「――雨?」
 放課後、帰り道。
 降水確率40%という微妙な天気予報は、どうやら当たりだったらしい。
 ポツポツと、コンクリートの地面に黒いシミが増えていく。

「――テト」

 名前を呼ばれてはっと視線を上げれば、そこには――当然みたいに傘を開き、
 それをわたしに傾けているテッドの姿があった。
「…何」
「傘は?」
「持ってない」
 降水確率60%を上回らなければ傘など持たないわたしに対して、
 こいつは10%でも確率が零でなければ、傘を手に登校してくる――そんな奴なのだ。
「そ。じゃ、行こうぜ」
 そして、さも当然のようにわたしと肩を並べたまま歩き出そうとする。

 これって。
 俗に言う――相合傘じゃないか。

 確かにわたし達は“恋人同士”だ。
 でも、その関係が成立した――テッドがわたしに告白してきた――のは、
 つい2週間前の事じゃないか。
 それなのに、こんな、絶頂期のバカップルみたいな事。

「……かっ」
「ん?」
「勘違い、しないで。今日は、たまたま傘を持ってなかっただけ、なんだから」
「――わかってるよ」

 仏頂面でそう言ったわたしに、テッドはムカつく程の穏やかな笑顔で頷いた。


     ◇


 いつもだったらここでお別れの筈の、分かれ道。
 当然みたいに車道側を歩いて、当然みたいに傘をわたしの方へ傾けているテッドは、
 当然みたいに、広い並木道の方――わたしの家へと続く道の方へ、足を進めた。
「ちょっとっ」
「ん」
「こっち、逆方向でしょ、君んちと」
「いや、別にこっちからでも帰れるし」
「…遠回り、じゃないの」
「だってお前、傘持ってないだろ」

 ああもう。

「それに――俺、もう少しお前と居たいし」

 なんだってこいつは――当然みたいに、笑ってそんな事が言えるの。

 その台詞の恥ずかしさに思わず俯いたわたしに――す、と、掌が差し出される。
 視線だけを上げれば、ばっちりと目が合った。その笑顔、ムカつく。

「…何」
「手」
「……だから、何」
「繋ごう、折角だし」

 ――はぁ?
 なんなのこいつ、脳味噌砂糖菓子で出来てんじゃないの?男の癖に!

 でも。
 恋人と手を繋いで、だなんて。
 憧れてなかったと言えば――嘘に、なる。

「――しょうがないなっ」

 視線を思い切り横に逸らして、差し出された掌にそっと自分の掌を添える。
 思ったよりも大きなそれにどきりとした、なんて、悟られないようにわたしは言う。

「…気が向いただけ、だから」
「わかってる」
「だから、調子に乗らないで」
「お前が乗せてくれないから、大丈夫」

 皮肉っぽい台詞とは裏腹に、テッドは心底嬉しそうな笑みを浮かべていて。
 その顔が直視できなくて、わたしは自分の靴を見つめて歩く。


 甘ったるい、ベタベタな恋愛は苦手。
 ちょっとそっけないくらいで丁度いい。
 例えばそれは――ビター・チョコレートの甘さのように。

 それがわたしの基本スタンス。
 だけど。
 本当は――ベタ甘だって、嫌いじゃないんだ。


「――テト?」

 はっと気付けば、そこはわたしの家の前。いつの間に。
「…何か、あったのか?そんな深刻そうなカオして」
 心配そうに顔を覗き込んでくるテッドに、無性に腹が立った。

「――キミのせいだ」
「え?」

 キッと顔を上げて、精一杯睨みつける。

「相合傘とか、手を繋ぐとか」

 嫌じゃない。嫌な訳じゃないんだ。でも。

「そういうの――もっと、段階があるでしょ」

 もっとゆっくり進んでくれなきゃ。

「そうじゃないと、わたし、追いつかないんだよ」


 あれ。
 何泣きそうになってるんだ、わたし。


「…テト、俺」
「そんなこともわからないなんてっ」

 半ば叫ぶように、わたしはわたしの決め台詞を、

「キミは実に――」

 続けようと、して。


 その先を紡ごうとした唇を、唇で塞がれた。


「――ッ!?な、っ」
「…俺は、ちゃんとステップ踏んだつもりだったんだけど」

 並んで歩いて。
 同じ傘に入って。
 手を繋いで。
 唇を重ねて。

 たった一日の中で、律義にちゃんと段階を辿って。

「……それにしたって急過ぎるんだよ、キミは」
「これくらい大目に見ろ」

 じゃ、また明日――と。
 何事も無かったかのように手を振ったテッドのその背中に、バーカ、と力無く呟く。

 そして、溜め息をつけば、思い出したように頬がかあぁ…と熱を持った。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

ビター・チョコレート(自給自足カップル)

雨傘Pの「ビター・チョコレート」(http://www.nicovideo.jp/watch/nm6611217)に萌えてやってしまった。
曲だけで物語が完成されているので蛇足かな、とは思ったのですが…
最後の「キミは実に(ry」で浮かんだ妄想を形にしたかったので、つい。

テトさんがツンデレならテッドさんは素直クールでいいんでないの!
なんて思って書いてみましたが、これのどこがクールなんだ自分。
…きっと授業中は眼鏡かけてクールぶってると思うんだ、ただ文中にその描写が入れられなかったんだ。
あとテトさんの鞄の中には恋愛小説が入ってた、とか、結局入れられませんでしたが…まあいいか。←


余談ですが、年内に書き終わりたかったカイメイがこれのせいで終わりませんでした(笑)

閲覧数:490

投稿日:2010/01/03 16:05:40

文字数:1,878文字

カテゴリ:小説

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  • ayuu

    ayuu

    ご意見・ご感想

    初めましてー^^ayuuと申します♪
    拝読しました。

    テッドさんのキャラに惚れました!ツンデレのテトさんにも…!
    きゅんきゅん2828しながら拝読してましたw←
    すごく描写とかが美しくて、尊敬します。私にはこんな素敵な文章書けません…!
    ブクマいただきましたっ><

    2010/03/20 18:32:58

    • 錫果

      錫果

      >ayuuさん
       は、初めましてっ…!
       こんな、作者の記憶の中でも既に埋もれていた(←)作品を読んで下さって有難うございます!
       …どうやって見つけて頂いたのか凄く気になります(笑)

       テトさんのツンデレは雨傘Pの原曲に乗っからせて頂いた形ですが(乗っかれているかどうかは定かではありませんが…)
       まさか捏造すぎるテッドさんにも惚れて頂けるとは…!
       それに“描写が美しい”だなんて……え、これのどこにそんな綺麗な褒め言葉を頂ける要素が!?と嬉しすぎて挙動不審しております(笑)

       コメント、それにブックマークも有難うございました!

      2010/03/21 13:46:49

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