大丈夫かな……

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「えぇ!? 私が……主役!?」
 放課後の図書室で、私は驚いていた。そうして自分が今いる場所を思い出して慌てて口を押さえるけど、既に出て行った大声が引っ込められるわけがない。
 帰ろうと思って荷物をまとめていたら、リンさんが「ちょっと大事な話があるんだけど……いいかな?」と言ってきたので、何かと思ったらこういうことだったのか。
「な、なんで私が……」
「うちの学校の演劇部はね、部活としての公演以外でも、二学年の公演の手伝いをしているの。でね、キャストの部員が少ない年は『Singer』の称号を持つ二年生を誘ってるみたいなの」
「どうして? なんで?」
「元々二年生が出演していればオッケー、くらいの緩い条件みたいだからね。『Singer』の称号を持つ人って、美形が多いでしょ? 呼んでみよっか、っていうのがうちの部のお家芸ってわけ」
 メインを部員から譲る部活はどうなんだろう、とは後が怖くてとても言えなかった。部活動としての主公演ではないからいいのだろうか。本当にうちの学校って世間とずれてるよね。
 ルールとか普通じゃないもん。っていうか、あなたも『Singer』ですよねリンさん。
「主役は『Singer』の中から選ぶことが多くてね。で、今回の劇の主役は二人、男女一人ずつなの」
「それで……まさか……」
「そう。一人は巡音さんが選ばれたよおめでとう!」
 何故!? 何故私を選んだ演劇部の顧問の先生!
「理由は信頼してるからっていうのもあるけど、『美しいから』とか『頭がいいから』とか『きっと完璧に演じてくれる』とか『大人の色気が感じられる』とかもあるって言ってたよ?」
 いろいろとおかしくない? 大人の色気って何? 私そんなに目立つ方ではないと思うんだけど。どうしてしまったんだ演劇部の顧問の先生! 何を見てそう感じたんだ。
「先生は『私はあの子を、前から信頼してる』って言ってたけど……」
「……ん? もしかして、演劇部の顧問の先生って……初音先生?」
「そうだよ」
 うん。なんか納得した。初音先生、演劇のことになると人が変わるからなあ。
 そして、ようやく思い出した。初音先生は二年前、教育実習生として私の中学校にやってきた。
実習期間はたった二ヶ月だけだったけど、その頃の初音先生についてはよく覚えている。とても優しくて、授業はとてもわかりやすかった。ドジっ娘なのは昔からだから、他の先生達にはよく注意されていた。……ドジっ娘というだけで印象的なはずなのに、どうして思い出せなかったんだろう。いや、思い出さないようにしてたのか?
 でも、なんだかんだで評価は高かった。初音先生の大学は普通の大学だけど、彼女は超がつくほどの難問さえも正解した。競技クイズに向いている人間だったと思う。かなり頭が良かった上に、さらりと教員免許を取得して、もう教師だ。
 ただ、現在は二十歳のはず。今年から初めて先生として働くと言っていたが、教員免許をとってから二年が経過している。教師としてはかなり若いどころか、飛び級で合格しているあたり、学園長らと同じく『天才』に分類されるだろう。だが、空白の二年間をどう過ごしていたのか、初音先生本人は語らない。
 以上、説明終了。
「でも、劇に出るのが嫌だったら言ってね? 強制するのは間違っていると思うし、人前が苦手とかだったら申し訳ないし」
「ちょっと考えさせてね。で、もう一人の主役は誰?」
「あぁ、うん……」
 リンさんは少し迷っているようだったけど、伝えなければいけないことだし、と呟いてすぐにこちらを見た。
「もう一人の主役、つまり巡音さんの相手なんだけど……」
 その時、扉が開き、こちらに近づく人影が二人。一人は先ほども話題に上がった初音先生。もう一人は――神威先生。
「初音先生、痛いんですけど」
「ごごごごめんなさい! 怪我は、怪我はないですか!?」
「別に初音先生が転んでノートを俺の頭に思いっきり当てちゃったくらいで怪我はしませんよ?」
「ごめんなさいいいいいいい」
 もはやこのような会話が日常茶飯事と化している。大丈夫、おかしなことは何もおきていない。
「……ごめんね、遅くなっちゃった」
「いえ。今巡音さんに説明してたところです。で、相手なんだけど……神威先生、です」
「え?」
「『Singer』の二年生の男子はレン一人だが、レンは別の仕事があるらしい。そもそも『Singer』の称号を持つ人に男は珍しいらしい。レン以外に『Singer』の男は俺と始音しかいないから、俺になったらしい」
「そ、そうなんですか……」
 現在、『Singer』の称号を持っているのは二学年に五人、教師に三人だ。そもそも『Singer』の称号を持つ人自体がかなり少ないから、五人もいるうちの学年が異常なのだ。初音先生はこの学校に来て二ヶ月で取得してたらしいし、神威先生と始音先生は学生時代に取得していたらしい。
「それは置いといて。今回の劇は演技とはいえ、少し恋愛要素を入れちゃったからね。こう、いろいろ心配なんだけど」
 今の言葉に、私はとても驚いた。ちょっと待って、今『恋愛要素がある』って聞こえたような気がするんだけど!?
「そ、それ、学園長はなんて……? 関係性がダメって……?」
「いや、『オッケー』だって。いやー、許可とるの大変だったんだから」
 どうやって許可をとったのかは訊かないでおこう。なんだろう、訊かないほうがいいような気がする。脱力しそうだから。
「他にも協力してくれる人は集めたから、人手はこれでいいわね。えーと、台本はリンさんが書いてくれることになっているわ」
「いい話を書き上げられるように頑張ります! まあ、ほぼ出来上がってるので、あとは見直すだけなんですけど」
「本当に? この間も似たようなことを言って、実は頭の中でできていて出力は全然できてなかったっていう負の実績があるから心配なの」
「あ。はい、なーんにも打ち出してないです。マッハで打ちます」
「ええーっと……リンさん、レン君はどこに?」
「あ、多分この部屋にいると思うんですけど……ちょっとレン、来てー」
 パアン! と勢いよく手を叩いたリンさんがレン君を呼び出した。そんな呼び出し方、ある?
「衣装・小道具・大道具の製作は、レン君が担当します」
「「異議あり」」
 神威先生とハモった。
「ちょっと待ってください。それ全部、レン君一人でやるんですか?」
「そうだよ。レンは凄く手先が器用だし、仕事はとても速いんだよ」
「そういう問題じゃないと思うんだが」
「大丈夫です、心配いりません。そもそも、こっちの公演はそこまで準備するものが多くないと聞いているので。衣装も既製品を使うつもりなので」
「そ、そうか……」
 レン君本人が真顔で答えた。多分、無茶振りに慣れてるんだろう。
「台本についてだけど、三日あれば書けると思います」
「それ、速すぎませんか?」
「あとは打ち出すだけだからね。正直推敲が一番時間がかかると言っても過言じゃないからね、個人の意見だけど」
 誤字は思わぬところから生えてくるからね、なんなら完成した後に突然現れるからねと初音先生とリンさんが頷きあっている。当人同士でしかわからないことがあるらしい。
「衣装は、イメージ画をもらえれば、よっぽど珍しいものでもなければ用意しますけど」
「イメージ画か。詳細は台本が完成しないと描けないけど、今ざっと浮かんでるものだけでもいい?」
「それでいいよ。最初は小道具から作りますか。リン、現時点で決定してるやつある?」
「んー……剣、かな。ロングソードで、あまり装飾が派手じゃないやつを――」
 リンさんとレン君が語り始めた。この二人は昔から演劇に関わってきたらしく、設定とかがすごく細かい。それだけ本気なのだろう。
「あー、そろそろいいかな? 俺、ミニテストの採点しないと……」
「私も、ちょっとこの後用事があるんですけど……」
「あ、すみません。じゃあ今日はこのへんで」
 ふと時計に目をやるともう五時半だったので、私と神威先生は先に退散した。
「ふう……なんか凄いことになったな、ルカ」
「はい。この先、大丈夫なんでしょうか」
 とりあえず、これから先、とても忙しくなりそうだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】memory【15】

2012/09/03 投稿
「依頼」


学園祭編、始動。
改稿にあたり、鏡音のセリフがだいぶ変わりました。


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投稿日:2022/01/10 02:06:45

文字数:3,419文字

カテゴリ:小説

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    なんですか、この学園は「天才」の二文字をうず高く組み上げて作ってあるんですか。
    特に初音先生!現在二十歳で教育実習時が二年前…って18!?あんた幾つで大学入った!!?
    フツー教育実習は大学四年=22歳のはずなんだが!?
    まさか…中学生にして大学に…っ!!?もはや天才を超えて異常児だっ。
    一体幾つから飛び級制度があるんだこの世界は!?
    そしてフツー教育実習やった学年の終わりには教職取れるはずなのに二年間も何やってた!?いったい何があったんだ初音先生!?初音せんせー!!!

    …失礼、大学で教職をとろうかと考えている受験生ですのでつい熱く語ってしまいました。
    深呼吸して…スーハースーハ…げほっ、ごほんごほん!

    あれでしょ、ゆかりさん説得するときには連日豪華な料理を奢りつづけたんでしょ?
    例えばフレンチイタリアンインド料理懐石等等等々…www

    レン君スゴイな!衣装小道具大道具ってwww
    一つの道具につきいったい何秒かけてるんだ!?

    『これから先、とても忙しくなりそうだ』
    それ二つの意味ででしょwww
    演技の中で演劇をやるという二重演げk(舞台裏黙れ

    2012/09/03 23:32:01

    • ゆるりー

      ゆるりー

      この学園のトップが天才なので…

      初音先生も、学生時代をまともに過ごせなかった人物のうちの一人ですね。
      きっと、彼女は凄く飛び級したのでしょう。
      あ、教育実習やった学年の終わりには教職取れるんですか。もっとかかるものだと…
      まあ、いろいろあったということで←
      教職とるんですか!!あんまり無理せずに、がんばってくださいね!!応援しています!!

      普通に説得したと思いますが、もしくは…
      食べ物で釣る…シュークリームとか?
      でも引っかからなさそうですね。

      レン君もやはり“天才”なのです。
      あっという間に完成してそうですよねw

      舞台裏はあまり関係ないですw

      2012/09/04 00:59:40

  • 雪りんご*イン率低下

    雪りんご*イン率低下

    ご意見・ご感想

    二学年に五人……
    ルカさんでしょー、グミちゃんでしょー、めーちゃんでしょーリンちゃんでしょー、レンくんでしょー……あ、五人だ(((

    っていうかミクさんゆかりさんに何したんですか。
    は! そうか、ゆかりさんが浮気してるところの写真を見せt(((殴蹴折打銃焼

    リンちゃんレン君すげー。
    レン君はともかく、うちのリンちゃんはダメダメですかr──きゃあああああ「雪リン)ざまぁww」
    「雪レン)…………」

    2012/09/03 18:01:29

    • ゆるりー

      ゆるりー

      その五人で合ってますよw
      何したんでしょう?普通に説得したか、あるいは…
      ちなみに、ゆかりさんは独身です。
      “天才”の理解者は、本当の意味ではまだいない…

      ちょッ………リンちゃんひどい…
      りんご、今すぐ助けに行くからn…きゃあああ(ry

      2012/09/03 18:25:10

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