ある日のことだった。
眠る僕に、リンは言った。
「明日から2泊3日の修学旅行なんだ。だから、しばらくは会えないの―――ごめんね。帰ってくる頃には面会時間過ぎちゃうから、4日後には来れるよ。」
そういって、リンは帰っていった。
僕は残念だったけど、水面の向こうのリンに
『お土産、よろしくね。』と声をかけた。聞こえてないのはわかってたけれど。
1日経った。2日経った。
リンはきっと、修学旅行を楽しんでいるだろう。
リンが来ない分の埋め合わせなのだろうか。メイコ姉やカイト兄、ミク姉が代わる代わる来てくれた。
3日経って、4日目の事。
僕は海の中にたゆたう中で、淡いヒカリを見た。
「?」
どこか懐かしいそのヒカリは、水面からまっすぐに突き抜けて堕ちていく。淡いヒカリは最期に一度強く瞬いて、光の射さない水底へと消えていった。
夜まで待ったけど、リンは来なかった。
5日経ち、6日目。
約束の4日が過ぎた後も、リンは来なかった。リンではなくミク姉が、僕の見舞いに来た。
『ミク姉、リンは?どうしてリンは来てくれないの?』
僕の問い掛けは水面に遮られ、彼女に届く事はなかった。
7日目の、穏やかな午後。珍しく父が来た。胸に沸き上がる、嫌な予感。
「レン」
久々に見る父は、また白髪が増えていた。
「どうか、落ち着いて聞いてくれ・・・といっても、聞こえているかは怪しいが」
きまじめな父の珍しい冗談に、僕の嫌な予感が膨れ上がる。父が冗談を言う時は、大抵ろくな事がない。
気付けば僕は目を閉じ、両手を組んでいた。
嫌でも最悪の予想が頭を過ぎる。とにかくそれを否定したくて、僕はただ祈る。
会えない日々が続く理由も、僕には分かっていたよ。だけど、
「レン」
だけど、認めたくない。
「リンは、」
信じたい・・・
「リンは、死んだ」
僕の願いは、粉々に打ち砕かれた。
本当は分かっていた。リンが最期にここに来てから4日目の、あの時の事。
あの時水面から水底へと堕ちていった、あの淡いヒカリ。あれがリンなのだと、片割れである僕にはすぐ分かっていた。
どうしようもなく僕はそれを悟り―――僕はそれを否定したのだ。リンが死んだなんて信じられなくて。信じたくなくて。
そして、同時に僕は思い出した。願いを込めて歌ったあの歌が、今どこにあるのかを。一度水底に堕ちかけたあの時、僕はあの歌を置いてきてしまったのだ。
光も届かぬ水底に、置き忘れきた大切な歌。
歌い聴かせたい人はもう、この海にはいない。水面の向こうにも、もういない。彼女がいるのは、暗く冷たい水の底。
僕は無意識に自分の手を握り、目を閉じる。
「レンが目醒める可能性は低かった。植物状態だからもう目醒めないと、皆考えていたんだ―――リン以外は。」
僕を更なる衝撃が襲う。植物状態?僕が?
だが同時に、納得もした。水面の向こう側に行きたくて、僕は何度も手を伸ばした。皆と話がしたくて、何度も何度も手を伸ばしたのだ。
結局、僕の手は一度も届かなかった。伸ばせば伸ばすほど、指先と水面の距離が離れていって。
植物状態なのなら、きっと身体のほうから拒絶されていたのだろう。
「リンは修学旅行の後、急げば面会時間の内に病院に着くからと・・・早くお土産を見せたくて、話がしたくて、気が急いてたんだろう。ろくに信号も確認せずに飛び出して・・・車に。」
父は小さな木彫りの鶯笛を備え付けの机に置いた。
「これは、リンが持っていた物だ―――きっと、レンが目醒めたら一緒に遊びたかったんだろう。」
僕はただ、声を殺して泣いた。涙が、海に溶けていく。
リンが死んだのは、僕のせいだ。
そんな、人殺しのこの僕に―――これ以上、生きている意味なんてない。
父はきっと泣くだろう。ミク姉と、カイト兄も。メイコ姉だけは、きっと怒るだろう。というか、ぶたれる可能性がある。「何勝手に死んでんのよアンタ!」って怒鳴られて、延々とお説教される。絶対に。
でも僕は、リンのいなくなった世界で生きられる自信がない。
『みんな、ごめん・・・さよなら』
僕の呟きに、父が驚いた顔をした。もしかしたら、この声が届いたのかもしれない。
長い時を、リンといた。繋いできたあの手は、もう無くて。
僕は小さく微笑む。前から水底へと僕を沈めようとする流れはあったのだ。
この海は、上に行けば行くほど蒼が淡く、薄くなり、現実の世界となる。そして下に行けば行くほど蒼は濃く、深くなり―――黒に限りなく近い蒼色をした水底は、光も射すことのない死の国だ。
一番蒼の美しい此処は、そのどちらでもない。だからこそ、きっと長くは留まれないのだろう。
リンが水底に堕ちていった今、僕はその流れに身を任せることに決めた。リンのいないこの身は、もう空っぽなのだから。
光溢れる水面を見上げ、空っぽな僕は沈んでく。
父が必死に僕を呼ぶ声が聞こえる。同時に、リンの声があの歌を紡ぐのが聞こえる。
僕は目を閉じて、水の流れに身を委ねる。
きっと、その先にキミがいるから・・・
泡沫ノ幻想 後編
初投稿作品「泡沫ノ幻想」。どうでしたか?
か・な・り・至らない所があると思いますが、「まぁ初心者はこんなもんか!」とかる~く流してくれるとありがたいです。本当に。
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