶対にそんな事をしないと断言する。
だが二国会議の直後に攻め込んだ事、兄のように慕っていた人物が緑の国王女に好意を寄せていたと言う話もあり、現在黄の国王都ではリンに対する怒りで小規模な抗議や暴動が起きている。一部ではリンの事を、『悪ノ娘』と呼んでいる始末だ。
近いうちに大規模な抗議活動が起きるとネルは話す。
「リン……大丈夫かな」
心配して呟くネルに、話を聞きながら考えていたメイコは聞いた。
「ネル、それを計画している人達がどこにいるか分かる?」
「メイコさん、それに参加する気!?」
驚いて叫ばれ、勘違いされていると察したメイコは、リンを信じていると言った上で説明した。
「それに参加すれば、リンと直接話せるかも知れない」
抗議をしているのはただの民間人だ。その中に旅をしていて腕が立つ人が来れば、おそらく歓迎される。うまくやればリンに会って、何が起こったのかを聞く事が出来る。
「もちろん戦う気は無いわ」
その言葉を聞いたネルは安心して
「あたしもやるよ。城には顔を知っている人もいるし」
そう言って、抗議を計画している人達はこの店を使っているとメイコに教えた。
一週間後。
店の前に二十人程集まった人々を前にメイコは強く言った。
「みんな、これからやるのはあくまで抗議、反乱じゃない。リン王女は敵では無い事を絶対に忘れないで」
メイコの予想は当たっていた。あの話し合いの後店にやって来た人々に協力の意思を伝えると、あっさりと受け入れられたのだ。
よそ者は引っ込んでいろと数人が突っかかってきたが、剣を抜くまでも無くそれを倒し、まとめ役の人物から是非リーダーになってくれと頼み込まれ、満場一致でその座に着く事ができた。
「分かってますよメイコさん。王女が悪いなんて思って無い。ただ、生活が苦しい事を訴えたいだけなんです」
以前まとめ役だった人が言って、集まった人々も賛同した。その中にはネルもいる。
緊張しているが穏やかな人達を見て、メイコは安堵した。やはりリンは国民に信頼されている。ならば何としても会って話をしなければ。
「みんな、行くよ」
良く通る静かな声の後、それぞれが声を上げて気合を入れる。メイコを先頭にして民衆は城へと進んで行った。
玉座に座るリンと話していたルカは、留守を任されていた時の事を後悔していた。
レオンと共に睨みを利かせていたが、大臣達が自分達の屋敷に兵士を集め戦争を仕掛けるなど思いもしなかった。ずっと好機を狙っていたに違いない、リンが帰って来てから侵攻するなんて、偶然にしては出来すぎている。
「申し訳ありません。リン王女」
「気にしないで。会議に行っても行かなくても、多分こうなっていただろうから」
謝るルカに、リンはどうしようも無かったと励ます。それでもルカの気は収まらない。あの時気が付いていれば緑の国は滅びず、国民に不安を与える事は無く、何よりリンに対しての誤解など起きなかった。
「緊急事態です!」
王都の警備に当たっていた兵士が、息を切らせて玉座の間へと足を踏み入れた。
「どうしました」
思考を止めてルカは問いかけた。兵士の様子は明らかにただ事で無い、なにが起きたのか。
「民衆による暴動が発生しました! 真っ直ぐ城へと向かって来ます!」
慌てて上げられた報告に、ルカは言葉を失った。
恐れていた最悪の事が起きた。暴動を利用して大臣達はクーデターを起こす、こんな都合のいい出来事を見逃す訳がない。こちらが圧倒的に不利な状況でそんな事をされれば。
混乱を招いた根源、悪ノ娘として罪を着せられ、間違い無くリンは処刑される。
「ルカ」
絶望に沈むルカに対し、極めて冷静な声で呼ばれ現実へと引き戻される。リンは玉座から立ち上がり堂々と告げた。
「レオンに暴動を止めるように命令を。城に残っている全ての兵士に、その任務に当たれと伝えなさい」
「リン王女!?」
何を言っているのか、そんな事をすれば危険な事くらい分かるはずだ。不安に駆られてそれも考えられなくなってしまったのか。
「お言葉ですが、リン王女を守る者がいなくなります!」
「構いません」
当然だと返され、再び言葉を失う。
リンは王族として国と共に散る気だ。揺ぎ無い目がそれを本気だと語っている。
「この暴動で国民の犠牲を出してはなりません。……お願い、ルカ」
ルカは自分に何ができると自問した。誤解もこれからの運命も全て受け入れた上で、リンは命令を出している。止めても聞かない。
ならばできる事は一つ。
「仰せのままに」
リンの覚悟に従い、それを無駄にしない事。それだけだ。
呆気にとられていた兵士に喝を入れ、レオンに命令を伝えるべくルカは玉座の間を後にする。
静かになった玉座の間で、リンは玉座に座り直した。気のせいだとは思うが、他に誰もいないだけで部屋が広くなったような感覚がする。
「報いを受けるのは、私一人で良いんだよ」
自分にだけ聞こえる小声で、言い聞かせるようにそう言った。
城内の兵士詰所でルカはレオンに命令を伝えた。
「それは本当か、ルカ殿!」
レオンもその命令には素直に従えない。親衛隊長と言う立場であれば最後まで国を、王族を守らなければならない。肩書きなど無くてもレオンはリンを守る事を決めている。それなのに暴動を止めに行けと言うのか。
「リン王女の強い意思よ。あの子が覚悟を決めたなら、私達はそれに答えるべきではないかしら」
「……リン様も、王族として成長したと言う事なのか」
嬉しくも寂しくもレオンは言った。リンが生まれてからずっと成長を見てきた。双子の王子が亡くなり悲しんでいた時も。初めて王都に友達ができたと喜んでいた時も。王が崩御し、国を背負うと決めた時も。
独り身のレオンにとって、リンは孫のような存在だ。
「了解した。儂は全力で暴動を納める、犠牲者を出させはしない」
拳を胸に当て命令を受けたレオンに礼を言って、もう一つ大切な事を聞いた。
「レンを見なかった? 買い出しに行っていたはずだけど、知らない?」
「レン? そういえば、馬小屋の方に走って行っていたのを見たが……」
「馬小屋ね」
もう一度礼を言い、ルカは詰所から出て廊下を走る。
どんな事があっても、リンとレンの味方でいる。二人が生まれてその姿を見た時に誓った。
何が起ころうとも二人を守る。それは親友との約束でもあった。
買い出しに行っていたレンは王都の異変に真っ先に気付き、警備兵にそれを伝えていた。リンに連絡するのはその兵士に任せ、レンも大急ぎで厨房に行ってから馬小屋へと走った。
「また大仕事だよ、ジョセフィーヌ」
馬小屋に隠していた荷物と、もう一つ何かの包みをくくり付けながら話しかける。今度は隣国まで休み無しで走る強硬軍では無い。リンを乗せて逃げる重要な足だ。
レンの言葉に、心得たと答えるようにジョセフィーヌは低く鳴く。準備を終え城内へと戻ろうとした時。
「レン! こんな所で何を……」
その声に動揺する事も無くレンは振り向く。城には中庭や馬小屋に出る場所かある。その中の一つからルカは姿を現していた。
「ルカさんこそどうして?」
「姿が見えないから探していたのよ」
レンに近づき、ジョセフィーヌとくくりつけられている荷物を見て、逃亡の準備かとルカは察した。
出会った時と同じく、レンの肩に手を乗せて話す。
「聞いて、リンは国と一緒に終わる気よ」
やはりか、とレンは思う。リンはそうするだろうと確信めいたものがあった。だからこうして準備を進めていた訳だが。
「私では説得できなかった。でもレン、貴方が言えば逃げる事に納得してくれるかもしれない」
仰せのままにと従ったが、リンに生きて欲しい。希望を失いたく無くて頼み込む。
「分かりました、僕がリンを説得します。ルカさんはここにいて下さい」
「どうして」
さっきのリンと全く同じ目で、レンはルカに告げた。
「荷物は二人分用意しています。残るのは、僕です」
むかしむかしの物語 王女と召使 第7話
お久しぶりなめーちゃんとネル。プロローグでこの二人を出会わせたのはこれの為です。
正直に言うと、ネルは全く別の形で活躍してもらう予定だったんです。ネタバレになるので今は詳しく書けませんが。
プロローグを書き始めた時に『宿屋の娘でリンの友達』とあっさりと設定変更。作者の思いつきのあおりを一番最初に受けた人物です、ネルは。
作中でも書いてありますが、お酒は二十歳になってから。
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