ただ温もりが欲しくて

----------

「私が悪かった……?」
 私が変わらなきゃいけないんだろうか。でも、そう思う度に、怖くなるんだ。私が変わっても、彼の笑顔は見れないんじゃないかって。私が変わったところで、記憶や時間は、私達にはどうすることもできないんだ。
 私は、病院の屋上に来ていた。転落防止用の柵があるけど、そんなに高くない部分が一箇所だけある。たった一箇所。たった一箇所だけでも、簡単に乗り越えられる。
『――“だから、俺を忘れて……笑って、くれるか?”』
「笑えるわけ、ないじゃない。私のせいでこんなことになったんだから……」
 もう遅い。今の私がどうしようと、“神威先生”の記憶が戻る方法はわからない。
 つらい。今の彼は、私が知ってる彼じゃない。そして今の彼も、私を知らない。もう笑顔は見せてくれない。それなら、いっそのこと――――すべてを捨てて、楽になってしまおうか?
 私は、高くない柵の前に立った。この程度の高さなら簡単に乗り越えて、落ちることができる。十階以上ある建物で、この高さだ。落ちたら命はないだろう。
 これでいいんだ。柵に手をかけ、乗り越えるために体重を支えようとした、その時。

 後ろから腕を掴まれて、引き寄せられた。この状況、前にもあったような―――そうだ。高一の十月。彼が助けてくれた日。想いを告げられた日。今でも、その時に見たモノ、聞いたモノ、触れたモノは、昨日のように思い出すことができる。あの時と同じように、私は誰かに抱きしめられていた。
 ――誰か? いいえ。私はわかっている。忘れるはずもない。
 この温かい手。少しだけ見えた、きれいな紫色の髪。そして、
「……間に合った……」
 この声。
 私が愛した人。私を愛した人。私を庇い、事故にあった人。そして、重症の上、“自分”の記憶を失くした人。
 あの時と同じだ。でも違うのは、彼が着ているのは白衣ではないこと。彼は、『神威先生』ではないということ。ここが病院の屋上であること。命を絶とうとした私を、彼が止めたこと。そして彼が、私を放さないこと。
「どうしてあなたがここにいるんですか」
「……わからない。でも、嫌な予感がしたから」
 嫌な予感? それだけの理由で、ここに来たっていうの? だって彼は今、まともに歩くのも難しい状態だ。後ろから抱きしめられているから彼の鼓動が伝わるけど、それはまるで走った後のようだった。実際、彼は息切れしている。それに点滴の支柱もすぐそこにある。彼は全身が痛いはずなのに、どうして私のためにそこまで。
「私を助けなくても、よかったんじゃないですか」
「自ら命を絶とうとする者は、止めなくちゃいけない」
「私を抱きしめなくても、いいじゃないですか」
「こうでもしないと、君が暴れる」
「私から離れてください」
「そうしたら、君は飛び降りるんだろう。だったら離さない」
 私の言葉に、彼が一つずつ答える。彼が私を抱きしめる力は、間違いなくあの時と同じくらいの強さ。
「あなたは、いったい何を考えてるんですか。なんで、こういうことをするんですか」
「……なんで、だろうね。自分でもよくわからないんだ」
「だったら……っ!」
「ただ、確かなことが一つある。僕は…………君が、好きなんだ」
 あぁ、まさにあの時と同じではないか。私を好きだと言ってくれた。記憶が違うのに、どうして同じことを言うの。
「僕は香の面影を君に重ねているのかもしれない。僕は香を、助けられなかった」
 “……助けたかったんだよ。だけど俺は無力だ。守ることなんて、できなかった”
 所詮、私が見た夢だ。だけど夢の中の神威先生は確かに、今の彼と同じようなことを言っている。
「だけど君はもう、香じゃない。君のことを、以前の僕は好きだったんだろう?」
「……どうして、それを知って」
「始音君に聞いた。だから僕は、君を……“巡音さん”のことを好きになりたい…」
 彼が口にする、『香(かおる)』という名の少女。もしかして、その少女は……前世の私だったのではないだろうか。音が聞こえない少女と彼は言った。それはあの音のない夢と、一致する。
「君を見ていると、少しつらくなるんだ。僕が君にそんな表情をさせているのに、僕は何もわからない」
「……」
「君には笑っていてほしいんだ。そのためには……僕が記憶を取り戻す必要がある。それまで、待ってて」
 彼は、大切そうに私を抱きしめる。温かい。どんなに変わっても、彼は彼のままなのかもしれない。
「わかりました。……ありがとうございます、止めてくださって」
「いや……一人で死ぬことは、とても悲しいことだ。僕が経験したんだから。君には、僕の過ちを繰り返さないでほしかったから」
 彼が止めてくれたことが嬉しかった。記憶が違う彼を、私が支えていけばいいんだ。

 そういえば、あの『彷徨う影』って確か、「昔、屋上から飛び降りて自殺した、右手首にリストカットの後がある霊の生まれ変わり」の人だったよね。さっき見た夢を考えると、その正体って、神威先生ということになるんじゃあ……?
「……ごめん、ちょっと長かったね」
 彼はそう言って、私を解放する。
「神威先せ……」
「待って。今の僕は、皆の知ってる僕じゃない。だから記憶が戻るまでは、『神威』って呼んでくれるかな」
「はい。わかりました、『神威さん』」
「それから……君の名前も自分で思い出したいんだ。だから、絶対に教えたりしないで」
「はい」



 その夜、私は彼を看病するために病室にいた。少し眠くなってきたところに、始音先生がやってきた。始音先生は廊下から私を手招きした。二人で話そうということか。
「巡音さん、丁度いいところに」
「なんですか?」
「いや、実は預かっていたものがあるんだ、以前の神威から。君へ渡してほしいということだったから」
「え。神威先生が、私に?」
 始音先生が紙袋を差し出す。それを受け取り、中身を確認する。それは。
「これ、見覚えが。まさか……」
「そう、白衣だよ。神威の、ね」
 この白衣は神威先生のトレードマークでもあった。学校の彼は、いつもこれを着ていた。いつだったか彼は話してくれた。これは、今はもういない父の形見だと――そんな大事なものを、グミちゃんでもなく、私に?
「……手紙?」
 畳まれた白衣に挟み込まれる形で、手紙が一通、入っていた。
『いつか俺が帰ってくるまで、それを預かってくれないか? もう俺には時間がないんだ。今までありがとう。そして、ごめん。ルカ……いつか必ず、帰ってくるから』
『愛してる』
「多分、神威は解ってたんじゃないかな。事故にあって、大変なことになる、って」
 始音先生の言葉は、あまり耳に入らない。私は泣いた。しばらく会えない彼の優しさと温かさを、その文章に見つけたから。
 ねえ、神威先生。また会えたときは、この気持ちを伝えても、いいですか?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】memory【25】

2013/04/11 投稿
「未遂」

基本的に私はバッドエンドが好きなので、絶望しているルカさんのシーンもけっこう好きです。
改稿しましたが、内容はほとんど変わっていません。


前:memory24 https://piapro.jp/t/ACCz
次:memory26 https://piapro.jp/t/_HLX

閲覧数:1,130

投稿日:2022/01/10 02:39:34

文字数:2,859文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    あれ、おかしいね。涙が止まらないよ!
    これは別にスギ花粉が最後の猛威をふるっているわけではないはず!
    なぜなら俺は花粉症じゃないからさ!wwwwwひっく。
    こんな泣けるgdgdなら全力を賭けてgdgdしてくりゃれ!

    多少遅くなってもダイジョブですよー。むしろ書いてくれるのがねぇもうこんなアルティメット昆虫馬鹿のど変態にそんな書いてくれるってーのがもう次元の壁を越えてありがとうと言いに行きたいというか(わけわからん

    ヘタレアンはもともとボk(こら
    そういえば最初に出会ったゆるりーさんの作品はガレリアンと(中略)だった気がする。
    初めて見た時には既に「ゆるりー」さんだったけど、投稿時はまだ「ユルカライン」だったのね、こないだ初めて知ったwwwすんません。笑いごっちゃねえよ。

    2013/04/12 00:06:48

    • ゆるりー

      ゆるりー

      今回泣けるところありましたっk((
      今花粉症が酷いですからね。
      しかし私も花粉症ではないですw
      私はgdgdなのが売りですよ!←

      書きたいシーンが多くなったのでノートにまとめてみたら、量が大変なことになってしまいまして。
      今も書いている途中なのですがなかなか終わりが見えません。
      あ、いえいえこちらこそいつも仕事が遅くてgdgdで文才なくてただのバカなのに書かせていただけるだけで本当にありがたいというかですね((長い

      そうでしたね!←
      初めてお会いしたのが「ガレリアンと(ry」でしたね。
      元々適当につけた名前だったんですけど、コラボ内でついたあだ名(ゆるりー)が広まっていって元の名前で呼ばれなくなったので、ゆるりーにしましたw
      そういえば、出会ったときからターンドッグさんのメッセージはいつもおもしろいなと思ってました←

      2013/04/12 00:18:00

  • 雪りんご*イン率低下

    雪りんご*イン率低下

    ご意見・ご感想

    結論:がっくんはどんながっくんでもカッコイイね!←

    がっくんマジカッコいいわイケメンだわホント素てk「雪りんごのルカ)がくぽさんは渡しませんよ?(ニコッ)」
    あれ、ルカさんものすごい笑顔だけどその手に持ってるの何(((アーッ


    ──そんなことより!
    も  う  す  ぐ  !
    ガ  レ  様  が  来  る  !
    で  す  と  !?(((黙
    ガレ様hshs、ガレ様hshs……おっと誰か来たようだ

    2013/04/11 22:28:45

    • ゆるりー

      ゆるりー

      そう、がっくんはカッコイイのだ!←

      今回そんなにイケメンだったっけ…?
      またまたーりんごのがっくんだってイケメンじゃないk
      「ゆるりー's ルカ)ダメですよますたぁ!神威さんはぁ、皆かっこいいんれすからぁ?」
      あれルカさんその手に持ってるのってまさか梅酒?
      普段お酒なんてあまり飲まないのに酔ってたりしてます?
      その瓶を振り上げてどうするのかな飲むだけにしてねお願いだかr((アッー


      落ち着けw
      今思えば、あのガレさんの話からあのシリーズが始まったんだよね…
      あのシリーズがきっかけでたくさんの心優しいお方に出会うことができたし…
      (がったん)りんごおおおおおお!本当にありがとおおおおお(ドタッ!)さっき倒した椅子に躓いてしまっt((

      2013/04/11 23:46:05

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました