【レン】


 昨日はカイトさんとミクさんに何も言わずに逃げ出してしまった。
 流石にそのまま黄の国に帰る訳にはいかない。ミクさんも、カイトさんも心配しているだろう。二人とも優しい人だから。
 広場に行けば、噴水の前でミクさんが歌っていた。
 やっぱり綺麗な声だ。そして、楽しそうに歌う。そんなミクさんを見ているだけでも、暖かい気持ちになれる。
 歌い終わった所でミクさんに声を掛けた。
「こんにちは、ミクさん」
「あ、レンくん!」
 ミクさんは、ぱっと顔を輝かせて僕を見る。
「良かった、昨日急に居なくなっちゃうし、あたしとカイトさんだけで歌ってレンくん放っておいたから怒っちゃったのかなって、思って」
「そんな事で怒りませんよ。すみません、昨日は急に用事を思い出して、ミクさんもカイトさんも楽しそうに歌っていたから、声を掛けずにいったんです。心配かけてごめんなさい」
「ううん、それならいいの。良かった、嫌われたらどうしようって思ったから」
 ほっと胸を撫で下ろすミクさんを見て、思わず笑みを浮かべる。薄緑色のワンピースと、桃色のカーディガンがよく似合っている。
 嘘偽りの無い笑顔も言葉も、僕の大好きなものだ。そして、カイトさんと一緒に居る時のミクさんの笑顔は、尚更好きだと思う。
 リンも、そう思ってくれれば良いのだけれど。
 ミクさんという人を知れば、リンだって嫌いになったりしないと思うのに。
「ねえ、レンくん」
「はい?」
「レンくんから見て、カイトさんってどんな人?」
 どんな人…と言われても。
 真剣な表情で尋ねてくるミクさんに、これはちゃんと答えなければ、と思う。
「良い人だと思いますよ。召使の僕にも優しくしてくれますし」
「そっか、うん。そうだよね」
「ミクさん?」
「……緑の国では、カイトさんはすごい、女たらしだって、有名だから」
「…女たらし?」
 それは、確かにカイトさんの行動だけを追えば、そう思えるのかも知れない。でも実際話してみれば、そんなのは違うと解かる筈だ。カイトさんは、ありのままの人だ。どこまでも。
 誰に対しても優しくて、誰に対しても誠実であろうとする人だと思う。
 それに。
「カイトさんは、女たらしというよりは、人たらしだと思いますけど」
「…人たらし」
「あ、ジョセフィーヌにも好かれてるから、生き物たらしなのかな?あ、ジョセフィーヌっていうのは、うちのお嬢様の馬のことですが」
 リンの愛馬であるジョセフィーヌは、基本的にリンと僕にしか懐かない。それなのに、カイトさんはあっという間にジョセフィーヌを懐かせてしまった。あの時は本当に、僕もリンも驚いたものだ。カイトさんは平然とした顔で「昔から動物には好かれやすいんです」と笑っていたけれど。
「生き物たらし…?」
 ミクさんの顔には訳がわからない、と書いてある。確かに、まだ知り合ったばかりなのだろうか、ミクさんはカイトさんの事には詳しく無さそうだ。
「うーん、つまり、カイトさんは生き物なら人間でも動物でも、何にでも好かれてしまう、という事でしょうか。多分、女性の場合はそれが顕著だから、女たらしなんて言われてしまったんだと思いますよ。…お父さんが貴族のお嬢さん方の相手をさせていたこともありますし」
 ミクさんが考え込むような表情をする。実際、信じられないような事だと思う。どんな生き物にでも好かれてしまう人、なんて普通いない。
 それはきっと、容姿ではなくて中身の問題。どこまでも優しい人だからこそなのだろう。
「でも、貴族のお嬢さんの相手をするのが嫌なら、断っても良かったんじゃない?」
「やっぱり、断りにくいんじゃないでしょうか。カイトさんは養子だそうですし」
「え…養子?」
 驚いた表情を浮かべるミクさんに、知らなかったのか、と理解する。どうもカイトさんが養子らしい、ということは余り知られていないようだ。どんな経緯で養子になったのかは解からないが、青の商人の家には女の子一人しか子供が居ないからそれで引き取ったのだろう。
 カイトさんは、色んな意味で謎な部分の多い人だ。
「子供の頃に養子に貰われて来たんだそうですよ。詳しいことは解かりませんが」
「そうだったんだ…」
 だから、強く出れないのだろう、というのは想像に難くない。
 またもや考え込むような表情をするミクさんを見て、僕は何でこんなことを言っているんだろう、と思う。まるで、二人の仲を応援しているみたいだ。勿論、二人には幸せになって欲しい。でも、リンのことを思えば、むしろ二人は結ばれない方が良いのではないか、と思ってしまう。
 そうすれば、まだリンにもチャンスがあるはずなのに、と。
 結局、僕はどうしたいんだろう。
 解からないけれど、でも、みんなに幸せになって欲しい。
 そう思うのは、我侭なんだろうか。
「二人とも、どうしたの?難しい顔して」
「っ!」
「カイトさん!」
 急に声を掛けられて、二人してびくっと体が跳ねる。
 何よりカイトさんの話をしていたんだから、余計に驚いた。心臓が早鐘のように鳴っている。
 カイトさんは不思議そうに僕とミクさんを交互に見つめる。
「どうしたの?」
「あ、いえ…ちょっと、ね?」
「は、はい」
 正直に話していいものか、と思ってしまう。何より、勝手にカイトさんが養子だということを話してしまったのは、後ろめたい。
「まあ、話したくないならいいけど」
 さして気にした風でもなく、カイトさんが言う。気にならないんだろうか、僕とミクさんが隠し事をしていることが。
 僕なら、気になるけど。どうなんだろう。
 表情から読み取ろうとしても、カイトさんはいつもの笑顔を浮かべているだけだ。
「そういえば、レンくんはいつまでこっちに?」
「あ、今日、正午の馬車で帰る予定です」
「え…?じゃあ、もう行った方がいいんじゃないか?もう十一時半を過ぎてるよ?」
「えっ!?」
 カイトさんに言われて気づく。そういえば、もう随分日も高い。慌ててポケットに入れてある懐中時計で時間を確認した。確かに、もう十一時半を過ぎている。急いで待合に行かなければ。
「本当だ!すみません、じゃあ、僕はこれで!」
「うん、気をつけて」
「慌てて人にぶつからないようにね?」
「はい。じゃあ、失礼します」
 ぺこりと二人に頭を下げて走り出す。
 本当にうっかりしてた。高速馬車は一日一回、これを乗り過ごすとまた一日待たないといけなくなる。カイトさんが気づいてくれて良かった。
 早く、リンに会いたい。
 隠し事は、増えてしまったけれど。



 黄の国に戻れば、待ち構えていたリンに質問攻めに合う。
「緑の国はどうだった?どんなものが市場にあった?カイトさんには会えたの?」
「落ち着いて、リン。そんなにいっぺんに質問されたんじゃ答えられないよ」
 無邪気に問いかけてくるリンに笑いかけながら、心の奥底の沈んだ思いを悟られないようにする。言えない、リンには決して。
「緑の国は、相変わらず活気があったよ。春だからか、人も多かったし、市場にも春限定の特産品が置いてあってね。リンの好きそうなものをいくつか買ってきたよ」
「本当?楽しみだわ!」
 きらきらと顔を輝かせるリンを見ているだけで、嬉しくなる。何があっても、僕が君の笑顔を守るよ。だから、いつも笑っていて欲しい。
「カイトさんは?緑の国に居た?」
「うん。元気そうだったよ」
 ちくり、と胸が痛む。
 僕はまた、誤魔化そうとしている。真実を嘘で覆い隠して。
 リンは、そんなことには気づかずに拗ねた表情を見せる。
「いいな、レンばっかり、ずるい」
「そんなこと言わないで。あと一月もしないうちには、カイトさんも黄の国に来るだろうし」
「そうね、楽しみ。カイトさんは相変わらずだったんでしょう?」
「うん。相変わらず、優しくしてくれた。本当に良い人だね」
 嘘、ではない。でも、真実は語れない。
 言えるはずがない。
 カイトさんに、想う人が出来たなんて、そんな事を。
「当たり前よ!だってわたしの好きになった人だもの」
 恋する少女の眼差しで、うっとりとあの人の姿を思い浮かべるリン。
 何も知らない、僕の片割れ。
 知らせた方が良いのかも知れない。出来るだけ、ショックを受けないように。でも、こんな風に笑っているリンに水を差すようなことは言えない。言いたくない。
 この表情を、曇らせたくない。
 僕は、リンのためなら何だってできる。だけど、何をしたらいいのか解からないときは、どうすればいいのだろう。
「リン」
「なあに?」
「ごめん、今日はちょっと疲れたんだ。休んでもいいかな?」
「あ、そうね。緑の国にまで行くのは長旅だもの。今日はゆっくり休んで」
「うん、有難う、リン」
 その優しさを、どうかこの国の人々にも。
 カイトさんが去年リンに言った言葉を思い出す。どうか、その優しさを、僕やカイトさん以外にも抜けてくれたら、きっと、それだけでこの国は良くなるのに。
 そう想ってしまう自分が嫌だ。


 与えられた部屋に戻り、質素なベッドに腰掛ける。
 召使用の部屋だ。
 置いてある家具も質素で粗末なもの。
 小さな箪笥、硬いベッド。
 でも、僕はこの部屋を割りと気に入っている。リンの、あの広く、高い丁度品ばかりを設えた部屋よりも、此処の方が落ち着く。あの広い部屋で、一人で居るのはどんなに寂しいだろう。
 大きくて柔らかなベッドに、装飾の凝ったクローゼット、華やかな鏡台も何もかも、一人では寂しいだけだ。二人で居た頃なら、まだ良かったけれど。
 僕が居なかった間、リンはどれほど寂しかっただろう。
 そう思えば、リンの我侭でも何でも、叶えてあげたい、と思う。
 そして僕は嘘を吐く。誤魔化す。
 真実を覆い隠して。
 リンにも、ミクさんにも真実を告げずに。

「駄目だよ、レンくん。隠したり誤魔化したりするのは、良くないよ」

 カイトさんの声が、胸に響く。
 そうだ、良くない。解かってるけど。
 解かっていても。
 あなただって、協力してくれた。それは多分、いつか僕自身の口から話せるようにという気遣い。でも、僕はそんな日が来るとは思えない。想像がつかない。
 どうしたら良いんだろう。
 そしてカイトさんは、どうするつもりなんだろう。
 リンの好意に、気づいていない訳がない。勿論、いい加減なまま、放っておく人でもないだろう。だとしたら、そう遠くないうちにリンは振られる。きっと、それは間違いの無い事実。
 カイトさんに振られて、そしてきっと悲しむのだろう。
 でも、それは仕方無いことだ。どうしようも無いことだって、たくさんある。
 僕とリンが、幼い頃引き離されたように。
 父上や母上が亡くなった時のように。
 何もかもが、叶う訳ではないのだから。
「本当に、どうしたら良いのかな」
 父上が、最後に残した言葉を思い出す。
「もう一人の、きょうだい。いるなら、今こそ助けてよ。僕らを」
 何処に居るのかも分からない相手に、呟く。
 本当に居るなら、今こそ。これから来る悲しみがリンを襲ったときに、支えてくれる人は一人でも多い方がいい。
 失う人の分まで、支えてくれる人が欲しい。
「……調べて、みようか」
 どうして、今まで気づかなかったんだろう。
 きょうだいが、男かも女かも、年上か年下かも解からない。それでも、居るという事実があるのなら、どこかに手がかりがあってもおかしくはない。
 調べてみよう。
 それで、リンが悲しまずに済む訳はないだろうけれど。それでも。
 何かが変わるかも知れないから。
 やって、無駄だなんてことは無い筈だ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第十一話【カイミクメイン】

レン視点です。
カイトは人たらしどころか生き物たらしといわれてしまいました。
そろそろ、物語がどんどんと佳境へと向かって来る頃です。広げた風呂敷を包みこみましょう。

閲覧数:416

投稿日:2009/04/24 12:11:12

文字数:4,809文字

カテゴリ:小説

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  • 甘音

    甘音

    その他

    >エメルさん
    こんにちは。
    いつも感想ありがとうございます。無理はしないでくださいね。

    生き物たらし、というのは文法的にはおかしいのは承知で使っています。まあ、無意識にいろんなものは誘惑しているかも知れませんけどね。
    原作を知っているからこそ辛口になるのは止むを得ない部分もありますが、ただの悪役にしたいとは思っていません。リンも好きですからね。
    レンに関しては、自分にはどうにも出来ない、という思いがあるのでしょう。やんわり諌める程度ならきっと今までもやってきた、それでも効果はない。ただリンを悲しませたくないから強くは言えない。
    確かにずるいのかも知れないけれど、リンが笑っていることが全てなレンにしてみれば、助けてくれる人が一人でも多い方が嬉しいのだと思います。傷つけずに諌める言葉が思いつければ自分で言っているのでしょうが。まあ、説得することができていれば原曲の悲劇は起こらない、ということで。

    2009/05/05 17:36:55

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんにちわ~です
    だんだんと感想が遅くなってきてしまってますね;;
    強制じゃないと言われてますが私が感想書きたいので書かせてもらいますね。

    カイトは生き物たらしですか。ここまで来るとたらしという言葉はあわないですね。たらしというのは誘惑する~だます~とかいう意味ですからね。人たらしまではいいとしても生き物までくるとちょっと・・・でもレンはそんな深い理由で使ったわけじゃなさそうだし、ミクが女たらしと言ったからそれを引用して分かりやすく説明しただけかも。
    リンに核弾頭やらミサイル発射スイッチなんてイメージが付くのは原作をしっているから仕方ないですよね。戦争を起こすと分かっていて普通の女の子みたいな同情とか憐れみとかおきませんよ、普通w
    レンは意外と他力本願タイプなのかな?「きょうだい」探すよりも自分からリンを説得する方法を考えないのかなぁ。リンだって見知らぬ「きょうだい」なんかよりレンの言葉の方を信じるだろうし。まぁレンはリンの悲しむ姿を見たくない、嫌われたくないという思いがあるようなのでしかたないだろうけど・・・

    2009/05/05 15:33:51

  • 甘音

    甘音

    その他

    >時給310円さん
    嵐の前の静けさ、確かにそうかも知れませんねえ。

    いつも感想ありがとうございます。
    スケールが大きいというか無茶苦茶ですね、すみません(笑)
    ミサイルの発射スイッチ…核弾頭とかいろいろ、すごい言われようですね、リン(苦笑)いやまあ、それぐらいの勢いのある子ではありますが。
    リンに関しては、何れリン視点も入れる予定なので、その辺でちゃんとしたい、けど。どうなんだろう。もともとは純粋な普通の女の子ですからね。だから一国を治める器には足りなかったのかも知れません。
    久々に登場してきた「きょうだい」。自分でも予想以上に引っ張っています。このまま引っ張り続けそうな勢いです。レンにも、カイトにも、みんなに頑張ってもらいたいですね。

    一週間もですか!
    コメ遅れはべつに気にしないでください!強制じゃないんですから(笑)ご帰宅をお待ちしておりますよー。それまでに一話ぐらいは上げときますねー。

    2009/04/26 09:40:22

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    ん~……嵐の前の静けさ。

    こんにちは、読ませて頂きました。
    今回の注目点は、何と言ってもカイトのスケールの大きさ! 奴はもはや、人の枠に収まりきれる器ではないのですねw
    レン視点でちょっとだけ話が進んで、リンが登場しましたけど。
    このシーンって、普通なら何も知らない女の子に同情心が沸くシーンのはずなんですけど……なんでミサイルの発射スイッチを目の前にしたような、ヒヤヒヤした気持ちになるんだろう……(ぉ
    リンも本来なら純朴で良い子のはずなんですけどね、ホントにどこで間違えたんだか。
    そして久々に出てきた「きょうだい」。カイトに影響されてか、レンも少しアクティブになってきましたね。このお話って、粛々と自分の運命に従っていた者達が少しずつ自分の意思で動き出すって感じがあります。そういうとこ、好きですね僕は。ベースになっているものがアレですから辛いトコですけど、彼らには最後まで諦めずに抗ってもらいたいです。

    それからちょっと業務連絡(?)。月曜日から1週間、家を空けるんですよ~。
    なので、この間に続きがUPされた場合、コメ遅れちゃいますので。すいません。
    では1週間後に。楽しみにしてますので、がんばって下さい!

    2009/04/25 21:21:29

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