さて――。
この言葉は名探偵――ときには迷探偵も使うらしい――が謎解きを始めるときに呟く台詞だ。
だが、私は名探偵でもなければ迷探偵でもないし、そもそも事件などというスリルとサスペンス溢れる非日常とは無縁である。
ただ、これを読んでいる読者諸氏には前もって宣言しておこう。
これは観察日記である、と――。
――――――
「マスター」
私に声を掛ける者がいる。それは“初音ミク”という。今更説明する必要など無いが、彼女はVOCALOID2のCVシリーズ01を冠しており、また『彼女』という様に女性型である。たしか16歳相当の設定であったはずだ。
「ん……なんだ?」
このように書くと、私は彼女がVOCALOID……すなわち造られた存在であることを、また、その境界線を意識している、というように思うかもしれないが、そういったことはない。
ただ単に彼女はそこに存在している。その事実は絶対であり、またそれ以上でも以下でもない。
存在しているのだからそれで良いではないか。
「これは、何?」
ミクは一言一言を区切るように私に質問してきた。対する私の返事は……。
「花だ」
「そんなことは分かってるわよ」
「じゃあ鉢植えと土と被子植物」
「そうじゃなくて」
「だったら炭素原子を主とする有機物を納めた――」
葱が飛んで来た。幸い、直撃は避けたが食べ物を粗末にするのは感心できない。
まったく、冗談が通じないというのは不便なことこの上ないな。
「ミク、冗談だ。あと食べ物を粗末にするんじゃない」
「しっかりと後で食べますから、粗末にはしていません」
威圧感のある丁寧語ほど険悪な空気を醸し出すものは無い。葱を拾いながら放たれたその言葉に、若干気圧された感が否めないが、たいしたことではない。
「それで……、花なのは確かだろう? 何が聞きたい」
「珍しいなぁ、って思ったから」
確かに、この大都会では花など見る機会はそう無いだろう。あったとしても大概は造花だったりするものだ。
「そうだな。花なんて普段は見かけないからな」
「そうじゃなくて……」
「ん?」
そうではない。つまりは否定だ。
どういうことだと考えていた私は、ミクの次の言葉に期待した。
「マスターが花なんて買ってくるとは思ってなかった……から」
「酷い言いようだな」
ああ、確かにそうだ。私は普段花を観賞するようなことなどない。
だが、そんなことはどうでもいい。
「どういう風の吹き回しなの? マスターが花を買ってくるなんて」
両手に抱えた鉢植えを見、上目使いに私に尋ねてくる。鉢植えには焦げ茶の土と、そこから芽を出した緑色の双葉が顔を出していた。
どうして、か。理由を問われるのは好きではないのだが……。
「強いて言うなら、気まぐれだな」
「気まぐれ?」
「ああ。……たまには良いじゃないか」
「たまには、って……」
鉢植えを抱えたミク。その表情は呆れたような、そうでもないような、曖昧な表情。
ふと、ある事を思い付いた。
「ミク」
「何?」
「それはな、お前へのプレゼントなんだ」
「え……?」
ミクには悪いが嘘だ。実際買ったときは気まぐれだったし、帰路の途中は水やりの時間や量、肥料はやるべきか、そもそもどこに置くか、などを徒然に考えていた。
だが、それは私の話。では、ミクならばどのように思考し、又は工夫して、花というリアルタイムに変化し続ける反応の読み取りにくい生ものを取り扱うのか。
非常に興味深いことだ。
そうと決まれば観察日記を付けることにしよう。底辺を同じくした情報が集まれば見えてくる事もあるだろうからな。
ふと、ミクが私を見て固まっている事に気が付いた。
「どうした?」
「ま……」
「ま?」
「マスターがプレゼントを買ってくるなんて信じられない!!」
成る程。まず一つ発見だ。
・ミクが日頃、私をどのような目で見ているかがよく分かった。
「ミク、今日は葱没収だ」
「えぇぇぇ!?」
観察日記 一頁目 完
P.S.
「ところでマスター」
「何だ?」
「これ、何の花なの?」
「……。秘密だ」
「……」
「咲いてみてのお楽しみ、というヤツだな」
「……怪しい」
P.S.2
「ところでマスター。裏話になるけど」
「何がだ?」
「マスターが男か女かはっきりと書かれてないよね?」
「ああ。確かにはっきりと書かれてないな」
「で、どっちなの?」
「じゃあ逆に聞くが。私が女であったり男であったとして、お前は対応を変えるのか?」
「……あまり変わらないと思う」
「ならばこの問いは無意味だな」
「そう……だけど、ってそうやってぼやかそうと……!!」
「はっはっはっはっは」
「ちょ、何その変な高らかな笑い、って逃げるなー!」
P.S.3
「ところでマスター」
「今度は何だ?」
「人物描写に乏しいんだけど」
「ぐ……、今更書かなくても分かるだろう?」
「でも、小説としてどう?」
「うぐっ……、か、観察日記に描写など――」
「特にマスターの存在はオリジナルなんだから、描写しないと見えてこないと思うんだけど」
「……」
「(ニヤリ)それに私はマスターが男だろうが女だろうが変わらずに接するから、ぼやかす必要性なんて無いと思うけど?」
マスター は 敗れた !
マスター は 目の前が 真っ暗になった !
P.S.4
「ところでマスター」
「……なんだ」
「コレいつまでやるの?」
「……」
今度こそ 完
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