07
「おはよう、カイト。
さぁ、どんな気分だ?」
とーさんの声がする。
マイク越しではないそれは、知っているものよりも少しだけ低い気がした。
目を開く。
覗き込んでくる顔が近い。
当たり前だけれど、立体だ。
「・・・・・・・・こういう時、言うんですかね?」
「ん?」
なにをだ?
滑り出した声は少しだけ、自分のものと違う気がした。
理屈では自分の声と認識しているものと同じものが発せられていて、違うと感じるのはむしろ自分が「聞いている」部分の変化によるものなのだろうけれど、酷く不思議だった。
そんな認識の感情をごまかすようにして、表情を変えて観る。
自分では解らないが、笑うことが出来ただろうか。
「"頬に風があたっちょる・・・"」
「お前いくつだ」
「僕よりとーさんの方が詳しいんじゃないですか?」
そういう意味ではいつもと全然変わらないやりとり。
そのことに妙に安堵しながらいると、少しだけ真面目になったとーさんの顔が少しだけ距離を置いた。
「そりゃそうだ。動きはどうだ?」
腕を動かしたり、その場で足踏みしたり、片足立ちしてみたりラジオ体操第1をフルコンプリートしたあとでその問いに答える。
「今のトコ、不具合的なものは感じませんけど」
「オーケー。
じゃぁとりあえず、逢いに行くか」
「え?」
「え?じゃねぇだろ。お前がその姿持って、一番喜んでくれる人んトコだよ」
「え、えぇえええ」
当たり前の提案だった。
当然の言葉。
むしろ自分から言い出したっておかしくない、筈の・・・
なのにとーさんが言った途端、妙な気恥ずかしさが体中を駆け巡る。
むずがゆい感じ。
感覚も植えつけられているからなのか、それとも・・・
「おぉ、さすが俺んトコの技術。
よくよく顔真っ赤にしちゃってまぁ」
「・・・・・・・・とーさん~」
満足そうに頷く人に手をとられる。
少し渇いてて、冷たい。
・・・あの人の手は、どんな感じなんだろう?
「いくぞ、カイト」
「はい」
「カイト!」
「マスター!」
「うわっ、すごい!ホントにカイトだ」
「はい、ホントに僕ですw」
頭の悪い会話をしているなと男は内心で苦笑いを零す。
ホントもなにもないだろ、とおもうのだが、本人たちはたのしそうだ。
黙ってやっているのがいい上司というものだろう。
あの娘は自分が育てた歌い手の、自分よりも頭一つ分高い顔にその手をやり、確かめるようにペンだこが愛らしい指を滑らし、悪びれも無く左右に引っ張る。
「うわー。すごい。
ほっぺとかちゃんとぷにてる-」
「ふにゃ、いたひれふまふたー」
「あら、発音も影響出るのね。
その辺も少し調整しないと」
うんうん、と好奇心にその目を輝かせながら分析する彼女に父親としてさすがに自粛を促す。
「おいおい、玩具にするのは少々自重してくんねぇか?海久」
「玩具なんて人聞きの悪い。
そうだ、カイト。せっかく"生まれた"んですもの。
お祝いになにか贈らせて?」
久しく見ていなかった、こどもっぽくむくれる様を見せてそういった彼女は、こちらの存在なんぞどーでもいいのか、再び自分の秘蔵っ子へと問いかけた。
想わぬ言葉だったのだろう。
目を丸くした息子ははにかむようにやんわりと拒否を口にする。
「え?でも僕マスターにいっぱい唄貰ってるから」
「いいの。私がカイトを飾りたいのよ」
・・・・・・・・・飾りたいってなんだ、それ。と想っていたら、詩以外はアホの子だというのをすっかり忘れていた愚息はとんでもない言葉を笑顔で紡いだ。
「じゃぁ、マスターとお揃いのストールがいいですっ」
「え?」
一瞬、彼女の表情がこわばる。
当たり前の反応。
おれ自身、ほんの少しだが身がすくんだ。
いや、こいつに悪意はない。
彼女のストールの意味も、多分理解していない。
実際いつもの暢気でほのぼのとした口調で、自分の望みをできたばかりの唇から滑らせる。
「あ、駄目ですか?
なんかマスターとお揃いのがいいなぁって想ったんですけど、アクセサリーとかはオンナノコのかな、って」
「アクセサリーだって男の子用のもあるわよ。
・・・、ストール、か」
ほんのりとした彼女の笑みに腹の内側がチクチクとした。
こちらのする言い訳ではないと解っていたが、クチは勝手に動き出す。
「海久・・・その・・・」
「ううん、社長。そっか、カイトはストール?」
こちらの言葉を短く制し、まるで子どもに誕生日プレゼントを確認するように彼女は繰り返す。
そしてカイトは、うれしそうに告げるのだ。
「はい。海みたいな、青いのがいいな」
マスターの名前だから。
そういったカイトに、彼女が微笑む。
「じゃぁ、お揃いの買おうか。私たちで」
「はい!」
「わりぃな、ガキで」
「・・・・うぅん。あの子は純粋に私のストールがいいなって思っただけだもの。
手術痕なんて、想像もできないんだと想えば」
声は、想ったよりも普通に出た。
苦虫が口の中に一杯いるままの社長はそんな私の言葉に、めずらしく困ったような顔で頷いた。
「あぁ」
それに。
そんなのはささいなことなのだ。
「これから、もっと忙しくなるわ。
あの子には足がある。動ける。
余計な仕事も増えるだろうけれど・・・
そうね、ストリートライブもしてみたいんです」
「あぁ。表でやりたいことはこちらで出来る限り手を貸すが、もっと自由でいいと思う。お前らは」
歌の為だけに生まれた存在。
だからこそ、色々してみたい。可能性も、憧れも。
当たり前のように、儲け話とは程遠そうな提案すら、頷いてくれるこの人への感謝が、笑顔を膨らませる。
「ありがとうございます」
そのかわり、ってわけじゃないんだが。
不意に言葉が変わる。
今日はこの人のいろいろな表情が見れる日だ。
そう思いながら、真摯な目線を受けとめる。
「社長?」
「それで、一つ提案があるんだ」
「提案、ですか?」
「お前の声を、再現したい」
それは。
とても、不思議な言葉。
けれどその意図する意味を、既に知っている。
カイトも、メイコさんも。
その願いの元生まれた存在。
「社長・・・」
「カイトたちと同じ、声の存在として。
俺ぁお前の唄が好きだったからさ。それで」
「"私"の、"ボーカロイド"・・・?」
「あぁ。許可をもらえるなら、お前に育てて欲しいんだが」
わたし、の歌のために生まれる子。
ふと考えて、頭に浮かんだのは、自分が誰の為に今歌を作っているのか、ということ。
「・・・・・・・・・・声は」
「うん」
「声は、いいです。
でも、私のボーカロイドは"カイト"だけです」
「・・・・そっか」
「ごめんなさい」
せっかく、考えてくれたのに。
好きだといってくれたのに。
それでも、今の私は「わたしのため」に歌は作れない。
「いや。愛息が愛されてるってのは、素直に嬉しいよ、海久」
「・・・・・・はい」
彼のための、歌をつくること。
今の私には、それが一番大切なことだとそう思えた。
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