第一章 ミルドガルド2010 パート7
それから一週間後、リーンとハクリは全ての出立の準備を終え、ルータオ駅にその姿を現した。出張に訪れているのか、数多くのスーツ姿のサラリーマンがルータオ駅から吐き出されてそれぞれの仕事場へと向かってゆく。休日とは違う意味で混雑を見せるルータオ駅の駅ロータリーで路面列車から降りたリーンとハクは、荷物を詰め込んだキャリーバッグを引きずりながらルータオ駅へと向かうことになった。今回はセントパウロ大学から少し離れた、手ごろな家賃のアパートをリーンとハクリでシェアリングする予定となっていた。その為に必要な家電製品は既に購入と同時に目的地へと配送の手続きを済ませている。ミルドガルド全土に即日配送ができるというのも凄い時代になったとリーンの父親辺りは考えている様子だったが、さも当然とばかりに手続きを済ませてしまう所が、所謂ジェネレーションギャップと呼ばれるものかも知れなかった。
「行こうか、ハクリ。」
何かを決意するように三層立てとなっている、煉瓦造りのルータオ駅駅舎を見上げたリーンはおもむろにハクリを振り返るとそう宣言した。振り返りざま、陽光に照らされたリーンの金髪がまるで穂をなす黄金の小麦畑の様にさざめく。
「ええ。」
そのリーンの、肩にかかる程度の位置で切りそろえられた髪を眩しそうに見つめたハクリはそう言って頷き返した。その反応を確認したリーンは元気よくルータオ駅駅舎へと侵入する。すぐに自動券売機が一列に、リーンを含めた乗客たちを迎え入れた。だが今回は近距離の移動ではない。目的地は遥か離れたグリーンシティである。事前に購入しておいた新幹線の指定券を自動改札に挿入したリーンは、キャリーバッグを改札機に引っ掛けないように注意しながら駅構内へと進んで行った。今回の新幹線は、10時半ルータオ発、12時ゴールデンシティ着の便となっている。ルータオからグリーンシティへは直通の新幹線が存在しないため、途中のゴールデンシティで新幹線を乗り換える手はずとなっていたのだ。その予定を反芻しながらリーンが携帯電話の時刻を確認すると、十時を少し回った時刻がデジタル式の時計盤に表示されていた。少し早かったかな、とリーンは考え、そしてハクリに向かってこう言った。
「早く来すぎたかな?」
駅構内には売店だけではなく、足を休めることが出来る店舗も複数存在している。長旅だし、コンビニで飲み物でも買おうかな、とリーンは考えて、リーンは思わず鉄道会社直営のコンビニの看板を見つめた。
「何か買う?」
リーンの視線に気が付いたのだろう。ハクリもまたコンビニに視線を向けてそう言った。その言葉に頷きながら、リーンはもう一度時計を見た。発車まで残り二十分と少しか。ホームにも飲み物くらいあるわよね、とリーンは考え、そしてハクリに向かってこう言った。
「後でもいいよね?それよりも、先にホームに向かおう。」
リーンはそう言うと、ハクリを先導するように歩き出した。実際、ルータオ駅から新幹線に乗車するのは本当に久しぶりだ。大学受験の時以来だから、もう数カ月ぶりか。道に迷うことも無いだろうが、万が一乗車に遅れたら大変なことになると考えたのである。だが、リーンの心配も杞憂に終わる。ルータオ駅は案内表示板が充実しており、表示板の通りに進むだけで、在来線とは別に用意されている新幹線改札に到達することが出来たのである。その新幹線ホームは駅舎の三階に用意されていた。ルータオ駅は二階に在来線が走る為、完全に高層化されているのである。その三階に到達するまでに、すでに五分以上が経過していた。ホームに上がると、次の新幹線を待っているらしい乗客達が小さな列を作っている。どうやら自由席を決め込んでいる一団らしい。ルータオは始発駅であるから、おそらく並ばなくとも席は確保できると思われるのだが、それでも並んでしまうのは人の習性かもしれなかった。
「ハクリ、あの売店でペットボトル買っていい?」
幸いにも駅ホームにもコンビニという設備が存在したため、リーンは早速とばかりにハクリに声をかけた。いいわ、とハクリが頷いた直後に、プラットホームにアナウンスが鳴り響く。
『まもなく、5番ホームにゴールデンシティ行き、ルータオ新幹線105号が到着致します。』
続けて、接触事故を注意する旨のアナウンスが響き渡る。そのアナウンスに少し急がなければと考えたリーンは、すぐにコンビニに入店すると、手近にあった紅茶のペットボトルを手に取り、すばやく会計を済ませてから再びホームへとその身体を押し出した。コンビニから出る直前に、一瞬注意が削がれたのかキャリーバックとコンビニの自動扉が接触して鈍い音が響く。やっちゃった、とリーンは少しだけ舌を出したが、幸いにも破損事故は起こらなかった様子だった。その後リーンの次に会計を行っているハクリをリーンが待つ間に、航空機の様に長いノーズを持つ、白に黄色のラインが入った新幹線が入線してくる。ゆったりと、そして技術の集大成を誇る様にホームへと滑りこんで来た新幹線を見て、リーンは無意識に気分が高揚したことを自覚した。八両編成で構成されている新幹線の入線が終わると、直後に乗務員の確認の合図が入り、そして扉が開く。最近投入されたばかりの新型車両の中はまだ出来たての、心地よい、毒されていない新築物件のような清浄とした香りを放っていた。その車内に入り、他の乗客たちと同じようにリーンとハクリは手にした乗車券を確認しながら自身の座席を捜すことになった。二列と三列が並ぶという変則的な座席の配置となってはいるが、自身の指定席を捜すのにさほどの苦労も必要無い。おかげで発車まで十分程度は時間の余裕があったが、その間にこのキャリーバックを網棚の上に移動させた方がいいなとリーンは考え、キャリーバックの取っ手を畳むとそれを持ち上げようとした。その時、ハクリが声をかける。
「あたしがやるわ。」
ハクリは笑顔でそう言った。身長がリーンよりも一回り高いハクリはこう言った時率先してリーンを手伝ってくれる。ハクリが男の子だったら良かったのに、とはリーンがこの18年余りの人生で何度も考えたことである。
「ありがとう。」
結局リーンはハクリに甘える格好でキャリーバッグをハクリに預けたのである。大分重いはずだが、二人分のキャリーバッグを難なく網棚へと収めたハクリは、一仕事終えたように少し満足した様な笑顔をリーンに見せた。その笑顔に不思議な安心感を味わったリーンは、少し興奮したように勢いよく窓際の席に腰を落とした。丁度ホーム側の窓であったから、これから乗客するらしいサラリーマンの焦る様な姿がリーンの瞳に映る。続いて、ハクリも乗車席に腰を落とした。出発までの間をとりとめの無い会話に費やした二人であったが、やがて発車を告げる車内アナウンスが流れると一瞬言葉を止めて、二人で窓の外に注視した。少し離れたところで扉が閉まる静かな摩擦音が響く。
そして、列車が動き出した。
ホームにある看板が、売店が、見送りの人が、そしてホームで業務に励む駅員の姿が飛び去る様に消えてゆき、そして列車はルータオ駅からルータオの街並みを見下ろす線路を走り始める。列車がカーブを曲がる直前、一瞬見えたルータオ修道院に向かって、リーンは思わず小さな礼をした。
行ってきます、お父さん、お母さん、それからずっと育ててくれたルータオ。今までありがとう、また、帰って来るからね。
リーンはつい、心の中でそう呟いた。隣にいたハクリも、おそらく同じような心境だっただろう。リーンの眼の端で、両手を組んでお祈りを捧げるハクリの姿が強い印象を残したのだから。
小説版 South North Story ⑧
みのり「第八弾です!今日はこれで最後ね。」
満「おい、俺は先週『意外な人物との出会いが?』ってアナウンスしたんだが。」
みのり「それは延長したわ。」
満「まさか出発の所までしか書けないとはな。」
みのり「ツイッターに夢中になって文章止まってたからね。」
満「ということで、『意外な人物』の登場は来週になります。」
みのり「ごめんね。」
満「あと、解説漏れ。」
みのり「そうなんです。ハクリが前回読んでいた本、実はモデルがあって、気付いた人いるのかな、数年前に有名になった『ダヴィンチコード』です。」
満「今同じ作者(ダン・ブラウン先生)が描いている『天使と悪魔』を読んでいて、唐突に思いついたネタだ。」
みのり「ナイフをどう出すかをずっと考えていたから、丁度良かったのかしら。」
満「そうかもな。」
みのり「では、来週もお楽しみください☆来週のSNSはっ!」
満「まだやるのかよっ!えっと、意外な人物との出会いが・・。」
みのり「それ、先週も言ったよ。」
満「仕方ないだろ。」
みのり「そうよね・・じゃあ、皆さん、来週お会いしましょう♪じゃんけんぽん!」
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