「じゃあ…ぼくも、母さんに約束するよ。母さんが旅から帰ってくる日までにさ、庭中たくさん青いバラを咲かせておくよ」

 そうバーバレラへと話したフーガの表情は、晴れ晴れしく希望に満ちていた。その希望は、ただ純粋に旅から帰ってくる母を、好きな花とともに出迎えるという健気な子ども心なのだ。

「フーガ君、君は優しい子だね。僕の娘も、君みたいに優しい子になってもらいたいよ」

 翡翠の髪色をした男性は、フーガのことを褒めていた。故郷に残す、まだ幼い我が子も彼と同じように他人を思いやるヒトに育って欲しいと願うからだ。

 これから仲間と旅立つバーバレラは、最後の別れにこう言った。

「フーガ…母ちゃんは、お前を愛してるからな……」

「うん…ぼくも母さんが、大好きだよ……」

 別れを済ましたあと、彼は母親を屋敷の外まで見送りにいき、その後ろ姿を見つめていた。彼にとって母の存在は、一番の理解者であり頼れる存在だった。
 この日から旅立つ母と交わした約束、それを遂げるためフーガは屋敷の庭中に青薔薇を咲かせてゆくのだ。

 花壇から雑草を取り除き、土を耕して花の種を植えていく。土に埋まる種は、水を与えると小さな芽を伸ばし…それはやがて木のように力強く成長する。

 フーガは薔薇を栽培する過程を見ていて、自分も初めはこの小さな植物と同じように小さいと感じていた。そして…今は小さくとも、いずれは可憐に花を咲かせ母を喜ばせることが可能だと実感する。
 青薔薇の成長は少年に生きることの大切さを教えていた。不可能と云う言葉から、夢かなうと言う言葉の通り、自分も生きていると…いつかは受け入れてくれる友だちができると思わせてくれた。



それから半年後…………


 屋敷から母が旅立って、いくらか月日が過ぎた。フーガは約束通り、青薔薇をたくさん咲かせることができていた。庭中に広がる瑞々しい薫りが、その証拠である。

 フーガは今日も、花壇に咲く花から手入れしようとした時の事だった。

「フーガ・バーンシュタイン君は居るか?」

 とつぜん屋敷の外から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。声は男性のモノであり、力強く勇ましい印象をフーガに与えていた。

「はい…ぼくがそうですが……」

 フーガが庭から屋敷の門へ顔を出すと、そこには一人の男性が立っていた。
 名を呼んだ男性の出で立ちは背丈が高く、肉体が筋骨隆々で、その背中に男性の身長ぐらいある大きな剣を背負っている。顔付きも声色に負けず劣らず、厳つさを少年に与えていた。

「突然、押し入ってすまない。きみがフーガ君か?」

「そうですが…ぼくになにか……用がありますか……?」

 フーガは、背へ大剣を背負う男性の姿に少しだけ恐怖心を抱いてしまう。厳つい見た目が完全にマモノ狩りをするヒトだと思ったからだ。

「我が名は、ロア・エリュティア・ハイゴーと言う名の者だ。君のお母さんから、預かりモノがある。受け取ってくれ」

「………?」

 フーガは自らの名をロア・エリュティア・ハイゴーと名乗るヒトから道具を手渡された。

 それは、母がお守りとして首に掛けていたモノであった。

「こっ…これは…………」

「お母さんに…これを君に繋いで欲しいと頼まれたんだ……。では、失礼する……」

 背中に大きな剣を背負った男性は、フーガに用事を済ませると声を震わせながら屋敷を去っていくのだ。筋骨隆々で勇ましい姿であるが、振り向かず前を歩くその姿は悲しみに満ちているのがわかった。

「母さん……。ぼく…母さんがいないと……ほんとうに…ひとりぼっちだよ…………」

 青薔薇の薫りが漂うなか、一人佇む少年の頬から小さな雫が静かに伝い…手で握る青きジークレフへと滴り落ちていく……。

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投稿日:2020/01/24 01:10:51

文字数:1,566文字

カテゴリ:小説

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