「ねぇねぇ聞いて聞いて!」
「どうしたの登校して早々に」
「それがね……ミンナニハナイショダヨ。一昨日レンが、……なんとラブレター貰ってきた!!」
「うそっ!! やったじゃん!!」


 7月の空が眩しい。朝から気温は28度を超えていて、お天気おねーさんが「今日は今年一番の暑さになります!」って笑顔で言ってた。なんで笑顔なの。やだよ。
「それでそれで? レンくんどうするって?」
「さてはて、姉は人生の先輩らしく導いてやったまでですので結果までは」
「えー、なにそれつまんない」
 ミクは高校出たら歌手だかアイドルだかになりたいらしく、恋愛はしばらく絶対にしないってよくあたしらに宣言してる。のくせに、こういう話は大好きなんよね。というか実は好きな人いるの知ってるんだけど。この子態度に出やすいから。
「なに、朝から盛り上がっちゃって何の話?」
「あ、ルカちゃん! 聞いて聞いてレンくんがねー」
「ミンナニハナイショダヨ」
「あ、そうだった……」
「なにそれ、私には教えてくれないの? ずるいじゃない」
 ルカさん、意地悪そうな目で見ないでください。ミクさん、懇願するような目で見ないでください。
「ミンナニハナイショダヨ。ルカニハイイケド」
「ほんと?! あのねー」
 蝉が鳴いている。
「あー、高校最後の夏かー」
 楽しそうなミクと面白そうなルカの横で、窓から見える入道雲を見つめながら何とはなしに呟いた。



 高校3年目の夏。先生がいよいよ進路進路うるさくなってきてしまって、逆にやる気が出ない。一言目に進路。二言目にも進路。もう進路って言う言葉は読み書きも発音も完璧ですけどまだ何か。
 ミクは言ってた。
「あたしは歌手になる! でもアイドルでもいいかな。とにかく歌を仕事にしたい! 歌うの大好きだし!」
 ルカは言ってた。
「そうね、とりあえず大学行くわ。語学の勉強したいの。職業はそれからでもいいかな、とは思ってるわ。翻訳家とか面白そうだとは思っているけど」
 ミクの進路はすごく安直だなぁとは思うけど、彼女はやると決めたときのパワーがすごいし、実際歌も上手い。そんでもって可愛い。なんかホントに数年後テレビで見そうな気がするから、今のうちにサイン貰っとこうかな。いや、付け上がるからやめとこう。
 ルカの進路はすごく現実的。ミクとは正反対。まぁルカは頭いいし、大学も絶対合格する。語学の勉強だってしっかりやって、それはそれは立派な職業に就くのが目に見えるようだ。なんであたしやミクとつるんでるんだろうかねこの子は。
 んで当のあたしの進路は……
「何になりたいのかね、あたしは」
 家のソファーでアイスを食べながらぼんやり考えていたけれど、これといってなりたいものがない。正確に言うと、「いいかも」と思うものはあるのだけれど、その職業に就いた自分が想像できない。
「あれ、ねーちゃん帰ってきてんの?」
 玄関の開く音がする。レンが帰ってきたようだ。
「ねーちゃんミクさんとルカさんにラブレターのこと教えたでしょ? もうミクさんからのどうなったメールがひどくてひどくて……」
「あー、ごめん、ねーちゃん口軽いからさー」
 レンがソファーの横に無造作にかばんを置いて、ぶつぶつと文句を言っている。予定調和だ。背後にいるであろうレンに、スプーン持ったままの手をひらひらさせた。
「ルカさんからはリンにいっちゃダメよって来たよ……もうホントに……あれ?」
 冷蔵庫から同じアイスクリームを出してきたレンが、あたしの顔を見るなり不思議そうな顔をした。
「ねーちゃんどしたの、珍しくそんな険しい顔して」
「え、あれ? ほんと?」
「ほんとほんと。珍しいねー、悩み事でもあんの?」
 わざとかどうかは判らないが、まるで「大したことではない」ようにレンは目をアイスクリームに移すと、おいしそうにスプーンでアイスをすくって頬張った。
「別に。ちょっと黄昏てただけよ。物憂げな乙女もステキでしょ? そもそも天真爛漫才色兼備元気百倍のねーちゃんに悩み事なんて、」
「そうかね。物静かだし目立たないし美術部なんて地味な部活だし友達も少ないしましてや告白なんてされたことなんてない、いや、告白はされたか。まぁそんな弟は姉のことが甚く心配だよ」
 相変わらず目線はアイスクリームに向いているし、相変わらずまるで「大したことではない」ようにおいしそうにスプーンでアイスをすくって頬張るサイクルを続けている。
「どうせ進路でしょ。大変だねぇ、3年生は。ご馳走様」
 レンはあっという間に食べ終わったアイスの容器をゴミ箱に捨てて、スプーンを咥えたままソファーから立ち上がった。
「俺はよく判んないけどさ、っていっても1年なんてあっという間だからそんなことも言ってられないんだけど。進路なんてテキトーでいいじゃん。母さんも父さんもうるさく言わないし。やりたいこと見つけに進学したっていいんじゃないの?」
「別に進路なんて悩んでなんか」
 思わず振り返ってレンを見る。レンはこっちに見向きもせずに、流しで洗ったスプーンを水切りトレイの上に置くと、タオルで手を拭きながら
「職業とかさ、考えなくてもね。いるよ、俺の友達のにーちゃんで。高校は理系の高校なのに、日本の勉強したいからって大学文系の学部に言った人。大学やってることは職業にする気ないから、だってさ。案外進路なんてそんなもんなんじゃないの?」
 と言ってこっちを見た。思わずあたしは目を逸らす。視線の端で、レンがかすかに笑って、
「ルカさんが言ってたよ。ねーちゃん進路で悩んでるって。弟だからなんか声かけてあげたら? って」
 と続けて、かばんを持って自分の部屋に行ってしまった。
「ルカめ……覚えておけよ……」
 弟如きにぐさっと来るようなことを言われてしまった自分が情けない。天真爛漫才色兼備元気百倍完全無欠のねーちゃんなのに。
 握ったアイスのスプーンを持ったまま、ソファーにゴロンと横になる。スプーンにブサイクに歪んだ自分の顔が映った。
「やりたいことを見つけにかー……そうねー人生80年って言うしねー……」
 蝉が鳴いている。

 ガチャッ
「そういえばあんた返事したの?!」
「うるさいッ! てかなんで勝手に入ってくんだよ! 思春期だぞ!!」



 7月の空が眩しい。朝から気温は30度を超えていて、お天気おねーさんが「今日は今年一番の暑さになります!」って笑顔で言ってた。昨日の今日かよ。
「リン、レンくんなんか言ってくれた?」
「もうルカー、そういう意地悪な気遣いはいいってばー」
「ふーん、効果あったみたいね」
「なんで今の返しでそうなるのよ」
 得意の意地悪顔だ。ルカはいつもそう。何この見透かしてる感じ。すましちゃって感じ悪いったらありゃしない。大好き。
「はい座ってー。HRはじめるよー」
 進路ねぇ。急ぐことも無いのかねー。とは言っても進路星人が進路進路うるさいからなぁ。
「今日は午後順番に進路相談な」
 そうだな、メーちゃんにでも相談してみるか。自分が何になりたいか判りません、から一歩進んで、やりたいこと探したい場合どうすればいいですか、って。



「なんですけど」
「まずメーちゃんじゃなくてちゃんと先生って呼べ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

将来ノービジョン

1個前のと同時期にpixivに投稿したものをこちらにも。
みんなにはナイショだよ ってどれぐらいの世代に伝わるんでしょうか。
最新作でもお決まり文句だったりするのかな?
こういう落とし方が昔から好きです。

閲覧数:87

投稿日:2012/05/23 01:31:15

文字数:2,995文字

カテゴリ:小説

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