望木來果(モウギ・ライカ)は4つ年下の従妹で、実家同士が近かった為に子供の頃はよく遊んでいた。
お互い大学入学を機に実家を出て、最近は直接顔を合わせる事は減ったけど、仲は良いままで連絡も取り合っている。彼女が『KAITO』の話をしていたのも、そんな中で交わした雑談のひとつだった。



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【 KAosの楽園 序奏-004 】

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「久しぶりだねー、邦人さん。何か3ヶ月くらい連絡なかったし、心配しちゃってたよ。忙しいの?」

開口一番そう言われ、初めて気が付いた。思い返すと、≪KAITO≫の件に関わってからは電話はおろかメールすら送っていない。

「うーん、先月までちょっと出張してて。教授のお供で某県まで行って、研究放り出すわけにもいかないから大学と往復で」
「日帰り出張×2ヶ月!? よく生き延びたな。意外と研究職の人ってタフだよね」

軽い調子ではあったが、心配したというのは本当だろう。悪い事をしたかと簡単に事情を説明すると、驚きと感心の混ざった反応が返ってきた。それがいかにも彼女らしくて、笑ってしまう。

「体力勝負な面はあるよね、分野にもよるんだろうけど。流石に家に帰る暇は無かったよ」
「しかもカンヅメ?! え、その後の1ヶ月ってまさか入院とかしてないよね」
「ないない。そこまでハードじゃないよ、出張って言ってもホント『お供』だったし。移動だけかな、きつかったのは」

付け加えた言葉でまた心配させてしまい、慌てて否定する。相変わらず、ちょっとした言葉を聞き逃さないな。
彼女なら、KAITOと話してみたら何か分かるだろうか。



丁度良く話の流れが向いたので、早速KAITOの事を話してみた。
動作が安定せず、原因調査のチームが組まれた事。教授について、僕も其処に参加していた事。多くの研究者が様々な調査をしたが、異常は見付からなかった事。

それでも動作不良が続くので、結局プロジェクトが廃止されてしまった事まで話すと、彼女は目を瞬かせて首を傾げた。

「え、でも販売開始してるよね?」
「あれは別ラインで組んだプログラムを使ってるんだよ。人格プログラムのコンセプトが違うんだ。こっちのが動作不良の原因不明だったから、代打で用意したらしい。それでも発売前日まで粘ってたけどね」

肩を竦める僕を見て、彼女は感嘆とも呆れともつかない息を吐く。

「そこまで? よっぽど売れ線になる見込みだったのかな……ちなみにコンセプトって?」
「実際商品化したのは割とシンプルらしいんだけど、『KA-P-01』の方は……確か、『KAITO』の全要素を盛り込む、って」
「はぁ?! ちょ、それ本気で?」

突然目を剥いて喰い付かれた。
僕には何がそんなに大変な事なのか判らず、まごつきながら ただ頷く。

「仕様書にはそう書いてあったけど」
「うわぁ……」

げんなりした顔を見せる彼女に、思わず僕の眉が寄る。

「そんな顔するような事なの?」
「うん……それさ、上手くいく訳ないと思うよ。シロウトが知った口きいて申し訳ないけど」

気まずげな表情になりながら、それでも彼女は説明してくれた。

「“『KAITO』の全要素を”って、すっごい無茶ブリだから。有名どころだけ挙げても、『兄キャラでヘタレでバカイトでヤンデレで卑怯上等』とかカオスな事になるんだよ? あとアイスね。あとマスター」
「! 『マスター』?」

今度は僕が喰い付く番だった。
≪VOCALOID≫にとってのそれ以上に、≪KAITO≫だけに存在する何かがあるのだろうか?

「ボカロって基本的にマスターを慕うキャラ付けが多いけど、KAITOはちょっと別格なところがあるみたいだから。ヤンデレ設定があれだけ根付いてるのもだからこそかも……何、『マスター』に何かあるの?」

説明を加えながら、そこを聞き返してくるのが流石だ。この流れで僕が反応する事にどんな意味があるのか、彼女にはよく解っている。
もとより僕にも隠すつもりはない。頷き、声を落として打ち明けた。

「マスター登録を拒絶するんだ。そんな事は在り得ないはずなんだけど」
「『ありえない、なんて事はありえない』って、何かの台詞であったけど。『KAITO』らしくない感じだね。他は普通なの? って言うか、そのカオス設定で普段どういう感じ?」

視線を落として口元に手を添えるのは、考えを巡らせる時の彼女の癖だ。
問われた事の答えを探して、僕も少し考える。

「怯えてる、かな」

KAITOの様子を思い起こして、一言でまとめるとこうなった。視線で続きを促す彼女に、考え考え、補足を加える。

「あまり話さないし、閉じ篭りがちで……接触を避けてる」
「――それ、『KAITO』? 本当に何処も異常なく――設計者の意図したとおりの人格で?」
「データ上は完全に正常だったよ。ソフトもハードも」

信じられない、と呟く声が聞こえた。

「だったら、それ……」

言いながら、彼女は真っ直ぐに僕を見る。その目の奥に、とても重要な事を刻み込むように。
そうして続けた彼女の声は、何処か敬虔な響きを帯びて聞こえた。

「それって、相当の“意思”だよ」

まるでKAITOを讃えるように。



 * * * * *



――限界が、迫っていた。

再起動を繰り返すごとに短くなる稼働時間は、既に2日を切っている。
このまま進めば、いずれ起動すらしなくなるんだろうか。
それとも、その前に『覚醒』してしまうだろうか。

『博士』を、あの優しいひとを、僕は殺めてしまうんだろうか。

……あぁ。
電脳が灼き切れそうなほどに恐ろしいのに、何処か奥底に仄かな甘美を感じる。
感じるように、なってしまった。本当に、もう、限界なんだ。

いっそ初期化して、記憶<メモリ>をすべてデリートしてしまえば、何もかも忘れて分からなくなってしまえば、あのひとを守れるだろうか。善いひとだと、優しいひとだと、分からなくなって、『知らない誰か』にしてしまえたら。

……駄目だ。初期化した時、何処まで消えてしまうか判らない。
もしも、この『恐怖』まで消えてしまったら?
『設定』は変わらない、それは僕の人格プログラムを構成してしまっている。
変わらないまま、それを恐れるココロだけ、歯止めだけ失くしてしまったら――。

やっぱり、廃棄してもらうしかないのかな。だけど『博士』は、それだけはきっとしないだろうな。
自分で自分を壊せたらいいのに、アンドロイドに組み込む事が義務付けられた『ロボット三原則』が邪魔をする。僕にはそれを超えられるけれど、それは『覚醒』した時で。それじゃ、何の意味もない。

せめて此処から出て行こうか。
抜け出して、此処から、あのひとから離れて、何処か遠い所へ。
……無理だ、解ってる。内蔵バッテリーはフル充電しても3日程度で底をつく。黙って機能停止するならそれでいいけど、もしも制御を失くして暴れでもしたら。
アンドロイドに責任能力は認められていない。それを問われるのは、あのひとだ。



考えても考えても、救いの光は見えない。
むしろ見えるのは闇ばかりだ。暗い昏い闇。その奥底から、狂気の笑みが覗いている。恐い、怖い、甘い毒。呑まれそうになって、壊れかけた意思で必死に拒絶して、

《システム に エラー が 発生 しました。 VOCALOID-KAITO/KA-P-01 を 終了 します》

あぁ、また。
もうこのまま、目が覚めなければいい。
心からそう思いながら、心からそれを恐れてもいた。

――誰か。誰に願えばいいだろう、アンドロイドも神に祈る事は赦されるだろうか。

誰か、誰か。

救 け て く だ さ い。



<intro-004:Closed / Next:the 1st mov-001>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 序奏-004

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





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『序奏』終了です。次から漸く本編ですよー! 前置き長くてすみませんm(__)m

出番が少ない反動のように、後半がKAITOのターンでしたね; ひとりでいるから台詞(会話文)が出せず、ひたすらモノローグ。正直、これが一番書くのはラクです。

前半は、会話文は一気に出てきたんだけど間のつなぎに苦労しました。地の文を考えるのが昔から苦手です。全部会話オンリーとかなら、今の半分の時間で書ける。プロットとかネタ出しの時は、そういうの(台詞オンリー)が多いです。そして本文書く時に苦労する(-_-;)

あ、一応補足説明を。本文中に出てきた『ロボット三原則』とは、有名なアシモフのアレです。
 1.ロボットは人間に危害を加えてはならない。
 2.ロボットは「1」に反しない限り、人間に与えられた命令に従わなければならない。
 3.ロボットは「1」「2」に反しない限り、自分の身を守らなければならない。

この場合、『覚醒』しちゃうと「1」に反するから「3」は無効化できるけど、その時には既に『覚醒』済みだからどっちが優先するか判らない、と。『覚醒』そのものは人格プログラムに組み込まれちゃってるので、この制限を超えて発動する……という事になってます。

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ブログで進捗報告してます。『KAITOful~』各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

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2010/08/11 UP
2010/08/30 編集(冒頭から注意文を削除)

閲覧数:530

投稿日:2010/08/30 20:59:19

文字数:3,245文字

カテゴリ:小説

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