天使は歌わない 44【終】

投稿日:2010/06/03 09:07:45 | 文字数:2,224文字 | 閲覧数:1,014 | カテゴリ:小説 | 全4バージョン

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黒いワンピースが風に靡く。結い上げて後ろでバレッタで留めた髪の毛先が、さわさわと項で揺れる。 私の隣には黒いスーツを着込んだシーマス。彼のスーツ姿を見たのは一体いつ以来だろうか。 多分、恐らくは、「彼」のお参りの時以来。 けれどあの時とは違って私の周囲には四人のカラフルな髪をしたボーカロイドたちがいる。皆、掻き集めた喪服を着込み、きゅうと表情をひきしめて、ひとつの黒い墓石を見つめている。 「大江 修」という文字。そして小さく、「愛する天使と共に眠る」と刻まれている。
 
「…こんな時に、こんな風に、お参りするつもりじゃあなかったんだけどね」
 
電話を貰った翌日、家を出た。 「彼」の眠る墓場に辿り着いたころにはもう日は空の天辺までのぼっていて、焦げ付くような日差しを地上に注いでいる。 空は思っていた以上に雲一つ無い青天。 肌に滲む汗の、気色悪いねっとりとした感覚。 じっと墓石に刻まれた名前を見つめ、そして、花の代わりに――― 一人の少女を前に押し出す。
 
銀色の髪。目元を隠す、金の縁取りの仮面。 俯き気味の唇は薔薇の蕾のよう。 華奢な体にまとうのはふわふわとした白と黒の服。 ラドゥエリエル―――。犯人がそう思ってくれればいいのだけれど。というか、本当に彼は、すでに私の身の回りにいるのだろうか? なるべくさりげない様子で墓場周辺を見回してみるが、私の目には無数の墓石と花と線香の煙しか見えない。
 
一歩、「ラドゥエリエル」が足を踏み出す。 墓石の前に作られた段差をのぼり、「彼」に近づく。 彼の愛したその姿で、彼の愛したその歌を歌おうと、すうと唇を開いたその瞬間―――墓石の後ろからぬうと二つの腕がのびた。 悲鳴をあげさせる間もなく腕は彼女を絡めとり、「彼」は目を見開いた私達に刃物を向けながら見下ろし―――にやりと笑った。
 
 
「今度こそ。 ラドゥエリエルは、おれの、ものだ」
「どうかしら」
 
 
「彼」―――犯人は、はっとして視線を自分の腕の中の「彼女」へやった。彼女はその唇をにやァりと吊り上げ、仮面の奥の青い瞳をきらめかせ、可愛い足を包む凶悪な程ヒールの高い靴を、犯人の爪先めがけて落した。 彼が痛みに呻き腕をゆるめた瞬間、ふわ、と銀糸の髪が犯人の目の前に舞い落ち、その下から澄んだ青い髪がのぞく。くるりと体を反転させた彼女―――ミクは、更に肘鉄を犯人の鳩尾へ叩き込む。 そして一気に距離を取り、私の隣にならんで何かの格闘技の構えをとった。
 
「………。えーと。ミクさん。強くね?」
「書類見てくださいね。私、特例でこういうスキルの付加が許可されてるんです。ほら、世界の歌姫って色々物騒だったものですから、盗難騒ぎやら強盗殺人未遂やら色々」
 
………なるほどだから「動きにくい服で、歌わなければいけないという考えがあった」から壊されかけたのだと言ったのか。諸々の邪魔さえなければあの時ミクがこの犯人を倒していたのはまず間違いないだろう。 これでうっかりミクにセクハラ出来ないことがわかった。メイコへのノリと同じように何か言ってみろ、私の内臓が引っ張り出される。色々な意味で青ざめ、犯人を見つめる。 犯人はしばらく咳き込んでいたが、やがて憎憎しげに私たちを睨みつけ、吐き捨てるように怨嗟を零す。
 
「…何度も何度も、おれを、虚仮にしやがって…っ! どこだ、どこにいるんだ、ラドゥエリエルはっ!」
「燃えた。 そう言ったでしょう」
「燃えるわけがないっ!」
「…天使はもう、歌うことはない。 主と共に、死した」
「主は―――おれだッ!」
 
ぎらりと刃物が陽光を反射して輝く。 その光に私やミクが一瞬目を眇めた―――時、犯人は一歩踏み出し華奢なミクの矮躯を横へ跳ね飛ばした。バランスを崩して地面に叩きつけられたミク。 慌ててリンとレンが飛び出し、私の前に小さな壁を作ったが、狂気に塗りつぶされた犯人はいともたやすく小さな二つの壁を突き飛ばした。後方の、誰かの墓石に叩きつけられたリンとレンの姿に目を奪われた私を、今度はカイトが引き寄せて自分の後ろに隠す。 メイコとシーマスがどこかで警護しているはずの警察官に悲鳴交じりの助けを求める声をあげているのにも関わらず、犯人は真っ直ぐに私だけを狙って、邪魔な障害物であるカイトを刺そうと刃物を振り上げた。 ざっと血の気が引き、カイトの背中を叩く。
 
「か、いとっ、 どけ―――!」
「―――嫌だ!」
 
馬鹿が。 忘れたのか。 手が、足が、首が、バラバラになってゴミのように路上に放置されたことを。 目の前で自分のマスターが殺されたことを。 忘れたのか、忘れたのか!
 
火事場の馬鹿力は、機械仕掛けの体に勝った。今にも銀の切っ先がカイトの体に沈む、その瞬間に、カイトの体を突き倒してなんとか刃の軌道から逃すことができた。しかしそれはそのまま私の体に突き刺さるということを意味していて、けれど特に後悔だとかは無くて、単に肉と機械の怪我した場合の治療の大変さの差について言ったミクの声が過って笑うような余計なことが頭の中に過って、ああそうか私は混乱してるのかと今更自覚するその瞳の中にきらめく銀が。ああ。
 
悲鳴の高さでも。
殺傷の鈍さでも。
犯人の哄笑でも。
 
判断のつかない「音」が、不意に耳の奥で木霊した。
 
 
 
 
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作品へのコメント4

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    その他

    こんにちは、雨鳴です。

    この量を最後まで読むのはさぞ苦労されたかと思います…!
    凶悪な量の物語、最後まで読破していただいてありがとうございました。

    元々シリアス書くのは苦手だったりするので(笑)
    途中途中で気の抜けたゆるーいテンション挟んで「雰囲気壊してないだろうか」などと
    ヒヤヒヤすることも多々ありましたが、楽しんでいただけたのなら嬉しいです…!

    書く速度がイマイチ定まらないヤツですが、長い目で見守っていただければ幸いです。

    2009/11/08 12:30:18 From  雨鳴

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    ご意見・感想

    はじめまして、こんにちは。sunny_mといいます。

    今更ですが、読ませていただきました。
    とっても!面白かったです!!
    最初の目論見では「これは大作だから2、3日に分けて読もう。」と思っていたのに、面白くてどきどきして、ぶっ通しで最後まで読んでしまったという、、、。

    シリアスな内容で、色々と謎があったりして。だけど、時々みんなの可愛らしいやり取りが入っていたりして。
    緩急がテンポ良くて、とても読みやすかったです。

    常盤さんがボーカロイドたちについて思うところがとても好きです。
    人でないけど人のように愛して、人のように愛してるけど、人のようではない。
    的な?感じのくだりで、かなりときめきました。

    今後の雨鳴さんのご活躍を楽しみにしてます。

    2009/11/06 14:34:45 From  sunny_m

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    その他

    こんにちは、雨鳴です。

    最初から読んでいただいてたのですか…! 
    総数四十五話分もの長い間のご愛読、ありがとうございました。
    ユーザーブックマークまで…! 次回作、いつになるかわかりませんが、
    とりあえずシリアス続きでヘタレてた気分を養生してから挑みたいと思います!

    2009/09/01 18:48:36 From  雨鳴

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    ご意見・感想

    完結お疲れ様です。

    こっそり0話目から読ませていただいて毎回毎回楽しみにしていました。漫画も見させていただきました。
    あとユーザーブクマさせてもらいました。

    次回作も頑張って下さい。
    (口下手ですいません。)

    2009/08/31 18:24:55 From  棡羽

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