――――――――――#10
AKITANERU――――――――――うわあやられたあぁ、なんつって、ぇえ!!!
「結月、前みいや!!!さっきから!!!!!」
言われて、ハッとした。急ブレーキに急加速とドリフト、アグレッシブな運転をしていた。
「聞こえ取るか!!返事せんでええから、クラクションや!!」
続けて猫村中将が吼える。意味は分からないが、クラクションを言われた通りに鳴らした。
AKITANERU――――――――――The Lovers under The Shine Star
「なるほど!」
神威中将の感嘆した声が運転席に届く。すぐに声が低くなって、後に何を言っているのかはよくわからない。
「まじでか、やりおるで!」
戦況を予測しているらしく、断片的にしか聞こえないが、恐らくは優勢なのだろうが。あまりにも気になりすぎる。
SUKONETEI――――――――――くっ、思った以上にとんでもないっ戦いをっ
YOWANEHAKU――――――――――ふっ、貴方なら亞北ネルを倒してくれると思っていましたが、どうやら見込みちが
AKITANERU――――――――――調子のんな本気でぶち殺すぞ
SUKONETEI――――――――――気が狂ってる!!!
攻響兵になって最初に配属されたのが、このエルメルト攻響旅団基地だった。神威中将麾下に移る前の頃、この基地で初音中将閣下が直々に教官としてご指導下さった。
その結果、クリフトニア軍の攻響兵団と他兵科との合同シュミレーションで敵部隊を殲滅という戦績を叩き出し、ついでに戦時法規を理解していないという理由で即日無期限の謹慎処分となった。
その日から地獄の日々が続いた。数ヶ月に渡り、「結月ゆかりが合同シュミレーションでやらかした事は実際にはどういう光景を描くか」を、延々と教示される毎日だった。
曰く、事前通知を伴わない大量破壊。戦闘不能者の地理的孤立。戦域外への影響。戦域にいる戦闘員と民間人の区別の不可能性。戦争と災害の違い。味方の作戦行動を阻害したなどという話、味方に死傷者が出たなどという話とは、次元が違う。
参謀本部と憲兵司令部を筆頭として、結月が拘束されている施設には入れ替わり立ち代りにあらゆる兵科の責任者が現れて、朝から夜までシュミレーションの結果を聞かされる。攻撃を受けた兵士の生体的な変化を秒刻みで説明される日もあれば、統計学的に何人の民間人を殺傷したかを計算させられた日もあった。無言の将官達の前で半日言い訳させられたりもした。
頭の中が壮絶な光景と数字で埋め尽くされ、自罰する機械となりかけた頃、元上官の亞北准将が訪ねて来た。合同シュミレーションで連行されて以来、初めてエルメルトの人間と顔をあわせた時だった。
ある日、普通の面会室に連れてこられて、待つようにと言われた。家族ですら面会の許可は出ないと聞いていたのに、誰かが面会の手続きを取って結月に会いに来たというので、少し期待していた。亞北ネルの顔を見て、率直に言って少し残念だった。
「元気そうだな。随分な勉強量じゃないか」
開口一番そう言うと、小脇に抱えていた分厚いバインダーを机の上に広げた。
「これは結月が受けた再教育のカリキュラムの概要報告書だ。数か月分が一冊にまとまっている」
私が無言でいると、しばらく紙の束をパラパラとめくっていた。私一人の数ヶ月はバインダー一冊で収まるのだなあと、ぼんやりと思った。
「まあ、何回もあった話だけどな」
亞北ネルが呟く。なんでもないような口ぶりなので、聞き違いでもしたかと思って亞北ネルの顔をみた。
「民間人の推定殺傷数か。まだ大人しい方かな」
今度は、はっきりと聞き取った。意図を理解しきれないまま、次に何を言うのか、見がまえた。
「あのさ」
入ってきた時から、ぶっきらぼうな顔をしていた亞北ネルが、こちらの様子を伺うような風に上目遣いをした。この時、結月は自分が挨拶を忘れていた事に気付いた。
「本日は、ご足労頂き」
「すまなかった」
亞北准将が、一言詫びを口にして少し頭を下げた。
「え?」
「……実はなあ、本当はねえ、処分をさあ、エルメルトで再教育にも持っていけたんだけどさあ」
歯に衣を着せたような言い方で、ちょっと何を言っているのかわからなかったが、言い訳をするような感じに聞こえなくもなかった。愛想笑いのつもりか、微妙に口角が上がって、目が泳いでいる。
「攻響兵団が編成されてから問題起こした新兵って結月が初めてだから、軍で注目集めちゃってな」
「はあ」
「シュミレーションでさ、滅茶苦茶やったじゃん」
「あれは、初音司令のご教導通りに」
「そうなんだけど、それで初音の奴に責任被せてお前を不問に事も出来たんだけど」
「私は、私の責任は取るつもりです」
世間話の様な語り口調でごにょごにょしていた亞北ネルが、急に真顔になった。
「責任の話なら、まあ心配するな」
世間話の様な語り口調でごにょごにょしていた亞北ネルは頬杖を突いて、資料に目を落とした。何か興味を引かれる内容があったらしく、読みながら話を続ける。
「もっと別の事情があってな」
「別の、とは?」
「ぶっちゃけると、軍が出来てから初めて真っ当に入ってきた新兵のさ、再教育の担当をやりたいっていう部隊が一杯あったんだよ」
「再教育がやりたい?それは、何故ですか」
「つまりだな、攻響兵団以外の連中は、自前の通常兵力を持つ攻響兵団と関わる機会が無くて、視察や合同訓練以外では攻響兵の情報を得る機会が無い。それでお前が戦時法規絡みで適正の問題があると発覚してから、戦時法規なら攻響兵団でなくても再教育できるだろうという話が出てきた。要は再教育を担当して実際の攻響兵がどんなのか見てみたいという、そういう思惑があってな」
「では、まさか私を見世物にする為の茶番だったと?」
「んー?」
思った事を率直に言ってみた。案外、興味なさげで資料から目を上げない。
「半分はそうだな。どちらかというと、攻響兵団の外の奴等の度胸試しみたいな面はあっただろう。攻響兵が化け物だという印象は、軍内部でも根強い」
「この数ヶ月での再教育が、私に対するただの見せ掛けで、内容は無駄だと?」
ならば随分とひどい怪談を聞かされた事になるが、亞北准将は鋭い眼光で否定した。
「いや、お前相手には十分だろうよ。私から言わせれば、この程度の資料を作るのに寄って集って何ヶ月かかってんのかってのは思うけどな」
この程度。亞北准将の放った一言は今までで一番痛烈だった。が、その割には結構食いついているように見える。
「言ったろ?数は知れてるって。私らなんかリアルで一度ならずやっている事だ。攻響兵以外の奴から見て、どういう風に見えたかは私にとっても参考になるが、いかんせんケースが小さいからな」
紙をめくる音が軽く響く。時折ページをパラパラと弄んでは、まためくる。
「攻響兵のヤバさはお前が何ヶ月も聞かされた内容の通りだ。当然だが軍にいる人間は、そのヤバイ攻響兵は、攻響兵をやる兵士とは何者かって、皆気にしている」
見飽きたのか、バインダーをぞんざいに畳むと机の脇に押しやった。
「だから、今回は処分ではなく特命扱いの任務として扱われる。今日を持って、全て不問だ。というか、処分とか無いから、特別休暇が終わったら転属だ。今日はそれを伝えに来た」
「え」
亞北准将が立ち上がって、敬礼をした。結月も慌てて立ち上がり、返礼する。
「結月ゆかり大佐、ご苦労だった」
「え、大佐?」
「辞令は部屋に届いているから確認しておけ。昇進おめでとう」
「は、ありがとうございますですが、何故」
亞北ネルが、ニヤリとした。
「そりゃあ」
バインダーを机から取り上げて、誇らしげに耳の横で振った。
「こいつを作った功績に決まっているだろう」
「さ、さっき大したことないって」
「ふふん。言ってないな。ついでに、軍の奴等が攻響兵の事をどう思っているのかっていう調査を兼ねていたなんて一言も言ってないからな。変な勘違いするなよな」
「え、ええー……」
もしかしたら、すごいドロドロとした内部政治に利用されたのかもしれない。上層部というのがどういう人物かと言えば、例えば目の前の。
「売られたなんて言ってくれるなよ。ちゃんと買い戻してやったんだからチャラだ」
結月が何も言えずにいると、亞北ネルはウィンクして部屋から出て行った。今までの数ヶ月に聞き知った事の中に、下手をすると軍事機密以上のもっと恐ろしい何かが混じっていたのだろうか。
あれから、あの事件から、再びエルメルト攻響旅団基地を見る日が来た。そう。
YOWANEHAKU――――――――――どこを、狙っているのですかぁ!!!
AKITANERU――――――――――わっり!!!ごっめえぇん!!
いつもと変わらず。全く何も変わっていなかった。エルメルト基地。気配を殺して、出来るだけ顔を合わせたくは無かった。
機動攻響兵「VOCALOID」第6章#10
準モブによる謎回想(爆)
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