リンのカップに紅茶を注ぎながらカイトは言った。

「しかし……昨日の魔法の力には正直、驚きました」

「……」
リンは黙って注がれた紅茶の香りを楽しむ。

「電撃爆破という魔法があれほどの威力とは。
何せあの硬い地面が爆発して、木が真っ二つに……」

その会話を聞きながらレンはニコリと笑った。

「おばあちゃま。随分と手加減したんだね」
「手加減?!」

何を言ってるのか理解できず、カイトは思わず聞き返すと
レンはナプキンで口の周りを拭き、説明した。

「電撃爆破はその程度の魔法じゃないよ。
たぶん……おばあちゃまは、余分な魔力を地面に逃がした。
そうでしょ?」

「……まともに喰らわすと、あの場に居る者達も
被害にあうからな。正直、地面に魔力を戻さないと
制御できないのだよ。だから―――めったに使えない」

紅茶を口にして、リンは答える。

「い、いや……、あれ以上の威力があるのですか?」
カイトは信じられないといった面持ちだ。

「だから、めったに使わない。だが今回は速やかに対処しなければ
ならなかった。ルカの婚約パーティで物騒な噂を立てるワケには
いかないしね……。まあ、それよりも―――」

リンはテーブルの上に、藁半紙を置いた。

「昨日の聴取であの巨人の言っていた、このエンブレムがな……」

短剣に絡まる双頭の蛇。

サイクロプスの腕に焼き印されていたものだ。
見るからに不吉な紋章だが、深い知識と見聞を持つリンにですら
それが何なのか分からなかった。

「屋敷に戻り次第、私も王立図書館で調べてみますが……」

リンの記憶にも引っかからないのだ。
おそらく、カイトが頑張っても答えは見つけられないだろう。

「……、やれやれ。また、ミクに聞かねばならぬのか」

リンは苦笑し、頭を抱える。

リン以上に知識を持つ悪魔族の娘ミーク。
聞けばすぐに答えも出るだろうが、その代償がめんどくさい。

「あの悪魔を楽しませる為に興行を打たねばならぬのですか?」
「まったくだ。我ミラー家も地下水脈のように無尽蔵に金が
有るわけではないからな……」

悪魔の知識の代償。
それは人の魂……ではなく、カルチャー。

悪魔族の娘は何故か、人間の作り出す音楽や芝居が
とても大好きで、その知識や力を貸す代わりに
大掛かりなオペラや舞台を用意しなければならない。

「今回も……随分と金を使ったんだぞ」

ミクをこのループ家の警備の為に
月夜の夜、監視させていたのだ。
その代償は、夜のオーケストラ。

王立コンサートホールで謎の興行者が打ったイベントである。
城下町ではかなり話題になっていたが
もちろんそれはリンが秘密で出資した。

王国内でも有数の財産を持ち、辺境ではあるが
伯爵位として治める土地もあるミラー家でも
さすがに何度も大掛かりな興行は厳しい。

頭を抱えるリンに、聞き覚えのある声がかかった。

「これはこれはごきげんよう。ミラー家の皆様」

昨日のパーティで挨拶した小太りの紳士と
リンがダンスを踊らされたその息子であった。

「お食事中でしたか。昨夜はどうも」

「伯爵様、ごきげんよう。レン、ご挨拶を」

「はつにお目にかかります伯爵。
私はレン・ハオン・ミラー二世です」

レンは立ち上がり、伯爵は握手し、席を勧めた。

伯爵と息子は席に着き、改めて挨拶をした。

「私はスモールキャスク領を治めます
ハモンド・レスリ。これは息子のトンホイルです。
御高名な一族であられるミラー家の若き領主にご挨拶でき―――」

貴族同士の挨拶と世間話が始まる。

そんな会話の中、リンは淑女らしくニコニコと話を聞いているが
内心、早く終わってもらい、とりあえず寝室に戻り
一刻も早く柔らかな布団にまみれたいと考えていた。
もちろんそんな事は微塵も顔に出さないが。

「―――実は、このような機会をうかがっておりました。
と、申しますのも……、一度、ミラー家のリン様に
お目通りを願っておりまして―――」

ハモンド伯爵が言う”リン様”は世間が噂する
隠居しているミラー家”前”当主の事である。
齢100を超える大魔法使い。領地である
”年老いた森”(エルダーフォレスト)に潜む
金色の髪を持つ魔王。その姿は絵に描いたような
腰の曲がった老婆で、日々、大鍋で禍々しい素材で
魔法の薬を調合している―――と、世間一般で
囁かれているのだ。だが

当の本人は目の前で、見目麗しい少女の体で
銀の皿の数少なくなったサンドイッチを
隙あらば口に運ぼうと考えてる。

そんな少女をまさか伝説の魔法使いだとは
伯爵もわかるワケが無い。

ハモンド伯爵は話を続けた。

「伝説の魔法使いに容易くお会い出来るとは
思っておりませんが……、お若いのに聡明な
当主様と、並ならぬ美貌のお嬢様に、せめて
私の話を聞いて、口添えをしていただけぬものかと
考えたのです」

「ハモンド様。私には何も力になれる事は
無いのかもしれませんが、お手伝いできる事があれば
何なりとお話下さい」

レンは堂々とにこやかに応えた。

もちろん、社交辞令であってハモンド伯爵の
話を聞き入れる事は出来ない。昨夜の今日の事件が
まだ収束していないのにそれは無理な問題だからだ。
だがマナーとしては、話は聞いておかなければならない。

話を聞きつつもサンドイッチの誘惑に負け
リンは何気なく優雅に銀皿に手を伸ばそうとする。

「ですよね、リン?」

レンの一言に伸ばした手は銀皿からレンの肩に。

「え、ええ!もちろんですわ、レン様」

リンは残りのサンドイッチを頬張るタイミングを失い
尚且つ、どうやら話が長くなりそうで
ベッドに潜り込む時が遠のいた事を心の中で嘆いた。

「私が治めるスモールキャスクは漁業と
ワインの製造、他国からの輸入輸出が主な産業でして
私の会社も運搬用外洋船を2隻保持しております。
しかし最近―――」

外洋船で運搬用となると普通の帆船よりも大きい。
当然、船の値段も管理も、そして税金もかなり多額。
それを運営しているのだか中々の商才を持っている
のだろうなとカイトは思った。

「わが社、”ハモンド運輸”の船が
海賊に攻撃されまして多数の船員の命と商品の
積荷を盗まれた上に船も半壊させられました……」

「伯爵、口を挟むようですみませんが
あなた様の帆船は軍船以上の装備だと
噂で聞いておりますが?」

リンは”ハモンド運輸”が強力な船を
持っていることを知っていた。
内情も密かに分かっており、公にされていないが
旧型軍船を極秘に買い入れて改装している事も裏の情報で
分かっていた。

「よくご存知で……。そうなのです。わが社の船は
海賊達との戦いに備え、充分すぎる武装をしておりました」

運輸船が過剰な武装する。もちろん防御の為だが
一方では、海賊船を退治するという名目で
海賊船のお宝を奪うという裏面も運輸船にはある。
警備が少ない一昔前なら、運輸船が運輸船を襲うという
事件もよくあったのだ。

「―――しかしそれでも、生き残った船員の話ですと
襲われた時は夜で、波は凪ぎ。船足の止まった時に
突如突進してくる!という報告を受けています」

帆船は風が無くなると足が止まる。
大砲の死角に敵船が来ると反撃が出来ないし
逃げる事も難しい。

「わが社もこれ以上の打撃は御免被りたい。
それ故、ミラー家に何か御知恵を頂きたく
思ったのです……」

このままでは他国や他社にも被害が及び
領地の利益を著しく下げてしまう。
外交を行う領主として頭の痛い問題なのだ。

しかし、それだけならミラー家に
頼るのなら筋違いである。

リンはハモンド伯爵に率直に言った。

「それですと……、海軍の方が力になるのでは?」

ハモンド伯爵は視線を一旦逸らし、一呼吸置いて
話を続けた。

「……、この話は内密に願います」

顔を見合わせて、リンとレン、そしてカイトは頷いた。

実はすでに海軍に海賊討伐を要請したのだが
その海軍の軍船が一度、海賊と交戦し、結果
酷い目にあってしまったらしいのだ。

「凪ぎの状態から奇跡的に風が吹き、さらに船足が速かったのが
救いだったようで、命からがら
軍艦は逃げ延びました。報告では
海上で船の故障となってますが、海賊船にしてやられたようです」

海賊風情に後を見せて逃げたとあっては
海軍として面子が丸つぶれだが、たかが一隻の
海賊船に負けて、高額な軍船を沈めたとあれば、これは
まずい事ではある。

「もうひとつ報告がありまして……。笑わないでくださいよ?
海賊が突然現れる夜は決まって、美しい女性の歌声が
何処からとも無く聞こえるのだそうです……」

「ほう……」
リン達、三人は頷いた。
海で歌い船乗り達を惑わす話は多々ある。
昔の言い伝えではあるのだが。
カイトも昨日のリッチやサイクロプスを見なければ
無礼ながらも吹きだしていたかも知れない。

「軍船でも勝てない、となると考えられる事は二つ。
新しい発明を使った船。そしてもうひとつは……」

良いタイミングだとばかりにリンは
銀皿に手を伸ばすが、既に銀皿の上には
サンドイッチは既に無く、そのかわり
伯爵の息子が無垢な表情で頬を揺らしていた。

「何らかの魔物の干渉」
レンは呟いた。

「まさか、この新しい工業時代に!
……ですがこのままですと、海賊船を退治するために
スモールキャスクの海は海軍が集結して一般の船や
貿易船が港に入れなくなってしまいます。
冬も近づいて来ると領地の収益にも大打撃でして……
その前に一刻も早く問題を解決せねばならないのです」

「しかし、我一族では、そのような大事を解決する
力も知恵もありません」

メイドが来て銀皿を下げるのを眺めつつ
リンは残念そうに応えた。

ミラー家も昨日の事件でそれどころではない。

残念そうな顔をするハモンド伯爵。
そしてテーブルの藁半紙に目を配る。

「ほう、”グラディウス”ですかな?」

唐突な一言にリン、レン、カイトは目を合わせた。

「伯爵様、この紋章をご存知で……?」

「ええ、新進気鋭の貿易会社の紋章ですよ。
ここ数年でいきなり大きくなりました。
正確にはたしか……”グラディウス洋行”ですね。
この蛇の模様が鎖になってますが、同じものかと―――」

厄介事に厄介事が蛇のような鎖で繋がる。

どうやらミラー家は、この件にも
かかわらなければならないようで
カイトはまた何か物騒な連中が関わるのかと
不安な気持ちに―――なるのであった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

図書館の騎士 7

つづきです

閲覧数:130

投稿日:2013/08/28 20:04:22

文字数:4,365文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました