この重い空気をどうしようか…。
「レン。まだ思い出せないの!?」
はい、思い出せてません。
それが事実なのだが声には出さない。そうすればリンがさらに怒るのは目に見えていたから。




『ひまわりと思い出』




ことの始まりは1時間前。俺は新しいゲームをしていた。歌の練習やら何やらの合間をぬって進めていたそのゲームは、あと少しでエンディングを迎える。このラスボスを倒せば終わり。…の、はずだった。

「レン!今日が何の日か覚える?」
「うわっ」
後ろからリンに飛び乗られ、手元が狂う。本来ならここで回復薬をつかい、敵の攻撃に備えるはずだった。…が。別のボタンを押し、相手のターンにしてしまった。敵からの決定打をくらい、体力ゲージは底をつく。
そして画面にはゲームオーバーの文字。
「え…。マジで…?」
目の前のゲームオーバーの文字は七色に光り、チカチカと点滅する。いやに鮮やかだ。信じたく、ない。
「…リン!なんで急に飛び乗るんだ!!」
振り返り、思わず叫ぶ。ここまでの苦労をどうしてくれるんだ。
「今質問してるのこっち!」
リンは俺の言葉をかるく流して続ける。
「今日は大切な日なんだから!ちゃんと覚えてるよね。1年前のこと」
リンは期待に満ちた目でこちらを見ながら言った。リンは俺のゲームなど眼中にない。
たかがゲーム。そう言ってしまえばそれまでなのだが、少しくらい、気にしてくれないか。

とりあえず、俺は頭の中の記憶を漁る。自分とリンの誕生日や、初めて歌を唄った日は覚えている。けれど、今日は……わからない……?

「えっと…」
俺は声をだしたものの、続きがでてこない。時間ばかりが過ぎていく。時間に比例するように、リンの表情もだんだん険しくなってくる。
「まさか、忘れたの?」
「………」
言葉を返せず黙っていた。するとリンはその沈黙を肯定と受け取った。
「…レンのバカ!リン、レンが思い出すまで許さないからね!」
許さないと言われても…。
俺は頭をかく。そうしたところで思い出せるわけはないのだが。リンはぷいと顔を背け、俺に背中を向けるような形で床に座る。




***




どれほど時間がたっただろうか。俺もリンも話さない。部屋の中では時計の秒針の音だけが響く。
リンの方に視線をやるとかなり機嫌の悪い顔をしていた。眉に皺をよせて、纏うオーラはドス黒い。そうとう俺が忘れていることに腹を立てているらしい。
「思い出した?」
リンの声は少し掠れている。泣きそう、なのか。
「いや、あの…」
言葉を濁すことしかできない。部屋の空気はかなり重たくなっていた。物理的にではなく、精神的に。
リンは立ち上がると俺のほうに向かって歩いてきた。頬を膨らませて、ずいっと顔を近付けてくる。
「レン。まだ思い出せないの!?」
こうして、今に至るわけだが。リンがここまで拘る今日は何の日だ?

「せめてヒントを…」
と言ったのだが、場の空気とは正反対の明るい声に消された。
「リンちゃん!レンくん!アイス食べない!?今日はダッツが半額で…」
「…っ」
リンが部屋を出る。その目には、光る雫があった。カイト兄は何とも言えない形容し難い表情で、立ち尽くしている。
「えっと…喧嘩?」
俺は答えない。わざわざ聞かないで欲しい。カイト兄はいいことを思い付いたというように、手をぽんと鳴らす。
「そんな時はほら!美味しいアイスでなか…なお……り………」
カイト兄は続きを言わなかった。言えなかったのだろう。多分そのときの俺は凄い睨み方をしてただろうから。
だって――…。

これほど苛つく声があるか!?これほど苛つく笑顔があるか!?
これほど誰かを殴りたいと思ったことがあるか!?
いや、ないな。あぁ、なんでカイト兄にこんなに苛つかなきゃならないんだ。

ふと、自分の考えに引っ掛かりを覚えた。
…――カイト兄に?

…違うな。カイト兄にも苛ついたけど。カイト兄だけじゃない。
じゃあ。何に?…わかってる。
自問自答するまでもない。俺が。俺が苛ついたのは。カイト兄ではなくて。
――自分自身。
リンを泣かせた自分自身。
「ハハ…」
自嘲気味に笑う。
何をやっているのだろう。リンを泣かせて、カイト兄に八つ当たりして。

なんで。なんで、思い出せないんだ。
記憶機能(メモリー)に、1年前のことがない。抜け落ちて、いるのか。

これからどうしよう。リンに、謝らなければ。でも。謝ったところで何になる?
今日のことを思い出せていないまま謝ったところで。何になる?何の意味がある?
ああ。たまらなく、自分が嫌だ。

「レン…くん?リンちゃんを追いかけないの?喧嘩したなら、お互いに話さないと。何が原因か知らないけど。自分が悪いならごめんねって言う。相手が悪いって思うなら…」
カイト兄は、1度言葉をきり、考え込むように顎に手を当てる。それから、ゆっくりと口を開いた。
「…でも、両成敗だからごめんねって言う。きっとリンちゃんはいいよって言ってくれると思うし、リンちゃんも悪かったならきっとごめんねって言うだろうから、いいよって言ってあげて。そしたら、仲直りだから」
カイト兄は穏やかな笑顔で言った。子供に言い聞かせるように。一語一語丁寧に、ゆっくりと。なんで恥ずかしがらずに言えるんだ。こんな台詞。幼稚園の先生か。
「俺が悪いんだ。でも、思い出せてないから。リンに会わせる顔がないよ」
今どれだけ謝ったって意味がない。俺がそう言うとカイト兄は表情を変える。
「…逃げるのかい?リンちゃんから。それとも自分から?会わせる顔がないなんて、言い訳だろう?」
さっきの幼稚園の先生はどこへ行ったんだ。いつもニコニコ笑っているアイス男はどこへ行ったんだ。カイト兄の顔からさっきまでの穏やかな笑顔は消えていた。真剣な表情。
「っ逃げてなんて…あぁ、もう、クソっ!」
俺は部屋を飛び出した。

部屋を出て、階段を降りると、メイコ姉が目の前を通った。
「メイコ姉!リン、何処にいるかわかる?」
メイコ姉は立ち止まって振り返り、不思議そうな顔で俺を見る。
「リンなら出かけるのを見たわ。一緒に行かなかったの?リンと約束してたんでしょ?リンが昨日、『明日はレンとのひまわりの日だからでかけるの!』ってはしゃいでたわよ?」
「…ひまわり…?」
…何だ――…?
ひまわり、という言葉を聞いた瞬間、脳裏に鮮やかな景色が浮かぶ。
視界一面に広がる黄色いひまわり。日が沈みかけ、オレンジになった空。ひまわりに負けないくらい元気なリンの、笑顔。

『また来年も、ここに来ようね!』


「…………!」
思い出した。やっと。やっと思い出した。遅い。遅すぎる。リンは、怒ってるだろうな。それよりも、悲しんでいるだろうか。何故、今まで思い出せなかったのだろう。
何故、急に――…。

「何してるの?リン、きっと待ってるわよ?一緒に行くって楽しみにしてたみたいだから。行ってあげなさいな」
メイコは穏やかに微笑んで、言った。
「うん。…ありがとう、メイコ姉」
部屋に戻り、財布を取って駆け出す。カイト兄が何か言った気がしたけど、今はあと回しだ。少しのお礼と反論と文句は後で言おう。
早くリンのところへ行きたい。確かあのひまわり畑は一番近い駅から…2駅か3駅。
行き方まではっきりと思い出せてない。曖昧な記憶を頼りに駅に向かい、切符を買って電車に乗る。




***




キーッという音をたて、電車が止まる。俺は、止まった電車の窓から見える景色に見覚えがあったので電車おりた。おそらく、この駅であっている。ひまわり畑は駅の裏からすぐのところにあったはずだと思い、西改札を出て走る。
「リン!」
そこに、リンはいた。去年と変わらない、一面に咲き乱れるひまわりの中に。
「…遅い」
リンはこちらを振り返らず、ひまわりを見たままで、言った。俺は、何と返していいかわからなかった。
「……ごめん」
沈黙が降り積もる。ただただ、風の音だけが聞こえていた。先に口を開いたのはリンだ。
「…どうやって、ここまで来たの?」
リンは、俺を見ない。でも、よかったのかもしれない。こちらを見られても、目を合わせられる自信はなかった。
「メイコ姉からひまわりって聞いて、やっと思い出したんだ。ここの景色が浮かんで…」
「そっか…」
嘘は、言わないことにした。自分で思い出したと言うことも、できたけれど。それでは駄目だと思った。リンは、何も言わない。俺も、何も言わない。…言えない。
内心、ビクビクしていた。リンが次に何を言い出すかに。怒られるならまだいい。リンが泣いてしまったらどうしよう。それよりも…
――拒絶されたらどうしよう。もうシラナイと。イラナイと。
そんな言葉を吐かれる恐怖が、心を占めた。言われても自業自得だけれど。しかし。
しかし、リンの口から出された言葉は。
「しょーがないなぁ…。許してあげる。でもレン!思い出すの遅い!!」
振り返って俺を真っ直ぐに見ながら、リンは言った。
「え…?リン、怒ってないのか?」
つい出てしまった言葉。だって、リンの言葉は予想していたどれにも当てはまらないものだったから。すると、リンは眉をつり上げる。
「っ!?怒ってるに決まってるでしょ!リン、今日レンと一緒にここに来るの、すっごく楽しみにしてたんだから!忘れてるなんて信じられない!」
でも。とリンは続ける。
「思い出すまで許さない、って言ったでしょ?メイコ姉からヒントもらったみたいだけど…ちゃんと思い出してここまで来たから、もういいの!」
俺は、泣きそうになった。もちろん、本当に泣けばカッコ悪いから、泣いてはいないけれど。自分がとても情けなく思えた。
「…ごめん」
そう言ったあと、リンの顔を見ると鼻が赤かった。カイト兄にお礼を言わなければ。ここに来なかったら、一人で泣かせていた。カイト兄の言い方は、ムカついたけど。
「もう、謝らないでよ。折角、ひまわり綺麗なんだから」
「うん…。綺麗だ――…。唄おうか、『ひまわり』」
去年マスターが俺達をここに連れてきたときに、凄く喜んでる俺達を見て、即興で創ってくれた歌。明るくて元気な、それでいて、優しい歌。俺達2人のための、歌。
「うんっ!」
リンのひまわりに負けないくらい元気な笑顔。
(変わってないな…)
俺も自然と笑顔になる。

伴奏も何もないなかで。けれども。俺たちの歌は。声は。
高らかに――響いた。




***




ゴトンゴトンという電車の音。電車の中に人は少なく、この車両には俺とリンしかいないみたいだった。太陽は地平線の向こう側に隠れ、窓の外は薄暗くなっている。マスターは実体化しているボーカロイドたちの行動を制限しない。しかし、帰るのが遅いと流石に怒るだろうか。
そんなことを考えているとリンがあっ、と声をあげる。
「レン。ゲーム、ごめんね。リンが飛び乗ってミスしたんでしょ?」
リンは少し申し訳なさそうに言った。完璧に無視してた訳ではなかったのか。
「アレは別にいいよ。やり直せばすむし、それに――…」
リンを泣かせて、ここまで来て、ひまわりを見て、ひまわりを唄って。そうしてる間にどうでもよくなっていた。リンのほうがずっと大事だ。比べるほどのものでもない。クリア前だったから、少しのショックはあったけれど。

「…また来年も、来ようか」
そう言ったのは、リンではなく俺。
「来年に忘れてたら、今度こそ許さないからね。舗装するから」
リンは人差し指を立てて言った。語尾に音符マークがつきそうなくらいに楽しそうだ。顔がひきつったのが自分でわかる。おそらく、リンは本気だ。忘れたなら、ロードローラーの餌食になるだろう。
「忘れないよ。絶対に。…舗装は勘弁」
2人で、笑った。




***




…気になったことがある。メイコ姉にひまわりと言われるまで、全く思い出せなかったこと。記憶機能(メモリー)が、おかしくなったのだろうか。
だとすれば、厄介だ。譜面を覚えるのにも、歌詞を覚えるのにも欠かせない機能。それが壊れたとするとボーカロイドにとって致命的だ。マスターに相談したほうがいいだろうか。



翌日、マスターにこの事を話して診てもらった。聞かなきゃ良かったなんて。
…――今更だ。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

存在理由ep.1

こんにちは、ミプレルと申します。

以前一度投稿したのですが消してしまい、最うpしたものです。反省も後悔もしております。けれど自重できませんでした…orz

読んで頂いてありがとうございました!感想、アドバイス、誤字脱字の指摘等、お待ちしております。

追記(11月28日)
いつも携帯からの投稿で、携帯がおかしいのか理由はわかりませんが、携帯では5000字までしか投稿できません。なので1と2にわけていたのですが、PCで編集すると6000時には収まったようなので変更。1-2は削除させていただきます。内容は全く変わっておりません。
同時にタイトル変更というか決定というか。何回変えてんだよ自分。存在理由がテーマであることには変わりないのですが…何となくタイトルは違うのにしたかったのですが、周りの意見も聞きながらこれにしました。
ep.1では何のことかさっぱりですね!タイトルに合う作品をかけるように頑張ります。(そこなの?

閲覧数:959

投稿日:2009/11/28 20:22:39

文字数:5,055文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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