僕の大好きだった
山本先生
三年間担任を務めてくれた
高校の講師とおんなじ名字
年齢は知らないが60か70くらい
オールバックの白髪頭と嬉しそうな笑顔
カーキ色のスラックスとグレーのカーデガン
しわくちゃのジャケット
安物のサンダル
その部屋にはみんな僕より年下の
子供たち
様々な話でひそひそ盛り上がってる
その塾では宿題を手伝ってくれるの
基本的には自習で
わからない事を聞けば教えてくれる
僕はめんどくさい数学のノートを広げて
黒板の文字を写してた
今では使わない微分積分も
ベクトルや数列だって
分んないところだけ
開けておくと
なんだって一緒に考えてくれて
わかった時はとても嬉しそうに
感嘆の声をあげたり
渋い声ではあーと頷いては
僕に一から教えてくれるんだぜ
違う導き方とか発想もあって
とってもスッキリしているのさ
生徒たちは調子に乗って
おむつ履いてそうだとか
入れ歯がどうだとか
後ろでくすくす笑っていたけど
ぐずっている小学生には
ちゃんと勉強しなさいって叱ってた
かっこいい老人の先生
ある日の事
夏休みの間
3時間ぶっ通しで
先生の頭は確かに冴えてた
どんな探偵でもきっと敵わないさ
浅井君疲れただろうって
コーヒーや紅茶にお菓子を添えて
たまに奥さんの手作りのサンドウィッチも持ってきてくれるから
迎えに来るお母さんにその事を話すと
あんた本当にいろんな人に恵まれてるねって
やっぱりか
俺もそう思うわ
うれしさが顔に出ちゃう程
切実に
この日はコンビニで
何か買って来てくれると言うんだ
だけどもうそろそろマミーが迎えにきてくれるはず
あまりに嬉しそうだったから断れなかったよ
でも約束の時間から1時間くらい経つのに迎えが来ない
かなりいいペースだから
あの莫大な量の宿題も
みんな解説ノートを
写しあってこそこそやったふりしてるかもしれないし
ちゃっかり真面目に勉強してるかもしれないけど
僕はちゃんと理解して楽な気持ちなんだ
こんなに勉強が楽しく思えるのって
きっとみんなのおかげだろう
かなりいいペースだから
さくさく出来ちゃったから
今日は少し友達と遊びたい

お母さんのところに電話したら
電話が来ないから順調なのかと思って電話しなかったみたい
いつもあいまいな返事しかしないけど
いつも僕たちの為を思ってる
でも一体なん時間ぼくを閉じ込めとくつもりだったのなんて言うと人聞き悪いが
先生ずっと心配してたよ
浅井君の車きょうは遅いなあって
あんたを責めるつもりもないけど
大丈夫かなって笑ってたぜ

教室の外で電話を終えると
奥さんが心配して話しかけて来た
お弁当かってきてくれると言われたのですけど
迎えの車がもうすぐ来るんです
全然いいですよと奥さんは言うけど
けっきょく僕はただ帰りたかっただけだ
先生が買ってくれた弁当を食べて
少ししたとき車が着いたらいいなあ
車から降りたお母さんはぺこぺこと
奥さんに頭を下げてうちの息子がすみませんと笑った
奥さんも自分の亭主の事をなんとか言って
僕はあっけにとられたまま車に乗せられた
妹のバレエに遅れるからって
俺をずっと迎えに来ないつもりだったのかい
先生と二人きりでずっと電話できなかったのに

なんともこの日は後味が悪くて
ずっと先生の事ばかり考えた
浅井君こんなの買ってったらきっと喜ぶぜとか
今の子は味が濃くて辛いものが好きなんだとか
エナジードリンクとか買ってきてくれたかもって
ママに言ってもうーんと上の空で笑ってる
コンビニ弁当が食べたかったんでしょって
なんでもお見通しみたいな顔でコンビニにおろされて
僕も力が抜けて笑った

事件が起きたのは
その数日後の事
次に予定を入れてた日を意識してた時
早く謝りたくて先生の笑顔を見たくて
わくわくしてたのにもう行けないんだってね
ct検査の結果せんせいは認知症とか痴呆症だとか言われちゃったらしいのさ
山本塾は閉鎖になっちゃって
さよならも感謝の言葉も言えずにさよならだよ
どうして病院なんかに行ってしまったのだろう
きっと僕のせいだとか思ってしまったよ
山本先生は僕が居ないのに驚いて
奥さんが妙に落ち着いた声で僕が帰った事を話して
こんなに大量の食糧かって来てどうするのとか言われて
あなたが勝手に意気込んで生徒の意見も聞かずになんたらとか
立て続けに言われたりとかして自信をなくしちゃって
僕は何も告げずに帰っちゃうから
悲しくてちょっと落ちてるときに診断されただけじゃねえの
そんな事を真剣に訴えたけど
感情が空回りする
親父だって
笑ってたけど
お母さんだって
いつも優しいけど
先生の事をよく知ってるのは僕

山本塾で知り合った
前の年の2月にはチョコレートを渡してくれた2つ下の女に
長ったらしい懺悔じみたメールを送った
どれだけ後悔したら人は先に進めるんだろう
悲しみを乗り越えた先に
またみんなの笑顔を見れるかな
大丈夫だよ
この間先生見たけど
先生にこにこしながら自転車こいでたよ

視聴率狙いのボケ防止の番組とか
脳を科学するとかいう生命への冒涜が
気休めを妨げて人を苛立たせて
素敵な思い出も記憶とか言い替えて
無機質な時代をつくるって
幼心に僕は考えていたんだ

波乱万丈な青春の中で
メールを見て嬉し涙ながした
暖かい17歳の夜
風を肌で感じながら

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

僕の好きな先生

閲覧数:37

投稿日:2010/09/05 23:48:13

文字数:2,215文字

カテゴリ:歌詞

オススメ作品

クリップボードにコピーしました