第一章 02
男は広間の中央まで来ると、焔姫に向かって一礼して床に座った。
あぐらをかき、楽器を胸に抱くように構える。
「先ほどの者と同じく、私もこの国に来て日が浅く、多くを知りません。まだこの国や姫の歌を作るにはいたっておらぬ故、父から語り継いだ歌を披露いたします」
男の言葉に、焔姫はともかく、周囲の者たちはがっかりしたようだった。それまでの吟遊詩人たちと比べると、男の身なりがよほどみすぼらしいのか、先ほどまで口を出さなかった者たちが口々に男の非難を始めた。
「あんな身なりの者……」
「聞くまでもないだろうに」
「身のほどを知るべきだな」
そんな遠慮のない非難に、しかし男はそんなものだろうな、と冷静だった。
そもそも門前払いされずにここにいるというだけでも、男は幸運だと思っていた。この際、やるだけやって帰れれば十分だろう、くらいに考えていた。
「構わぬ。余に聞かせよ」
「は……?」
焔姫からの嘲笑も覚悟していた男は、焔姫のそんな言葉に思わず間抜けな声を上げてしまった。
そんな男の態度に、焔姫は眉を上げる。
「彼らの口をふさぎたければ、汝の演奏で黙らせてみよ。それをする自信がないのなら、さっさと帰るがいい。先ほどまでの者どものようにな」
焔姫にそう言われて、やらないわけにはいかなかった。
身なりがどうあろうと、男も吟遊詩人の端くれである。自らが本領発揮できるのは、演奏と歌に他ならない。
男の目つきが明らかに変わったのを感じたのか、焔姫がその琥珀色の目を細める。
男はほどなく弦楽器をかき鳴らし、歌い始めた。
『雪解けを彩る大地に 囀る鳥たちが
始まりの街に 朝の訪れを伝える
陽の光あふれる大地に 喝采の音が響く
風が打ち鳴らす鐘の名を 知る人はない』
歌い出したとたん、先ほどまで非難していたはずの誰もが黙り込んだが、集中していた男がそれに気づくことはなかった。
焔姫は男の歌声に、心底気持ち良さそうに聞いていたが、それにも男は気づかなかった。
やがて演奏を終えて男が前を向いた時、しんと静まり返っている事に不安を覚えるほど、周囲が視界に入っていなかったのである。
「なれは、演奏も父から教わったのかえ?」
焔姫の問いに、男はどきりとする。今までの者達は皆、演奏途中で焔姫に止められていた。男は、自分が焔姫の制止に気づかないまま歌い続けていたのではないかと思ったのだ。
「……聞こえておるかの」
「は、いえ。も、申し訳ございません。歌は母から、演奏は父から学びました」
慌てて答える男にも、焔姫は特に気分を害した様子はなかった。
「ほう。なるほどな。では、なれに決まりじゃ」
「は。……?」
脈絡がなかったというより、たいして推敲する事もなく告げたようにさえ聞こえた言葉に、男は反射的に答えたものの、一瞬意味を理解しそこねた。しばらくして自らが宮廷楽師として採用された事に気づいて驚いている間に、焔姫は「頼んだぞ」と言って玉座を立つと、広間を颯爽と出ていってしまっていた。
広間はざわめいたが、焔姫の決定に異を唱える者は、結局誰一人として現れなかった。
焔姫 02 ※2次創作
第二話
作中の二重カギ括弧内は仕事してP様の「ECHO BLUE」より「石碑のうた」から引用しました。この場を借りて感謝申し上げます。
今回、本文を書く前にプロットを書いているのですが、実は、このプロットだけで前作「茜コントラスト」よりも文章量が多いです。
「茜コントラスト」の時に「これくらいの短編のほうが~」などとほざきましたが、今回はちょっとどれだけ長くなるか見当がつきません。
とはいえ、最終的な話数は(変動の可能性はあるものの)決まっているのですけれどね。
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