[chapter:8エピローグ]
[[rb:入沢 > いりさわ]] 健が突然飛び出して、車に轢かれそうな僕を助けたのは、五月下旬のことだった。奴ら、とうとう僕まで狙い出したらしい。
「助かったよ、ありがとう」
「猫が…」
「え?」
「お前んとこの猫がうるせぇから相手してやってたら、たまたまお前がいただけだ。運が良かったな」
「運だけは良くてね、昔から。だからこうして、やっていけてる」
「俺にも分けてほしいもんだ」
「所で、事務所をクビになったんだって?」
「クビじゃねえ、辞めたんだ。まァ最後は喧嘩別れみたいになったが」
「そりゃまた、どうして?」
 彼は問いには答えずに、煙草に火をつけて吸い始め、咳払いをする。
「煙草は体に悪いよ。電子タバコにしたらどうだい」
「そんなパチモン、使えるかよ。旅に出ようと思ってさ。自分探しみたいなやつよ」
「その年で」
「正確にゃ、”限界探し”だな。色々やってみて、無理なら、相応の配慮をしてくれる奴を探す」
「なるほど、平和な社会というジグソーのピースになる覚悟が出来たんだね。」
僕の発言に入沢が鼻で笑うと、足元のクロすけが尻尾を振りだした。退屈しているのだろうか。入沢も退屈してきたようだ。膝を叩いてから、言った。
「じゃ、行くわ。香織と、あとエックスレコーズの連中によろしくな」
「入沢君。所属事務所はスターライト・エンタープライズという道もあるのだから、考えておいてね」
「こんな弱小事務所、こっちから願い下げだぜ」
「知ってるよ、君の性格は業界から嫌われてるって」
「救いの神にでもなったつもりか? チビの癖に」
「チビじゃないよ。それに、チビにチビって言ったらいけないよ」
「へいへい、分かったよ、カミサマに説教してもらえるなんて、俺も随分運がいいぜ」
――電子タバコは悪くないらしいよ。
 僕が云うと片手を振って、彼は旅立った。この後、結局彼はスターライト・エンタープライズに所属すること、小湊芽久美は僕らの仕事を手伝い、演出家として名を馳せることになること、そして京野は僕の代わりにスターライト・エンタープライズの社長に就任し、僕は本格的に執筆業に専念することなどは、この頃の僕らはまだ、知る由もなかった。
 まあ、僕らの旅の顛末は、また別の機会に譲るとして、ひとまずこの短い季節をめぐる物語の幕を下ろそう。
 大丈夫、僕らならきっと、どんな困難にも立ち向かって行けるさ。

<fin>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

四月の僕らは嘘が吐けない

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投稿日:2021/04/16 18:40:06

文字数:1,023文字

カテゴリ:小説

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