THE PRESENT the second half of side:C

 マンションの一室の扉の前で、ミクは深く深呼吸をする。
(ルカ。分かってる……よね)
 ルカに全部、余す所なく説明させなければならない。最悪は、このナイフで脅してでもだ。どんな結果になろうとも、自分を騙したその報いを彼女に受けさせなければ到底満足など出来そうもなかった。
 ミクは手元のナイフを隠すと、チャイムを鳴らそうとして――思い留まった。ふと、何気なくドアのノブをひねってみる。と、それは呆気ないくらいに簡単に回った。
(開いてる。……あのルカがこんな不用心なことするなんて)
 ルカに何かあったのだろうか。だとしたら、いい気味だ。そう思ったミクの唇が自然とつり上がる。
 静かにドアを開けて中に入る。そしてミクは、一番見たくなかった光景を目にしてしまった。
「――ッ!」
 声を出さずに済んだのは、単に息を呑んだまま動くことが出来なくなっただけだった。その様子が、余りにも信じることの出来ない光景だったから。
「やめ、て……」
「ルカ、お前……」
 そう言いながら、口づけを交わすかのように寄り添う二人。
 一瞬、握りしめていたナイフを取り落としそうになる。
 自分がここまで苦しみ、悩んでいたというのに、この二人はミクの葛藤など知りもせずに抱き合い、口づけを交わしていたということなのだろう。つまり、さっきの電話など、ルカは一向に気にしてなどいなかったのだ。むしろルカは「今更気付いたの?」とでも言いながら、カイトと笑いあってでもいたのだろう。
 少しして、ルカはカイトを焦らそうとするように彼の身体から身を離す。ミクに見られているとは知りもせずに、二人で幸せそうなことだ。
「俺が好きなのは、ルカだけだ」
 そうルカに告げるカイトの言葉に、ミクの心は、文字通り崩壊した。
(わたしは、わたしは……一体何なの? 今まで、一体何を我慢してたの? 一体何故、我慢なんてしていたの? カイトにとってわたしは、ただの邪魔な小娘だったの? カイトとルカを信じていたわたしは一体何? ただの間抜けな……子供に過ぎなかったの?)
 それ以上、ミクはその光景を見ることを止めた。
 それ以上、ミクは二人の声を聞くことを止めた。
 それ以上、ミクは何かを考えることなど出来なかった。
 注意深く見ていれば、注意深く聞いていれば、もしかしたらミクは気付くことが出来たのかも知れない。カイトとルカの二人がそのような甘い時間を過ごしていたわけではないと。だが、ミクはそれに気付くことが出来なかった。気付こうとする余裕など無かった。
 ナイフを握るミクの手に自然と力がこもり、冷静さを欠いた彼女の身体が震える。
「――やっぱり、そうなんだ」
 何かを言いかけていたカイトかルカの声を遮り――いや、彼女は誰かが喋っていたということにすら気付いていなかった――ミクはぽつりとそう呟く。
「え?」
「――何?」
 今まで二人しかいないと思っていたカイトとルカが、それぞれ驚いて振り返る。
 だが、二人が振り返り始めたときには、ミクはもう動き出していた。
 冷たく暗い部屋の中、ミクの握るそれが微かに銀色に煌めく。


 そして“その”瞬間、まるで時が止まってしまったかのように三人の動きが止まった。


 握りしめたナイフ越しに、ミクの手にカイトの胸元を貫く柔らかい感触が伝わってくる。
「あ……」
 カイトのその悲痛な声が、ミクの耳元をくすぐる。が、それすらミクに届きはしなかった。
 次第に両手を濡らす、ぬるりとした生暖かい液体に、ミクは恍惚とした気分になる。これで、カイトは自分の物に、ミクだけの物になったのだという実感が湧く。こうなってしまえば、こうやってしまえば、もうこれ以上、カイトをルカに奪われることなど無いのだから。
 ミクはたっぷりと時間をかけて、徐々に失われていくカイトの体温を全身で感じていた。しばらくしてから、ミクはようやく名残惜しむようにカイトの胸元からその身を離す。
 そうして、ミクはまるで勝ち誇るかのようにルカに向けて微笑んだ。今まで無邪気で可愛らしい笑みしか浮かべたことの無かったミクが、初めて、そして最期に浮かべる、妖艶な、それでいて恐ろしい怜悧な笑みを。
 カイトの胸元から、優しく、愛おしむようにナイフを引き抜く。
 その深紅に染まったナイフから、カイトの血がまるでスローモーションのように床へと落ちる。
 その光景を見て、ミクはぼんやりと気付く。これだけでは足りない、と。
「アナタノスベテヲ奪ッテアゲル……」
 ルカに向けて、声には出さずにそう唇だけを動かしてみせる。
 そう、ルカの全てを奪うのなら、これだけでは足りない。まだミクは、ルカから奪うことの出来る物がある。
「彼モ、思イ出モ、何モカモ……」
 そして彼女は、ルカに見せつけるようにそのカイトの血に濡れたナイフを、抱きしめるように握る。


 カイトが、血の溢れる胸元に手を当てて、力を失ってゆっくりと膝をつく。その止めどなく流れる血と、傷の痛みにカイトは悟る。たった今、自分に最期が訪れたのだということを。
 ルカはミクとカイトの方を向いたまま、指一本動かすこともままならず、ミクの凶行を止めることも叶わずに呆然と立ち尽くしていた。
 ミクは、躊躇うそぶりなど全く見せなかった。
 一息に、そのナイフを自らの喉に突き立てる。
 一瞬上がった悲鳴は、喉を切り裂いたナイフのせいですぐに消えてしまった。喉元から溢れ出る鮮血の合間を縫い、ごぽごぽと嫌な音を立ててミクの息が漏れ出る。頸動脈を切り裂いたそこからは、冗談のように勢いよく血が噴き出し、ルカの身体に降りかかった。
 それでも、ミクは笑みを絶やさなかった。壮絶を絶する筈の痛みに耐え、それでも尚、ルカへと微笑みを向ける。
 ミクの隣で、カイトがとうとう力を失い床に倒れる。
 ミクは、弱々しい足取りでルカに近付こうとしてバランスを崩し、ルカに抱きつくようにして倒れる。
 咄嗟にミクを抱きとめたルカの顔は、未だ何が起きたのか理解出来ていないといった様子で、抜け殻のような青白い顔でミクを見た。
「……」
 ミクがルカにしがみついたまま、彼女に向けて何事か唇を動かす。だが、喉の裂けたミクが声を出せるはずもなかった。
 にもかかわらず、何かを言い切るとミクは満足そうに瞳を閉じる。そうして彼女は、ルカにしがみつく力も無くなったらしく、糸の切れた操り人形のように彼女の身体からずり落ちて倒れ伏した。


 それは深夜、ちょうど日の変わる時刻だった。
 男と少女が倒れ伏し、生暖かい、むせ返るような鮮血の香りを漂わせた暗い部屋から、一人の女性の、永い永い悲鳴が夜の街に響いた。
 激しく、激烈なまでのその痛みに、彼女は耐えることなど出来なかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ACUTE 11  ※2次創作

お久しぶりの文吾です。

「ロミオとシンデレラ」に続き、こちらも差し替えました。
「ロミオとシンデレラ」では意外に細かな描写を増やしたりしているのですが、それに比べると、「ACUTE」では言い回しの修正の他は、例の矛盾と次回作のために日付が特定できる要素を修正しただけなので、違いはほとんど無いかもしれません。

「ACUTE」を書いている時に考えていた事は「誰か一人を悪者にしない」ということでした。
この「誰が悪いのか」という部分は、原曲とそのPVを見てもはっきりしない形で描かれています。見方によっては、ミクだけが悪いようにも思えますし、カイトが二股かけて二人から恨まれているだけのようにも見えます。それはきっと、制作者である黒うさ様が、見る人にとって様々な解釈ができるような余地をわざと残したんだろうと思います。
なので、自分なりの解釈として、三人ともにこの出来事に対する原因がある、という形にしました。誰か一人だけでもその原因になるような行動を取らなければ、悲劇が避けられた、というような。

あと、普段一人の視点で書く事が多いので、複数視点でなければできない表現をやりたいと思い、同じシーンを視点を変えて書くと、まるで意味が変わって見えるという表現をしてみました。

また、今回もおまけを前のバージョンに載せています。今となってはもはや意味のない話にはなっていますが……どういうことかは、見て頂ければ。

気づけばいつの間にか注目の作品に追加されていたみたいで、びっくりしました。いろんな方に読んで頂けたのかな、と思うと嬉しくもあり、少々気恥ずかしくもありますが。


あと、余談ですがProject DIVAの「ACUTE」をすごく楽しみにしていたのですが、正直三人が踊っているだけですまされてしまって、個人的にはもの凄く消化不良でした。内容が内容なだけに、全年齢対象にしようとするとああするしかなかったのかもしれませんが。
にしても、カイトのモジュールがかなり衝撃でした。さんざんPVを見てVネックの長袖シャツにしたのに、あのモジュールにはちゃんと襟がついていたんですからね(笑)


最後に、あらためて黒うさ様に感謝を。
すばらしい楽曲をありがとうございます。

また、この作品を読んで下さった皆様にもありがとうございました。

閲覧数:1,548

投稿日:2013/12/07 14:56:28

文字数:2,828文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    初めまして、読ませて頂きました。
    これは良いACUTE。原曲のドロドロ感が忠実に再現されていて凄いですねー。
    この生々しさがなければACUTEじゃないと思いますし、全然オッケーだと僕は思います。
    ただ、原曲に忠実なのは確かなんですが、そのおかげで時系列がちょっと分かりにくいレベルまで入り組んでしまっているような……い、いえ、一応分かりはするんですけどね(汗

    面白かったです。ありがとうございました!

    2010/01/10 12:01:36

    • 周雷文吾

      周雷文吾

      >時給310円様

      こちらからも初めまして! 文吾です!
      時系列はごちゃごちゃし過ぎですよね……。それに関しては、自覚アリです。ていうか書く前からそんな感じになっちゃうのが目に見えてたんですが、対処ができなかったです。申し訳ありません……。
      冒頭のside:Aやらside:Bやらいうやつで、なんとか分かるようにならないかと悪あがきしてましたが、やっぱりわかりにくいのは改善されず(苦笑)

      おもしろかったと言って戴けて嬉しいです!
      ありがとうございました!

      2010/01/11 00:05:37

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