マスターは本当にさっさと戻ってきた。
男の人って、なんでこうも早くお風呂を済ませるのだろうか。女が長いだけなのか?
まぁそんな事はどうでもいい。
マスターがテーブルにつくと、誰からともなく、お酒に手をのばした。




―Error―
第六話




…それから十分が経過した。


「マジであり得ないだろ、これ。単なる八つ当たりだよな?」

「俺もそう思いますよ~。マスターがそんなヘマ、やらかすわけないじゃないですかぁ」


普段より、少しばかり饒舌になったマスターの愚痴に、こちらはすっかり出来上がってしまっているカイトが、ひたすら相づちを打っている。
…大事な事なので、2度言います。
飲み始めてから、十分しかたっていません。
まだ誰も、一本目を飲みきっていない。しかも、カイトが飲んでたのはチューハイ。
なのにこの様である。


「前から思ってたけど、弱いにもほどがあるわよ、あんた…」

「え~、そんな事ないよ~?」


いつもの2割増くらいに、間延びした声で返された。


「大体さぁ、めーちゃんが強すぎるだけ…ふぅ」


ぱたん。
唐突にカイトが倒れたかと思うと、もう寝息をたてていた。
急な事だったが、別に驚きはしない。いつもこうだ。


「相変わらず、早いですね」

「そうだな」


マスターは、また一口ビールを飲んで、ふと笑みを浮かべる。


「本当に、みんな人間じゃないなんて、信じられない。食べ物の好き嫌いはあるし、酔っ払うし、なんかあるとすぐ落ち込むし」


意味ありげな言い方に、マスターを見やると、彼は笑顔のまま、私を見返してきた。


「…何の事です?私なら、別に何も…」

「俺を誰だと思ってるんだ?」


咎める響きは一切ない、穏やかな声音。不思議と緊張がほぐれていく、そんな声だ。


「そっとしとく事にしてたんだが…どうも深刻そうだからな。何かあるんなら、話してくれ。仮にも俺はマスターなんだからさ。それとも、そんなに頼りないか?」


少しおどけたような言葉に、首を振って否定を示した。
どうやら私も、今日は早くも酔っているらしい。マスターに優しくされるくらい、珍しくも何ともないのに、込み上げてくるものがあった。
…一度話し出すと、止められなかった。
カイトが好きな事、その彼になついているミクが、羨ましくてたまらない事、その感情が全て、深刻なエラーとして認識されている事。


「…マスター。私はどうなってしまうんですか?このままエラーが蓄積して、壊れてしまうんですか?私は…」

「捨てないよ」


短い言葉に顔を上げようとして、頭に温もりを感じた。


「そりゃ、めーちゃんのプログラムからすればエラーかもしれないけど、俺はいい事だと思う」


仮に壊れてしまっても、みんなを家族だと思ってるのに、その家族を捨てるもんか。
そう言って、マスターは私の頭を、少し乱暴に撫でる。


「…カイトの奴、ここんとこずっと、めーちゃんの心配ばっかしてたんだぞ。あまり眠れてないみたいだったし」

「え…」


急に変わった話題に、思わず声を上げる。
眠れてないって…全然そんな風には見えなかった。


「悩んでるみたいなのに、自分には何も話してくれない、どうしたらいいかわからない、って、俺に言ってきてさ」

「……」

「無理にコクれとまでは言わないけど、周りが暗くなるまで、溜め込むなよ。俺で良ければ、いつでも相談に乗るから。な?」

「…はい」


溢れてきた涙を拭って、私も笑顔を向けた。
あの時、カイトに向けた、無理に作った笑顔なんかじゃない。


「ありがとうございます、マスター」

「うん」


最後に一回だけ、くしゃりと私の髪を撫でてマスターは、お休み中のカイトの手から、握られたままだった缶をひっぺがした。
それが意味する事を、私は知っている。


「もう寝ちゃうんですか?」

「元々、単なる憂さ晴らしで飲みたかったわけじゃないからな。それに、カイトに風邪ひかれると困る」

「お酒、どうするんです?まだ随分残ってますが」

「どうせまた飲みたくなるから、冷蔵庫に詰めといてくれ」

「…そうですか」


言いながら、カイトの片腕を肩に回して、よいしょ、と立ち上げる。


「悪いな、片付け任せっきりで」

「大丈夫ですよ。マスター、お休みなさい」

「ん、お休み~」


重そうにしながらも、マスターが廊下の奥に消える。
残された私は、テーブルの上に散らばった空き缶を回収しにかかる。
一応、水洗いしとかないと、資源ゴミの回収日まで、台所から微妙にアルコールの香りが漂ってくる、なんて事になりかねない。


「あ」


チューハイの缶を持ってみて、重量に思わず声が出た。
思ったより飲み残してる。あと半分くらいだろうか。もったいない。
そう思って、迷わず一口飲んだところで、我に返った。


「…やば」


昔から、晩酌した時にマスターが飲み残したお酒は、もったいないからって、いつも私が飲んでた。
今更、間接キス程度で動じはしないと思ってた。
なのに…相手が違うだけで、今、私、真っ赤になってしまっている。


「マスター…狙ってたわけじゃないですよね、まさか」


もし、私なら飲むと予測して片付けを任せたのなら、何らかの制裁を加えさせていただこうか。
ロボット3原則さえなければ、殴るんだが。もちろん、素面の時に。
そんな事を考えるのは、いわゆる照れ隠しというやつ、かもしれない。
ヤケになって、残りを一気に飲み干した。
やたら甘ったるい味で、アルコールのせいか、少しだけ頭がクラクラした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【カイメイ】 Error 6

六話目です。

お酒の強さは、
MEIKO>マスター>>>>>|越えられない壁|>>>>>KAITO
のつもりです。

・・・まあ、私がお酒を飲んだことがないので、よくわかりませんが・・・。
チューハイがほとんどジュースみたいなもんだとは聞きましたけど。

閲覧数:896

投稿日:2008/12/10 17:00:27

文字数:2,334文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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