*5
「いや、おかしいだろ。何言いだしてんだよ。落ち着けって。」
「・・・・・。」
Meちゃんは冷静に僕を見ていて、取り乱したといえばどちらかというと僕のほうだ。
それは当然の事で、いきなり殺人犯扱いされれば誰だって取り乱す。
そんなの納得できるはずがない。
怖いことをさらりと言い放つ彼女。
これはあれか。
帰りたがってる僕に対してのあてつけか?
冗談にしてはタチが悪すぎるぞ。
「ちなみに僕がそれに納得したとしたらどうするんだ?」
「間違いなく、警察に突き出すわね。だってそれは自分が殺人犯だと認めたことになるもの。もっと言えば例え証拠不十分で不起訴になったとしても、私はあなたを生涯殺人者として扱うわ。」
そう。
そういうやつだよ。
彼氏彼女なんて関係はなく、自分が正しいと思ったことをする。
3年も一緒にいたんだ。
僕ならそんな彼女が本気かどうかくらいすぐにわかる。

「そ、それはきついな。」
「何言ってるの?当然でしょ?」
日和った言葉はおそらく彼女には届かないだろう。
結局、軽はずみで仕掛けたはずの地雷は強烈なフレンドリーファイアをかましてくれたわけだ。
「そうね。じゃぁ始めるとしましょうか。you君被告。」
これは裁判だとでも言わんばかりに、被告という彼女の言葉が刺さる。

「you君は、お爺さんを殺した。理由は・・そうね、実はyou君は人の死体を愛するネクロフィリアで日常的に人を殺めてしまうという特異体質があったと仮定しましょうか。」

おう、おう、おう・・・。
ノッケから飛ばしてくる彼女の妄想はすでにキャパシティオーバーだ。
是が非でも食い止めねばならない。

「異議あり。そんな事実は存在しない。」

やや怒り気味に反論する僕。
だってそうだろ。名誉棄損もいいとこだ。

「なにムキになってるのよ。」

そりゃ、自分がいきなり死体愛好家なんて言われたら誰だってムキにもなりますよ。
そんな態度に彼女の機嫌は悪くなる一方だ。
それともあれか?
はいそうです。死体愛好家にゃん。
みたいに冗談ぽく可愛くいってみればよかったのか?
・・・・我ながらシュールだ。

「前提だって言ってるでしょ?前提は前提。覆らない仮定であり、事実かどうかの検証に使うだけよ。嫌なら私の推理を全力で否定してみなさいな。」

僕にはそんなMeちゃんこそが若干ムキになっているようにも見えなくもない。

「ああもう。わかった。わかった。」
彼女のわがままには付き合うのが彼氏の役割というものだ。
僕は手を振って彼女にその推理とやらを続けるよう促す。

「とにかくyou君はお爺さんを殺した。何か問題点はあるかしら。」
「問題って・・・。」
そんな彼女の言い回しはいささか挑戦的だ。

「問題点だらけだろ。そもそも僕はずっと君と一緒にいたじゃないか。どうやったら殺せるんだよ。」
「そう。あなたの言葉を借りるなら問題は『いつ』と『どうやって』。この二つが焦点なのよ。」
「ん~っと・・・?」
「ああもう、鈍いわね。これでなんで気づかないわけ?」

え、いまのに気づく要素あったの?
逆に聞きたいくらいの情報量の少なさだ。

「いや、この段階で気づくの不可能だろう。」
というか、推理もへったくれもない。
挑戦しといてこれ?
挑戦しといてこれなの?!

「要するに、よ。you君は1か月前にジジイを殺してたって事。」
どうでもいいが、『お爺さん』なのか『ジジイ』なのかはっきりしてほしいものだ。
なるほど。
僕が1か月前に爺さんを・・・。
・・・なんだって?

「いやいや、それは無理があるよ。死体ってのは案外腐りやすいんだ。
数日放置するだけで腐乱臭でニュースに出るよ。」
と、透かさず否定に入る僕。
テレビでやっていたことを受け売りで話している自分も少し恥ずかしくなるが、テレビの知識だろうがなんだろうが知識は知識だ。

「そもそもなんで1か月なんだよ。前日とかでもいいだろ。」
「それじゃダメなのよ。これからが重要なことなんだから。」

なんだこれからか。
推論を否定しなければならない立場にいながらも少し安心した。
もし、あれだけ焚きつけておいてこれで終わるというのなら、僕のほうこそ彼女を名誉棄損で裁判沙汰にするところである。
まぁ、実際にはそんなことをする勇気もないのだけど。

「you君はプラスティネーションって言葉は知っているかしら。」
「プラ・・・・なんだって?」
「プラスティネーション。死体の保存方法の一つよ。
標本などの作成につかわれるものなんだけど、対象は動物全般。そこには人も含まれるの。詳しくは面倒だから省くけど、実際に存在する保存方法よ。」

なんというか、そんな知識をMeちゃんはどこでどうやって覚えてくるのかはわからないけど、ググってしまうといろいろ見たくないものがズラズラと出てきそうなのであまり考えないでおくことにする。

「で、そのプラスティネーションなんだけど、工程が結構あってね。完成までに1ヶ月必要になるのだけど、触っても平気な防腐処理ができてしまうの。」
「なるほどね。それを使うと爺さんの蝋人形(死体)が出来上がるってわけか。で、どうして僕はそんな事をしなくちゃならないんだ?」

「まったく・・・。趣旨をまるで分かってないわね。前提があるっていってるでしょ?」

僕が爺さんを殺したとして?
つまり爺さんを殺せば当然死体がでるわけで。
その死体をどうするかで考えれば彼女の言うように、死蝋よろしく人体標本をつくるって選択肢もあるわけだ。一応筋としては通っている。
うーん。
この彼女こんなサイコパスだったっけとおもいつつもその可能性について考えてみる。
確かに今日彼女に会う前の出来事であれば、僕はそれを完全には否定しきることはできない。
何故ならそれは悪魔の証明と同義であるからだ。
なるほど。
前提を覆す事を趣旨とするならこのゲームにおいてはこの論法ならどんな無茶な言い分も通ってしまう。
「推論に『前提』なんて言葉をもってきたあなたが悪いのよ。恨まないでね。」
と、そう彼女は足した。

「分かった分かった。僕は爺さんを殺し、人体標本を作り上げたと仮定しよう。じゃあどうして僕らは爺さんの声を聞けたんだ?死んでるんじゃ声なんてだせないだろ。」

『待ってました。』
と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるMeちゃん。
「それはスピーカーね。」
「は?」
「だからスピーカーよ。聞こえなかった?」

いやまぁ聞こえなかったわけじゃない。
人形にスピーカーが無いってことはMeちゃん自身調べたはずだ。僕だって十分にそれを確認した。

「それは流石にミステリー的にどうなんだ?」
「よく聞きなさいよ。何も「人形にスピーカーがついてる」なんて言ってないわ。」

人形にスピーカー?
『人形に』?

つまり人形以外にスピーカーがついていたとしたら・・・?
いや、何も特別なスピーカーを用意しなくても僕とMeちゃんだけが知覚できればいいというのであれば、携帯のスピーカーでもいいわけだ。
僕は再生ボタンを押すだけでMeちゃんに音声を知覚させる事ができる。
爺さんが僕らのために呼び込みをしたと錯覚するくらいにタイミングは自分に合わせられる。
外付けだったとしてもそれこそWi-FiでもBluetoothでも使い、携帯なんて引き合いに出された日にはデータは手で消す以外にアプリなんてものもあるのだから後の説明のしようはいくらでもあるわけだ。

「な、なるほど。」
ここもどうやらMeちゃんに譲る他ないのだろうか。
前提があれば爺さんが動いていたという証言はMeちゃんを混乱させるためのただの妄言ということになるだろう。

「じゃあ雪の足跡はどうなる?あれには僕とMeちゃんと人形の足跡しかない。」
「雪ね。そもそもあれは密室を演出する小道具のようなもにだけど、結局のところあれは密室にするには不十分すぎる要素だわ。
何せ自分で持ち運ぶ事ができるし、形状だって変えられるでしょ?例えば雪の上を後ろ向きで歩きながら自分の足跡に周りの雪を砕いて補修しながら進めば足跡なんて残らないし、雪自体、犯人が用意したものだと言うなら雪を散らす順番を工夫すればいいだけでしょう?」

なるほど。
と彼女の推論に素直に感心してしまう。
Meちゃんの中でそれは全てに説明が付いてしまっていると言うことだ。

そうなると僕が殺人犯という事に落ち着いてしまう。
『僕が殺人犯』か。
嫌な響きだ。
どうにかその前提を崩せないものか。

・・・・・

「ねえ。Meちゃん。ちょっとこっち来て。」
「あんた、またその呼び名で・・・。」
「いいから。」

そう言って彼女を爺さんの前まで連れてくる。
彼女には悪いが、彼女の推論に穴があるとしたら今の僕にはこれぐらいしか思いつかない。

なぁ、Meちゃん。
気付いてるだろうか。

その推論で行くとしたら、
その実行役は、僕じゃなくてもいい。
何せここにいるのは・・・。

いや、言わなくても分かるか。

「もう何なのよ。」
「いや、何なのじゃないでしょ。人を勝手に殺人犯扱いしといて。」
「そう、推理よ推理。で、どうなの?認めるの?」
実際問題、僕が爺さんを殺した云々を除けばその推論で説明がつく以上、それがどんな事実だったにしろ謎は謎でなくなる。
正直なところ事実なんてものに興味はない。
興味が湧くかどうかは『謎』そのものであって、一つの結論が出てしまうと途端に興味は失せてしまうものだ。
ただ、根付いてしまった結論というのはなかなか払拭することは難しい。
それこそ事実として目に焼き付けるのが手っ取り早い。

「いや、君の推論には素直に感心したよ。ただ、君の推理にはやっぱり大きな穴がある。」
「穴?穴って何よ。ちゃんと説明しなさいよね。」

なあ、Meちゃん。
事実なんて結局つまらないものだっていつになったら気付いてくれるんだ?
もう終わりにしよう。
そろそろ日も暮れる。

僕は爺さんの指を一本へし折った。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

【小説】キミと僕と道化師と5

閲覧数:96

投稿日:2018/05/04 01:26:26

文字数:4,139文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました