放課後の新聞部。
【関係者以外立ち入り禁止】の張り紙が
ドアにセロテープで貼り付けられている。
生徒会会長選挙に立候補するグミとそれを
サポートするレンは二人で数日後に迫る
選挙のスピーチ原稿をチェックしている最中であった。


「―――以上を踏まえて、私は生徒会活動を
より一層、生徒の皆さんと共に盛り立てて行きたいと思います―――。
ふぅ~っ。」

グミは手にした原稿を机に置き、息を溢した。

「すごいわん。グミ先輩!原稿読むの上手だわん」

「もう!そこじゃないよ!原稿の内容はどうだった?」

「うん、とっても……よさそうだわん」

「どんなところが?」

じーっとレンの目を見つめる。

「……ん?わお?」
やはりレンは原稿内容を把握しきれてないようである。

「はぁ~~」っと溜息をつくとグミは
この気弱な自分の背中を押してくれたレンに感謝はしつつも
実務的な面では頼りなさを感じていた。
そもそもレンはそんなに賢い生徒ではないのだから。

(メイコさんに相談しようかな……。でも今、大変そうだし)

グミは真っ先にメイコに原稿チェックをお願いしようかと
考えていたのだが、その当人は現在、生徒会引退のための
雑務、近日はじまる選挙の為の準備、大学受験のための
勉強と、非常に忙しそうな様子なのだ。

(自分がしっかりしなきゃ!とは、言っても……)

精神面では随分と助けられているレンではあるが
選挙の戦略においては非常に脆弱である二人。
おとなしいメガネっ子であるグミ。
元気がとりえのレン。

選挙に挑むこと事態、間違っているかもしれない。


「話は聞かせてもらったわ」

ノックもせずにドアを突然あける女子生徒。
この無遠慮な生徒はつかつかと中に入り
グミの向かいの椅子に座った。
腰まで届く赤みかかった長い髪。
すこし吊り上った大きな目が魅力的なこの女子生徒は
数日前レンのクラスに転校してきたミキだった。

「あ、ミキさんだわん」
「たまたまココの前を歩いてたら話が耳に入ってしまったの」

(いや、絶対、盗み聞きだ)
レンとグミは同じことを心の中で思った。

悪びれる様子も無く、ミキはグミに頭を下げて
挨拶を始めた。

「はじめまして、グミ先輩。私はレン君のクラスメートで
1年生のミキと申します。つい先日、転校してきたばかりです」

「……はじめまして、2年生のグミです」

「わん!ミキさんはなんと、フガフガ!」
ミキはレンの口元を押さえる。

「なんでもありませんの。おほほ……」
ワザとらしいミキの笑いにグミは眉をひそめたが
間髪無くミキが話を続けた。

「今、二人の話を聞いてますと、どうやら
選挙に挑むところらしいですね。
私は転校してきてからここ数日で学園の事を
調べました。ええ、只の好奇心からですけどね。
そうするとホラ、なんのという事でしょう!
現在、選挙に出馬するグミさんを応援するのは
私が転校して来て初めて友達になってくれた
レン君じゃないですか!これは私も是非
応援したくなりまして、お願いに来たのです。
いかがでしょうグミさん、私を秘書として
使っていただけないでしょうか?」

「ひ、秘書?」
まずグミは秘書という言葉に驚いた。
「ふがふが!」
レンはまだ口元をミキに押さえられており、そのまま話を続けた。

「ええ、秘書です。察するところ……コチラの陣営には
どうも戦略と申しましょうか、具体的に選挙で勝つ方法を
考えていないと私は思いました。私、独自に調べた情報によりますと
相手のミクさんは相当に手ごわい相手だという事が分かりました。
このままじゃ、一方的に負けちゃいます。はっきり言って」

がーん。
漫画のようなショックな響きがグミの頭を駆け抜ける。
しかしこの女生徒はなんてはっきり物を言うんだろう、と
グミは逆に感心した。

「ふがー!」
レンは変わらず口を塞がれたまま。
ミキはキッ!とグミの目を見つめ再び話し始める。

「今の原稿、普通ならOKでしょう。でもダメです。
正直、聞いてる内に寝ちゃいますよ。小難しくて」

がーん。
またもやグミの頭に流れる響き。

「マニュフェストの項目、書きすぎです。要点は大きくひとつに絞り
それを具体的に掘り下げて説明するんです。出来れば簡単な言葉で。
その簡単な言葉も繰り返し、繰り返し重複させて印象付けできれば
尚いいですね!政治家とかが外で演説する時によくやってる方法です」

「な、なるほど……」

「ぺろぺろ」
「うわッ!あんた!私の手を舐めやがった!」
ミキがレンの口を塞いでいた手を舐めたのである。

「わん☆ミキさんの手を舐めちゃったわん!」
「あ~~!キモい!キモい!!」
ミキは舐められた手をレンの制服に何度も擦り付けて手を拭く。

「たはは……」
グミは二人のやり取りを困った顔を混ぜつつ、笑って見ていた。
どうもこの突然入り込んでベラベラと一方的に話す彼女では
あるのだが、あまり悪意やイタズラ、冷やかしというものは
感じとれない。

言ってる事も図星で、グミは軽くショックを受けたものの
この的を得た意見は素直に受け入れなくてはならないなと
考えていた。

今、グミとレンの二人では足りない部分を
このミキなら補ってくれるかもしれない。
やんやと騒ぐレンとミキをテーブル越しに見つめて
グミは頷く。

「うん、ミキさん。是非、私達の仲間になって
力を貸してください」

「YES!もちろんです」
「わ~~い、ミキさんが仲間になったわん!」

「―――でも、ミキさん。
ひょっとしたら……何か、条件があるんじゃないですか?」

グミの問質しにミキは彼女の目を見た。

(ふ~ん……、只の真面目なメガネっ子って
ワケじゃなさそうね)

ミキは心の中で呟くと、コホンと咳払いをひとつ。

「そうですね、ここはホンネで言いましょう。
実はお願いがあります。と、いうか……協力でしょうかね。
あなたが生徒会会長に当選したら―――」

ゴクリとグミは喉を鳴らし
レンは何かワクワクしているようで目が輝き始めていた。

「ミクさんのボカロ学園の女王の座を、私に譲ってもらうように
協力して欲しいんです☆」

突拍子も無い申し出に、あんぐりとグミは口をあけた。

「あなたなら、知ってる筈です。ミクさんが
生徒会の協力を得て、今の地位にいる事くらいわかってますよね?
それを、私にもやってほしいのです」

心当たりはある。
メイコの活動内容を調べてる内にミクを意識したイベントが
確かに幾つかあった。
ボランティアで行っていた商店街の清掃活動や
学園でのコンテスト、運動イベントでの宣誓。
自分では気づいていない事もまだあるかもしれない。
そして、それらを行う方法も、おそらく思いつく。
もちろん、それも"ミク"という美少女という素地が
あってのものなのだが。

グミは、目の前にいるミキを改めて見てみる。
同性からみても羨ましいくらいに綺麗な顔立ちとスリムなプロポーション。
柔らかそうな長い髪も魅力的だ。
容姿はけっしてミクに劣ってはいない。むしろ
年下なのに大人びた雰囲気はとても羨ましい。
正直、ほっといても人気者になれるだろうが
彼女が欲しいのは、他校にも名の響くボカロ学園の女王の座なのだろう。
グミは瞼を閉じ、一時、思案を巡らせる。

メガネの奥で瞼をゆっくりと開きミキに言った。

「……、わかりました。私、頑張ってみます。
ミキさんの条件」

彼女がこの学園で人気者になりたいという経緯は
さておき、普通ならこの手の自己顕示欲は非常に
嫌なものであるのだが、今回のミキの条件はすがすがしい
程に正直であった。少しキャラは強いが
そのくらいの方が頼もしいと、グミは感じたのである。

「YES☆!さすが~!話がわかるわ」
ミキは、ぱちんと指をならす。

その時、新聞部の扉の外から物音が聞こえた。

「誰か……、いるわん!」
「早速、スパイですかね?」
「そんなワケないでしょ」

グミは椅子から立ち上がるり、扉の方へ向かい
ゆっくりと引き戸を開ける。

引き戸の向こうには、長い金髪で、ロングスカートの
女生徒が立っていた。

「わ!なに、ちょっとヤンキーがなんで?」
「わお!スケ番だわん!怖いわん……」
ミキとレンはお互い手を取り合っておびえている。

「あれ?リリィちゃん。……どうしたの?」
グミは突然の訪問者に驚いた。

ロングスカートの女子生徒はリリィ。
ボカロ学園一の不良と呼ばれている彼女は
生徒達からいろんな噂が流れる謎の人物だ。

「……、あの……」
リリィはオドオドした目でグミを見ている。

「え、なに?知り合いなの?グミ先輩と?」
「なんだかわからないけど怖いわん!」

「あはは……、こんな格好だけど、彼女はとっても優しいのよ。
紹介するね、同じ中学から一緒の友達でリリィちゃん」
グミは二人にリリィを紹介した。

「……、ど、どうも……、リリィです……」

「はぁ……、はじめまして……、ミキです」
「レンだわん」

「どうしたの?何か用事?」

ひと休符、リリィは意を決して話し出した。
「……、あの。私……、グミちゃんのお手伝いがしたくて……」

グミの目が大きく見開く。
「ほんと?リリィちゃん。本当に手伝ってくれるの?」

「うん、私、役に立たないかもしれないけれど
雑用でも何でもしてグミちゃんを手伝いたいの」

グミはリリィの手を両手で握った。
レンもミキも仲間だがここに来て気の知れた親友である
リリィが自ら助けに来てくれたのだ。こんなに
頼もしい事はない。

「―――。さてと、グミ先輩。まずは原稿の練り直しですね。
え~っと、何か資料は―――」

ミキが言葉を終える前に机の上に重なってる
歴代生徒会の活動日誌とグミの考案したマニュフェスト
の書き込まれたノートを数冊見つけた。

「うげぇ……、コレ全部読まないとダメかぁ……。
まあいいや、頑張って目を通すとしますか!
じゃあ、グミ先輩は私と原稿の作成を。
レン君は自分の原稿を今読んでみなさい。
ダメ出しするから」
ノートをパラパラと開きミキはレンに言った。

「え~~?だわん」

「そんで、リリィ先輩は……」
グミはリリィに何をさせようか悩んでいると
彼女がカバンを開けて何かを出そうとしてた。

「あ、私……、お茶を淹れますね。それとお菓子を
家で焼いてきたので……」

プラスティックの密閉容器にクマの形をした
クッキーが入っていてそれを机に置いた。

「おお」
グミ、レン、ミキは一斉に声を上げて即座にクッキーに
手を伸ばす。

クマのクッキーは目のくぼみに苺ジャム。
鼻の部分にチョコチップが埋め込まれていた。

「見かけとは裏腹に繊細で乙女チックな……」
グミは味にも感心しながらリリィを見た。

「リリィ先輩。ポスターとか描けませんかね?」
「リリィちゃんは絵も上手なんだよ」

何故かグミが自慢げに言う。

「ふむ、それは好都合!じゃあリリィさんは広報用ポスターを。
それと専属メイドさんという体で。こんなに美味しいクッキーなら
毎日食べたいです」

「たはは……」
グミは苦笑いするがリリィはとても嬉しそうだった。
雑用でもはじめて自分が必要な場所が見つかったのだから。

賑やかになった新聞部。
その話し声は廊下にまで届いていた。

メイコとカイトは二人並んで廊下で
賑やかな新聞部のドアを見ている。

「ふう。こっちもどうにかなりそうだね」
「……そうね。助け舟は要らないみたい」

すこし寂しそうな横顔をメイコは見せた。

カイトはメイコの手をゆっくりとつなぎ
にっこりと彼女の顔を見る。

「君の頑張った姿を見て、後輩がそれを見習って
君のひいたレールを皆がまた伸ばしてゆく。
なんかすごいじゃん」

「うん、そだね……」

「見守ってゆこうよ。こっそりとね!」
カイトは笑顔でメイコに言った。

「うん」
メイコも笑顔で応える。

誰も居ない薄暗い廊下。
遠くから聞こえるのは新聞部の声。

「全部、終わったら……二人っきりでお祝いしたい」

カイトは優しげなまなざしでメイコを見つめ向かい合う。

とくん、とメイコの胸がなる。
ゆっくりとカイトの顔が近づくと
メイコは瞼を閉じる。カイトと繋いだ手は
わずかに震えていた。

いつか、どこかのタイミングでこういう事が
起きるだろうと覚悟はしていたが
胸の鼓動は隠せない。

二人の唇が触れそうになったその瞬間。

「だめでござる」

メイコとカイトの間を割ってガクポ君が
ジト目で二人を見ていた。

慌てて離れる二人。
カイトは尖った唇で無様な口笛を吹き出した。
メイコは顔を真っ赤にして何故かへんなポーズで
踊りだす。どうやら学園祭のフォークダンスで披露した
ロボットダンスのポーズのようだ。

「二人っきりでなんてダメでござる。
メイコ殿の生徒会終了の宴は既に現生徒会で
執り行うことが決まってるのでござる」

淡々と語るガクポ君。
それとは逆に動揺を隠せないメイコとカイト。

そして何故かメイコは「うわぁぁ~~ん!」と叫びながら
カイトのみぞおちに見事なコークスクリューパンチを放つ。

「ごふぅ!」あわれ、カイトはその場に崩れた。


「また何か物音がしたわん」
新聞部のドアが開きレンが廊下をキョロキョロ見ている。

すかさずメイコとガクポはうずくまるカイトを引きずり
その場から退散していた。

顔を真っ赤にして恥ずかしがるメイコ。

「会長はまだ、みんなの会長でござる。
拙者は、ふしだらな事、許さないでござるよ☆」

ズルズルと引きずられるカイトを見ながら
ガクポはイタズラな笑顔でくすっと笑っていた。


【つづく】

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

青い草 第10話B

生徒会選挙編の第2部です。
グミちゃん陣営に助っ人として名乗りだしたのは
意外な人物で・・・。

閲覧数:164

投稿日:2013/04/10 13:01:41

文字数:5,683文字

カテゴリ:小説

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