カーテンの白さを改めて認識した朝だった。窓際に立つ彼女は朝が良く似合う子だった。彼女の華奢な指先がカーテンを掴む。小気味良い音と共に、差し込む陽光。それがあまりに暖かくて堪え切れず、日ごろ抱えていた想いがふと、口をついて出た。
「ミク、好きだよ」
声に出してみれば、ずいぶんと単純な言葉だった。今まで何十回も何百回も歌わされてきた言葉だった。それでも、響いた機械音が自分の物だと気づくのに少々時間がかかった。それほどまでに自然とあふれ出た言葉は、間違いなく本心だった。
「どうしたの?急に。」
彼女は柔らかく笑んでこちらに振り向く。この告白が親愛に塗れたものだと思い込んで。
彼女にとって自分は“兄”の立場で、血が通っていなくともその肩書は面倒な足かせとなっていた。家族に認定された時点で、“恋人”という甘い関係との境界線が引かれている。何より悔しいことに、自分は“恋人”よりも身近で暖かい“兄”を手放せなかった。
けれど、今日でそれももう終わりだ。
「俺はミクのことが好き。兄妹だからとかじゃなくて、一人の女の子として愛してる。」
本当に、突然な話だ。自分のどこにこんな勇気があるのか疑問に思ったが、気づけば口にしていたのだから仕方ない。告白というのはそんなに劇的な物ではないようだ。少なくとも自分にとっては。つっかえることもなく言葉にできたのは、心の中で何度も練習していたからかもしれない。
目を丸くしていた彼女は、半信半疑といった調子で尋ねてきた。
「本当?それって、私と抱き合ったりキスしたりしたいってこと?」
具体的な例を出されると気恥ずかしいものがあったが、結局は頷いた。すると、途端に彼女は満開の笑みを浮かべた。
「じゃあね、私がパーツ交換でボロボロの身体になっちゃったとして、それでも愛してくれる?」
「もちろん。どんな身体でもミクはミクだよ。」
「そっかあ。なら、私のプログラムが弄られて性格がちょっと過激になっちゃったとして、それでも愛してくれる?」
「だって、それでもミクはミクで、」
「じゃあじゃあ、私の声が破損しちゃって聴けないくらいの雑音になっちゃったとして、それでも愛してくれる?」
「それは、……?」
テンポよく続いていた問いかけはそこで途切れた。
身体も、人格も、声も、全てはマスター次第。それでこそのボーカロイドであって、これはとても自然なこと。けれど。
彼女はひどく愉しそうに言った。
「それはもう、ミクじゃないよね?」
答えられなかった。
「消えちゃうの。どんなに愛してくれたって、すぐ変わっちゃうの。」
そしてそれは、どのボーカロイドにも当てはまることだった。自分達はかりそめの世界で生きている。
「だから、私達が『愛してる』なんて言っちゃダメなんだよ。」
何十回、何百回、何千回。こんなにも愛を歌っているのに、言葉にしてはいけない、なんて。酷く悲しい話だと、感じるこれもプログラムされたもの。矛盾だらけの感情論。
暖かいはずの日の光も、大好きなはずの彼女の笑顔も、全てが遠く離れて見える。不安定な人間のおもちゃ、それが自分達に与えられた存在だ。
「じゃ、朝ごはんにしよっか。」
ミクはいつも通りの笑みで言った。
それに笑みで返そうとしたはずが、歪んだ笑みしか作れなかった。
でもきっと、こういう想いだって今さらの話だった。
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