8. 船医兼護衛ガク,語る
リン王女を筆頭に、メイコ、レン、そしてガクとよばれた長髪の船医。
この四人が、黄の国の大使として表に立つメンバーであった。
「なぜ医者であるあなたが、表の人選に入っているの?」
「腕がたつのなら、公的な場でも護衛の役をかねてほしいと、ホルスト殿がおっしゃったのだ」
倹約家のホルストらしい、とメイコはため息を吐く。
「たしかに、医者と護衛を一人の人物がつとめるなら、給金はたとえ二人分払ったとしても、食事と宿代は一人分ですむものね」
メイコは、長身かつ長髪、そして風変わりな白衣をなびかせるこの医師を、まじまじと観察する。
「あやしい者ではございませんぞ、メイコどの」
「分かっているわよ。たとえあやしくても、リン王女の命を助けてくれる限り味方だわ」
「私はホルスト殿に医者兼護衛として雇われた。助けるのは当然であろう?」
メイコが改めて見上げると、ガクのきょとんとした表情にぶつかった。
「……そうかもね」
メイコの口元がふっと緩む。ホルストの思惑はともかく、少なくともこの風変わりな医者に、市で出会った楽師のような裏を秘めた様子は見られないと値踏みし、彼女は猫のように伸びをした。
* *
リンの船酔いは、幸いにも普通の場合よりも早く、二日と半日で収まった。
「たいくつだわ。そうだ、ガク。あなた、なにか面白い話を知らないかしら?船医兼護衛として船に乗るくらいだもの、いろいろな経験があるのでしょう?」
天気は好天。風も順調。水夫達にも余裕が見える。
こんな穏やかな日の海上は、甲板の上で過ごすのが正解だ。ただし、やることはない。メイコもレンも、マストの柱によりかかり、半分うとうととしながら、リンとガクのやりとりに耳を傾ける。
「さすれば、これを」
ガクが、ハッチの側に立てかけてあった木の棒を、ひょいとリンに差し出した。
「なんですの?」
リンが受け取る。ガクも、同じく木の棒を携えてリンの横に並ぶ。
「では、こうして両手で握って、構えられよ」
「……構えたわ」
「したらば、振るのだ」
がくっと背を柱からすべらせたのはメイコだ。
「ちょっと、ガク先生。話は!」
「私は、口で語ることは苦手なのだ。剣でなら雄弁に語ることが出来る」
そして、棒切れを構えたガクは、大真面目にリンに向き直った。
「……王女。ご期待に添うには、私にはこれしか御座いませぬ。よろしいか」
メイコが思わず横を見やると、レンが口をあけたまま固まっていた。
リンは、ガクに見つめられたままあっけにとられてうなずき、言われたとおり、木切れを両手で握り締め、ガクと同じ格好を取る。
どこまでも大真面目なリン王女なのだ。
「……黄の国の剣は、片手で扱う、刺突型が主流だが、私の剣は、斬撃が主なのです。
こう、かまえ、一歩踏み抜いて」
どん。
ガクが木の棒を振った瞬間、空気が揺れた。
リンの髪がふわりと揺れる。
音が一度切られたように、しん、と静まった。
リンが、同じように木の棒を振り上げた。
「んっ……」
軽い空気が動く。
ガクが、何度も振ってみせる。リンが、それをまねして振る。
レンとメイコは、だまってその光景を見続けた。王女のスカートの裾が翻り、ガクの白の衣が翻る。
風の戻ってきた甲板で、しばらく二人は、ひたすらに木の棒を振り続けた。
* *
「筋はいいようです、リン殿」
息の上がりかけたリンを見計らって、ガクはそう告げた。
「そう……こういう剣を使うのははじめてなので……うれしいわ」
息をつくリンから、ガクは木の棒を受け取った。そしてそれを元の場所に、そっと戻した。
「リン殿」
一息ついて休むリンに、ガクは一旦船室へ消えた。そして、黒く光る鞘のついたひとふりの剣を携えて戻ってきた。
リン、レン、そしてメイコの見守る中で、ガクはその鞘に絡めた帯を解き、ゆっくりと抜いていった。銀色の刃が、青空をうつしてきらめく。
「リン殿。これが私の使う剣です」
リンが、剣の握りの部分を受け取る。想像以上の重さがあったのか、一瞬彼女は前かがみになった。
「重いわね」
風の中に抜かれた片刃の刀身を眺めて、リンは言う。
「先ほどの運動は、これを振るための練習です。が、リン殿は振ってはいけません。
これを振るのは、誰かのお命を頂戴する覚悟を持つ者のみです」
「ふうん、ガクはこれを振るのね?」
「はい。重さが、覚悟となって、型と体に入ります」
よくは分からなかったが、リンはうなずいた。
「……難しいわ。でも、面白い話ね」
それからというもの、リンとガクは甲板で毎日木の棒切れを振り回していた。だんだんとなれて、リンもだいぶ長いこと振り続けられるようになった。
やがて、その輪にレンも加わった。
「僕は、騎馬戦と馬上であつかう武器は知っているけれど、両手で握る剣ははじめてだ」
それから青の国の港につくまでの二週間、王女一行が退屈することはなかった。
つづく!
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