「……こんな大取物は正直したくなかったよ。後始末が面倒なのでね……」

「すいません、課長……」

「というか君、いつの間に元に戻ったんだ?」

「あはは、ついさっきでして」

「あははじゃないよ……まさか君にオジサン呼ばわりされる日が来るとは思わなかった。文句だけは言わせてもらおうか」

「す、すみません……」


頑丈な手錠で繋がれた4人の科学者を引き連れた、橋本一課課長のげんなりした顔が、複数のパトカーの赤いランプに照らされた。

彼等はこれからヴォカロ町の警察署でこってりと絞られた後、恐らくは本庁へと送られ、裁かれて最も厳重な刑務所へと叩き込まれることだろう。

狭い町で暮らすルカにはそれがどこにあるのか、どんなところなのかは想像もつかなかったが、まぁ少なくとも、心の安寧がくるような場所でないことは確かだろう。

彼等は恐らく、これから残る数十年の人生を、ひたすら後悔しながら生きていくことだろう。


「さて、征こうか」

「あ、課長」

「……ん?どうした、グミ君」

「そいつらの聴取は……私にやらせてもらえませんか?……そいつら、身内なので」

「……ほう」


す、とグミの目を見つめる課長。グミの瞳に輝く、強い意志の光を読みとった彼は、優しく微笑んでこくりとうなずいた。


「よかろうよ。存分に話を聞いて来い。但し、調書は私情抜きで纏めるように」

「わかっていますって。……んじゃ、ルカちゃん、私は先に行くね!」

「わかったわ。……グミちゃん」

「ん?」


ルカの言葉に振り返ったグミは、どこか憑き物が落ちたような、肩の荷が下りたような、晴れ晴れとした表情をしていた。

ルカはそんな彼女に、感謝を告げる。数百年ぶりに再会したあの日から、今日この時まで力を貸してくれた感謝を。


「……ずっとありがとう。お疲れさま。そして、これからもずっとよろしくね」


柔らかな笑みと共に伝えられた言葉に、グミは思わず目を見開いてぱちくり。

だが、徐々にその顔に笑顔が戻って、「うん!」と一言。

そしてそのまま、4人の生みの親を乗せたパトカーに乗り込んで去っていった。










『……ようやっと一息、と言ったところだな』


大の字に転がるメイコやリン、レンの姿や、戦いの終わりに感極まって泣き出すミク、ミキに興味津々になっているネルや緊張の糸が切れて気を失うハクなどなど、大騒ぎの一同をあらかた介抱しおわって、何とか手の空いたルカの元へ、ロシアンがサクサクと足音を立てて近づいてきた。その体は未だに下半身がなく、胴から先には焔が揺らめいている。


「ええ……もう、なんというか、すごく疲れたわ」

『ふん、鍛え方が足りんな』

「貴方基準で語られても困るわよ……」


くつくつと笑うロシアン。

そんなロシアンに、ふとルカは一つ文句を言いたくなった。


「……そういえばロシアン、何であんなこと言ったのよ」

『む?あんなこととは何だ?』

「船を持っていく直前にさ……私に向かって、『すまない』って……てっきり死にに行くのかと……」

『は?……ああ』


頭いっぱいに疑問符を浮かべていたロシアンだったが、すぐに何かに思い当たったように空を仰ぐ。


『あれは最後のシメを奪ってしまった事への謝罪だ。できればお前たちの手でケリをつけたかっただろうと思ったら、つい口を出てな』

「え……え!?」

『なんだ、吾輩が本気で死にに行くつもりだったとでも思っていたのか……全く、どいつもこいつも吾輩を甘く見過ぎではないか?』


ゆらりと揺れた焔が、嘲笑うかのようにルカの周りを舞う。


『吾輩を何と心得る?……齢三百年の猫又ぞ』


幾度となく聞いた言葉。だが、何よりそれを実感した日であった。ルカは静かに笑って頷く。


そして今度は、ふとロシアンがルカに問いかけた。


『ところでルカよ』

「なぁに?」

『貴様……さっきから『ロシアン』『ロシアン』と吾輩のことを呼び捨てにしおって……』

「……あ」


思い出してちょっと顔を引きつらせるルカ。そういえば、いつの間にか随分となれなれしく呼んでしまっていた。

慌てて謝ろうとするルカだが、その動きを碧い焔が遮った。


『……そのままでいい』

「え……」

『いや、むしろそのままにしておけ。以前から文句は言いたかったのだ……三百は年上の相手に対し『ちゃん』はないだろうとな。共に戦う相手と考えるなら……むしろそうして呼び捨てられた方がまだ小気味よい』

『……た、確かに……』


返す言葉もない。確かに冷静に考えれば、年上相手にちゃん付けはとんだ無礼である。相手が猫だからと、最初に呼んだときの呼び方を引きずってしまっていた。

だが、ルカはどこかそのロシアンの言葉が誇らしかった。

何故なら……


「……私は、ロシアンにとって『戦う仲間』になれたのね」

『……フン』


そっぽを向くロシアンを、ルカはどこか嬉しげに見つめる。そしてもう一度、空を見つめる。





夕暮れに碧い焔が煌めく、静かな戦いの終わりの時だった。












***************************************













町民が、『サウンドウォーズ』と呼ぶあの『TA&KU』との戦いから、1週間が経った。





空に浮かぶ巨大な戦艦。
光を噴く巨大な砲身。
火の手の上がる町外れ。
まさにこの世の終わりの様な光景を、町民は遥か離れた町の防護施設から眺めていた。

だが、町民たちは同時にその眼に捉えていた。
七色の光が戦艦を貫く瞬間も。
薙ぎ払われて宙を舞う敵の残骸も。
巨大な戦艦を引きずり下ろそうとする6人の戦士―――正確にはその幻影だったが、流石にそれを知るものはいなかった―――の姿も。


そしていつの日か見た灰色の猫又が、碧い焔を纏って戦艦を空の彼方へと運び、爆炎の中に消えていったその奇蹟も。


戦いが終結し、防護施設から出た町民は、一斉にVOCALOIDの6人に連絡を取り、町を救ってくれた感謝と、あの猫又の安否を尋ねた。
余りにも押しかけるその問いを、流石に捌ききれなくなった6人が心配された本人―――本猫―――に携帯電話を押し付け、それを渋い顔で受け取った猫又ロシアンが、


『貴様らが心配するなど三百年早いわ!』


と一喝したところ、一拍おいて町中から歓声が上がり、ますますもってロシアンの顔が渋くなったのは言うまでもないことであった。


そしてその日からはVOCALOID一同に、ネルやハク、そしてグミも加わって、町民一同どんちゃん騒ぎの大騒ぎの祝祭が続く。
呑めや歌えや、歌姫が守る町らしいカラオケ大会の様なお祭りは、三日三晩止まることを知らなかった。










そんな大騒ぎが終わってから、更に4日が過ぎた日のルカの部屋。


そこには、九割九分体の再生が完了したロシアンの姿があった。
尤も、尻尾の先はまだ焔が揺らめいている上、


「わっ、ちょっとロシアン!?」
『む?……ああ、すまんな。まだ気を抜くとこれだ……安定するにはあと1週間は必要だな』


ため息をつくロシアンの目線の先で、後ろ脚の実体化が解けかけて大きく焔が膨らんでいた。
物理的な熱量も保持する焔が触れた畳は、軽く焼け焦げて黒ずんでいる。
どうやら再生したばかりの下半身は、碧命焔が未だぐるぐると燃え盛っているような状態で、気を引き締めていないと実体化が解けてしまうようであった。


そんなロシアンは、この冬からヴォカロ町、それもルカの部屋に居候することになったのである。
理由は単純明快。『旅に飽いた』ということだった。


『もう幾らも前に目的を見失った旅だったからな。大した感動もない旅など面白くもない。それならお前たちのような、いつまで見ても飽きぬ連中の側にいた方が腐らずに済みそうだ』


そうぶっきらぼうに、だがわずかに笑みを浮かべて答えたのである。
それはきっと、過去に囚われることを止め、今を歩く決断をした、神獣の小さな覚悟なのだろう。
ルカはそう思って、どことなくうれしくなったのである。










《―――ピンポーン》


チャイムが響き、ルカが不意に顔を上げる。
まだまだ朝早い時間だったのだが、そんな時間に客とは一体何事だろう。


「はーい?」


そう涼やかな声で返事を投げて、ドアノブに手をかけると―――





「「「ルカさんっ!!!」」」






「おわっ!?」


バァン!と扉が開け放たれて、飛び込んできたのは金色とピンクと緑色。
そう、リリィ、猫村いろは、ガチャッポイドのリュウトの3人だった。


「り、リリィ!?それにいろは、リュウト!?い、いったい急にどうしたの!?」
「は、はは……いや、実はさ、リュウトに捕まってな……」
「リュウトに?」


頭を掻きながら起き上がるリュウトに目をやると、リュウトは苦笑いを浮かべた。


「ほら、言ったじゃないですか。『TA&KU』と戦うために、がくぽさんやリリィさんを見つけに行くって」
「急いで二人を見つけてきたんですけど、さっきメイコさんに会って話を聞いたらもうすべて片付いたって……」


「間に合わなかったねえ」「ねー」と笑い合う二人の後ろで、ざしゃりと足音が響く。
ルカがそちらに目をやると、紫の髪を風に揺らす武士―――がくぽが壁に寄りかかっていた。


「がくぽ……」
「久方ぶりでござるな、ルカ殿」
「……いつぞやはありがとうね」
「さて、何のことか……」
「それに、私たちの力になろうと来てくれたのね」
「……まぁ、彼奴らに一つ蹴りでもくれてやりたかったところだったが、全て終わってしまったのではな。全くいつだって拙者は丁度いい機会に間に合わぬ……」


つまらなそうにつぶやくがくぽだが、そんな素っ気なさそうに見える彼もまた、リュウトといろはに連れられてこの町まで駆けてきてくれたのだ。
自分たちの力になろうと、一生懸命に駆けてきてくれたのであろう。
そう思うと、ルカは笑みを隠し切れなかった。

がくぽも、リリィも、いろはも、リュウトも。
皆、たった一つの願い―――あのどうしようもない生みの親を叩きのめしてやろうという願いの元に、力を貸しに来てくれた。
嘗ては敵同士だった彼らが、来てくれた。
自分たちの戦いが無駄ではなかった―――その事を教えてくれる何よりの証。

ルカは、ずっと彼らと一緒に生きていきたい―――その想いを胸に、声をかける。


「ねえ、4人とも、ヴォカロ町に住まない?」
「何?」
「……って、いいのか?」
「もちろんよ、リリィ!まぁ、そりゃめーちゃんに許可取らなきゃいけないけど、めーちゃんがダメって言うなんて考えられないしね!いろはにリュウトはどう?」
「……そうですね、どうせ行くとこもないですし、僕はお世話になりたいです!」
「あっあっ、リュウが住むなら私も!私も!」
「……がくぽ、どうする?あたしも正直、この町は住みやすそうだなと思うんだが」
「まぁ……拙者も行くところなどないからな。折角だし、腰を落ち着けてみようか」
「ふふ、皆がいてくれれば、町の人も喜ぶからね!」


とんとん拍子で話が決まる。
こうして平和に、共に生きられる日を待ち望んでいたルカはご満悦だ。





「……ところでルカ殿」
「?なによ、がくぽ」
「……なぜロシアン殿がお主の部屋に?」


ちらりと、ルカの後ろで暇そうにしていたロシアンと目を合わせるがくぽ。
その視線を受け返したロシアンが、『ああ、いつぞやの』と真夜中の決闘を想い返す。
それで気づいたように、リリィが「ああ!」と声を上げる。


「あんた確か、カイトさんが暴走した時の……」
『貴様も覚えているぞ。確か相棒が壊されかけた程度で泣き言を言っていた……』
「だっ、他人の黒歴史をっ!」


リリィが顔を真っ赤にして喚く中、いろはとリュウトは首をかしげてルカに尋ねた。


「ルカさん、この猫……ネコ?はなに……じゃなくてどちらさま?」
「っていうかこのネコさんエネルギー量滅茶苦茶多くないですか?下手したら僕より……」
「ああ、そういえばあんたたちは初めてだっけ」


ポンと手を叩くルカが、ロシアンに視線で自己紹介を促す。
めんどくさそうに溜息をついたロシアンが、何故か胸を張って。


『吾輩は猫である。名前など……』
「ロシアン」
『!』


不意に、その自己紹介を遮るルカの声。
そして、思い出したかのように苦笑いを浮かべるロシアン。


『……自己紹介など、随分長いこと忘れていたからな』
「定型句で過ごしてた弊害かしらね?」
『さぁな』


そして息を吸い直し、ロシアンは静かに名を名乗る。
歌姫たちと育んだ日々の中で、300年ぶりに思い出した自分の名を。










『吾輩はロシアン。猫又のロシアンだ。覚えておけ。貴様ら如きとは格の違う神獣―――吾輩は齢三百年の猫又ぞ』










それは、平和な平和な町の物語。
それは、可憐で流麗な歌姫の物語。
それは、孤高で勇猛な猫又の物語。





その物語は、まだまだ始まったばかり。





                          【第一部 完】

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

SOUND WARS!! XVIII ~エピローグ~【ヴォカロ町シリーズ第一部エピローグ】

俺たちの戦いはこれからだ!
こんにちはTurndogです。

あああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおようやく第一部完だゆおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお(煩い

はい。
最初の投稿が2011年12月11日なので、もうかれこれ七年くらいです。
投稿してない期間はたぶんその半分弱くらいあるんですけども。

そんなこんなで、何とか一つ、話をまとめることができました。
しかしヴォカロ町の話はこれで終わりではありません。
続きの物語もありますし、始まりの物語もあるのです。

次回からはその数多の物語のうちの一つ、ヴォカロ町シリーズの全てのスタート地点の話。
乞うご期待!

閲覧数:456

投稿日:2018/06/27 19:40:48

文字数:5,517文字

カテゴリ:小説

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