気が付けば辺りは真っ暗になっていた。何処をどう歩いたのか、どうやって戻ったのかもまるで覚えていなくて、手足は細かい傷と砂だらけになっていた。ぼんやりと宙を見詰めていると微かにノックの音がした。

「芽結?戻ってるのか?」
「…誰…?」

返事の無いまま鍵とドアの開く音がした。

「確かに只事じゃ無さそうだな。」
「頼流さ…痛っ!」

頼流さんは私の腕を掴んで強引に引っ張り上げるとバスルームに私を押し込んだ。なすがまま座らされると弱いシャワーで手足の砂を落としながら吐き捨てる様に言った。

「こんな傷だらけになってまで嘘を吐いて楽しいか…?」
「え…?」
「流船は俺の目の前で死んだ…車にはねられて…真っ赤な血が流れて…動かなくなった。」
「…でも私…!」
「あいつは確かに死んだんだよ!」

荒げた声に思わず体が萎縮した。あんなに優しい人だったのに…今は憎しみすら感じる程強い視線で私をねめつけていた。涙が溢れるのを必死で飲み込んで何とか声を絞り出した。

「…そじゃない…!嘘じゃない!流船は…死んでなんかない!優しくて…家族思いで…
 誰よりも皆を守ろうとして…!」
「黙れ…。」
「嘘じゃない!本当に…!」
「黙れよ!」
「きゃっ…?!」

押されてバランスを崩したと思うと、背中に硬いタイルの感触があった。落ちたシャワーヘッドから流れっ放しのお湯が不自然に体を温める。

「…何でお前なんだよ…?」
「え?」
「俺の弟なのに…家族なのに…何でお前だけが流船を覚えてる…?何で俺じゃない…?
 俺の中の流船は6歳のまま止まっているのに…どうしてお前だけ流船を覚えてる?!」
「痛っ…!!頼流さ…放して…!」
「返せよ…流船を返せよ!」

力任せに服を引き裂かれて胸元が露になった。濡れて体に張り付く服と、びくとも動かない手が私から自由を奪って、見上げる先には無機質な天井と、流船と同じ柘榴の瞳があった。

「お前の中の流船をよこせよ…。」
「頼流さん…?!止…めて!放して!嫌!やぁっ…!」

流船と同じ髪で…流船と同じ瞳で…だけど流船と違う腕が私を抑え付ける。強い力で振り解けない…逆らえない…逃げられない…。こんなの嘘だ…悪い夢だ…嫌…私に触らないで…!

「ひっ…?!うっ…!」

愛情も優しさも欲望すら欠片も感じない唇を無理矢理重ねられた時、体がビクンと強張って頭の中で何かが粉々に割れて砕けた。

「流…船…。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

コトダマシ-62.粉々に割れて-

水道代+ガス代+電気代+下の階への水漏れ云々が気になった自分って一体…。

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投稿日:2010/12/01 18:24:16

文字数:1,017文字

カテゴリ:小説

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