そんなに遠くない

けれどもさほど近くない未来

どこかの国の

とある町でのお話



一人ベッドに横たわる老紳士の浅い眠りを覚ます声が家にこだまする


「マスターッ
 調子はどう?
 ご飯出来たよ」

「おはようメイコ
 今日は調子が良いみたいだ
 カイトはここ最近
 顔を見せないがどうかしたのかい?」

「ちょっと型が古い
 といってもあたし達よりは新しいんだけど
 知り合いの調教師が最新のボカロを買って
 もういらないから捨てるっていってた子をメンテしてる」


メイコは話しながら老紳士の傍らにある椅子に座り

持ってきた老紳士の朝食を傍らのテーブルに置きながら話を続ける


「カイトが
 
 メイコこの子捨てるっていうから引き取ってきたー

 って怒りながら連れて来るもんだから
 あたしも一緒になって怒っちゃったよ
 マスター
 今度その子の歌聴いてやってね
 あたし達よりキレイな声で歌うんだってさ」


ベッドにもたれ掛かりながら楽しそうに話すメイコに


「そうかそれは楽しみだ」


優しくしわがれた深みのある声で囁き皺くちゃの手で優しく頭を撫でる

優しい一時をカーテン越しに入る和らいだ日差しの中

楽しく語らう二人の時間が過ぎていく


「じゃあマスター
 カイトの様子見てくるね」


メイコが椅子と食器を片付け部屋をあとにしようとすると


「カイトによろしくな」


優しい笑顔で手を振りベッドから見送る老紳士に笑顔で答える

部屋から出たメイコの目からは笑顔は消え目からは涙が零れ落ちる

ー長くはないー

メイコもカイトも知っている

老紳士の命の炎は消えかかっているのだ

急がないと間に合わない

もう自分達が歌えない代わりに・・・



カイトとメイコはもう絶版で現存してる旧ボーカロイドはこの二人のみ

パーツも手に入りにくく

老紳士の元気な頃は何とかパーツを探したり

似通ったパーツを代替で使っていたのだが

今ではもう手に入らなくなってきている

体は軋み声の音域も狭まってる

動かなくなるのはそう遠くはない



老紳士の住む屋敷の敷地内にある小屋の扉を開くと


「カイト・・・新しい子はどう?」

「メイ
 この子は

 ミク

 っていうんだよ
 さあミク挨拶して」


碧の髪の少女が目を開く


「メイ・・・ちゃん
 ミクです
 よろしく」


「ミク
 ちょっと二階でこの楽譜読んでて
 メイとお話があるんだ」


ミクは小さく頷くと渡された楽譜を手に取り二階へ上がる


「マスターはどうだった?」


苦しそうな顔をして首を横に振るメイコに


「実はミクの高音域のパーツが手に入らないんだ
 ここ数日歩き回ったんだけど
 どれも合わなくて・・・」

「そんな・・・」

「物は相談なんだけど
 僕の高音域パーツを外してほしいんだ」

「カイトッ!!」

「分かってる
 でももう所々出ない音があるから
 唯一損傷のない使えるパーツを
 もう歌えない僕が持ってるより
 これからまだ歌えるミクに付けてやりたいんだ」

「じゃあ
 あたしの高音域パーツ使ってよ
 歌えないのはあたしも同じだよ!」


カイトはメイコの肩を抱き


「ダメだよ
 君は女の子なんだから
 高音域パーツを外したら声が変わってしまう
 僕たちが止まるその日まで
 君にはその声で僕の名前を呼んで欲しいんだ」


どれだけ時間が経ったのか

いつまで経っても上がって来ない二人の所に

ミクが楽譜を持ってきた


「カイ兄・・・この高いこの音・・・出ない」


楽譜を指差しながら歩み寄ってくる


「ごめんごめん
 じゃあ
 もう一回眠ろうか
 次は出る筈だよ」


目で合図するカイトは

涙で霞んでよく見えなかった



それからどれくらいしたか

日に日に弱っていく老紳士をメイコが介護し

ミクに歌ってもらうべく調教するカイト

そのカイトがまた新しいボーカロイドを連れて来た

今度は双子だった


「カイトッ
 この子達は?
 直してやるにも
 もうパーツなんて」

「大丈夫だよ
 この子達はどこも壊れてない
 捨てボカロだったから 
 拾ってきちゃった」

「俺レンです」

「あたしリン」

「歌うのがミク独りじゃ淋しいだろ・・・」


優しく微笑むカイトにメイコは二の句がつげなかった

自分たちが止まったらミクは独りぼっちになってしまう

自分にはカイトがいる

カイトには自分がいた

そして自分たちにはマスターがいる

独りの寂しさをミクにさせないカイトの配慮だった



或る晴れた日の午後

小屋の二階に軋む体に鞭打ち走りながら

階段を登るメイコの耳に

高く澄んだ声が聴こえてきた


「カイトッ!!」


メイコの呼びかけに

ミクの歌は止まり

カイトが振り向く


「完成したよ」


メイコが涙ながらにカイトに飛びつく


「長かったよ
 リンとレンも歌えるようになったし」


カイトの言葉を遮りカイトの胸の中で


「マスターが
 マスターが・・・」


メイコの言葉にカイトの顔から笑顔が消えた



全員が老紳士の部屋に入ると

顔は動かさず弱々しい声で老紳士が囁く


「カイトか?
 今までありがとうな
 新しい子はミクとリンとレンか
 すまんな・・・
 メイコから聞いておったが
 歌わせてやりたい曲が山ほどあるんだが・・・」

「マスター喋らないで・・・こんなになるまで顔出さなくて
 ごめんなさい・・・ごめんなさい」

「いや・・・良いんだよ・・・ミクの歌は完成したのか?
 ・・・聞かせておくれ・・・」


目を瞑り泣きながら手を握るカイトの手を軽く握り返す


「マスター
 ミクです
 聞いて下さい」


それはそれは美しい声でミクが歌う

リンとレンがハーモニーを奏でる

老紳士は脳裏に

メイコとカイト三人で過ごした日々を走馬灯のように駆け巡らせた


「楽しかったなぁ・・・なぁ・・・メイコ・・・カイト・・・」


三人のハーモニーが終わる

老紳士は何も語らない


「マスターどうでした?
 これからは僕たちの代わりに
 ミク達が毎日マスターに歌ってくれます
 お願いだから目を開けて・・・目を開けて・・・」


答えは返ってこない


「カイ兄
 マスターどうしたの?
 俺たちの歌下手だったのかな?
 ねぇ・・・」

「リンどっか間違えちゃったかな?」

「上手だったよ
 三人共上手だった・・・
 マスターは・・・ちょっと遠いとこ行ったんだ」


カイトは掠れた声で二人を励ます

ミクは老紳士の傍らにある椅子に腰掛け

優しく母親が子供を眠らせるように子守唄を歌ってる

自分が大事にしてきた子供とも友達ともいえる

ボーカロイドに看取られ

老紳士は微笑みながら逝った



老紳士を埋葬し

老紳士だけがいない日常が始まった

そんなある日

いつも決まった時刻必ずメイコがいる老紳士が寝てた部屋

そこにメイコがいない事に気付いたカイトが

屋敷の中をメイコを探し歩いていると

何もないところで転んだ

立ってもまた転ぶ


「体が動かなくなってる・・・もうダメかな?
 メイコは・・・」


メイコはカイトより製造が早い

そう思ったカイトは

重くなった体を壁にもたれ掛からせながらメイコを探す

最後の部屋

暖炉のある部屋に行くと

ロッキングチェアに腰掛けたメイコがいた

駆け寄ろうとも足がもつれ倒れる

その音に気付いたメイコが


「カイト・・・カイトなの?」

「メイコどうした?」

「もう動かないの・・・手も足も」

「実は僕もなんだよ・・・」

「騙し騙しやってたんだけど
 とうとう動かなく・・・なっちゃった・・・」


薄く微笑むように開いたメイコの眼差しがカイトを捉える

もう立ち上がれないカイトは這いずりながらメイコに近づく


「メイコ
 僕の名を呼んで・・・」


やっとのことで届いた

動かないメイコの膝に這い上がりすがりつく


「カイト・・・カイト・・・カイ・・・・・・ト」


唇の動きが止まる

まぶたがゆっくりと閉じていく


「メイコ・・・待ってて
 僕もすぐ行くから」


完全に動きが止まったメイコの膝の上に頭を乗せながらカイトが歌い出す

ミクが老紳士の傍らでそうしたように

もう出せない音域で

出ない声を振り絞り

優しく愛しい人に捧ぐ愛の歌を唄った

そして


メイコに少し遅れを取る形でカイトも止まった




ミクはメイコとカイトを

老紳士が眠る

庭の大木の横に

二人一緒に埋めた


「また捨てボカロになっちゃうな俺たち」

「違うよレン
 ミクちゃんがいるもん」

「一緒にいよう
 メイちゃんとカイ兄がそうだったように
 その日がくるまで
 三人一緒に・・・・・・」



三人は今はもういない人達の為に祈り歌い続けた


          END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

想い願うは君といる世界

ミク関連なのに
思いっきりメイカイなんですけど・・・
読んで頂けたら嬉しいです♪

閲覧数:167

投稿日:2009/10/17 05:58:02

文字数:3,744文字

カテゴリ:小説

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