不思議な噂を、耳にした。

 「“悪魔”の……劇場? 」
 「そうよ」
 「怪談何か?」
 「さぁね」

 その噂を僕に持ってきたのは、華やかな美人。鮮烈な印象を与える顔見知り。学生の頃、同じ劇団に居たんだ。役者は向かないと歌を選んだ僕と、どちらも獲得した彼女。こうして昔のように友人として接して貰えるのは嬉しいが、正直引け目も感じてしまう。

 「って、こんなところで話してていいの? それこそ噂になると思うよ」
 「あら? 今の貴方にそれが出来るの? 」
 「……間違いなく最終的に落とし穴が待ってるバラエティだと思われるね」

 そうやって茶化すから、そんなことになってるんじゃないのと呆れた視線と言葉を送られた。返す言葉がない。

 「もう! カイト!! あんただったら馬鹿にしないで聞いてくれると思ったのに」
 「大丈夫、俺が馬鹿にしたのは俺のことだよ」
 「どんなフォローよ。そんな明るく自虐ネタ言われてもねぇ……私は笑えないけど世間では受けてるらしいわね」
 「才能……かな? 」
 「悲しい自慢しないの、馬鹿。あんたそっちに転向したいわけじゃないんでしょ? 幾ら食って行くためとはいえ」

 そう、“食っていけない”。それが噂の大元のキーワード。なんだか他人事に思えなくて悲しくなる。やはりこの話聞かないでここを去るのはダメだろうか? 駄目だろうな。呼ばれたこの店、凄く値段が高そうだ。俺が払っておくよとか言って去れそうにない。

 「この街にね、その昔……何百年前かしら? 二百か三百そのくらい? オンボロの小汚い劇場があったのよ。もちろん今は影も形もないわ、当然地図にも」
 「それが、時々現れるって話は俺も聞いたことがあるよ」

 両親を亡くし人が去った劇場で。餓死寸前の劇場の子供達が、悪魔と取引をしたのだそうだ。彼らは命を救われた対価として、街から切り離されたその劇場で、悪魔を楽しませるだけの劇を続ける役目を与えられた。しかし時折、その劇場に迷い込む人間がいる。噂はそれを見て、帰って来た者達によるものだ。

 「街でビラを配ってるって話もあるよね」
 「ええ。ふふふ……」
 「何をそんなに笑って……あ!! 」

 彼女の手には、一枚の紙切れ。“悪魔の劇場”と書かれた劇団の、公演パンフレット。

 「私、貰っちゃったの! 目当ての子には会えなかったけど」
 「メイコ……会えたのだとしても、パンフレット貰った全員がそこに行けるわけじゃないんだろ? 第一……」
 「勿論これが本物だって保証はない。誰かのお遊びとか悪ふざけって話も大いに有り得る。それは私もわかっているわ」
 「それは危険だ。止めた方が良い。君には仕事もあるし、待ってるファンも大勢いる。君に何かあったら……」

 それを見た人は幸せになれるとか、幸運が舞い込むとかそいうことがあるなら、僕だって探してみたいとは思うけど。この噂はその逆だ。

 「百年前だろ? 二人の女の子が行方不明になったのは」
 「ええ。その子達が悪魔の劇場で今も歌ってる、しかも年々上手くなってるとかいないとか」

 止めても無駄とはこのことか。彼女の目はギラギラと情熱に燃えている。こう言う時の彼女は手の付けようがない。昔からそうだ。

 「普通の人間の倍生きてるわけでしょ? いや、死んでるのかもしれないけど」
 「つまり君の倍、上手いかもしれない? 」
 「気になるでしょ、あんたも」
 「どうかな」
 「あんたが今も、歌やってる人間の端くれなら……ね」
 「女優なのに、歌が好きなんだ? 」
 「あんたこそ、歌手の癖に何やってんのよ」
 「すいません」
 「私は貴方の歌、嫌いじゃないけどね。仕事紹介する? 」
 「ありがとう、でもいいよ」
 「遠慮じゃ、なさそうね」
 「……何回やっても多分、俺が変わらなきゃ同じ結果になっちゃうと思うから」
 「そう。それじゃ私行くわね!久々に話せて楽しかったわ」

 「あんまり危ないことは……って、もういない」

 しっかり食事の支払いまで済まされている。情けないな……心配さえさせて貰えなかった。居心地の悪い席で、冷えた料理に手を付ける。どうして彼女が居るときに、手を付けなかったのかが悔やまれる。それはきっと、今より美味しいはずだったから。

(“悪魔の劇場”……か)

 大事にしていただろうに、ちょっと抜けている。あれで可愛いところもあるものだ。彼女は机の上にパンフレットを置き忘れていた。今回は『時間泥棒』という話の公演のよう。《それは時間を盗んだ少年と、時計と少女の物語》とは、なかなかシャレにならない。事実、噂通りならタイムトラベルと人さらいやってるような所が言うのだ。

(名声ならあるだろうに、これ以上何が欲しいんだ)

 運も実力もある。それでもそれを捨ててでも、人を越えた歌姫に挑んでみたいとは。全てを得た者の気持ちは解らない。半ば呆れながらも、パンフレットを裏返す。そこに目を通してみると、僕にも気になる一文が現れた。

(“歌って踊れる……役者、歌姫募集中……”? )

 “生まれて埋もれて消えていく。だけど人の心に残る歌を、歌ってみたくありませんか?”
 なんて募集文だ。時給とか福利厚生については「1日3食、おやつ付き。社員に一部屋、家賃無し定年無し」とかふわっとした書き方がされているのに。

 「人の……心に」

 その少女達が、本当に上手いかどうかわからない。でも、“居なくなる”という悲劇。それは人の興味関心に繋がる。
 本来普通に正しく生きて居る者が、語り継がれることはない。幾ら正しかろうと、埋もれてしまえばないも同じ。間違えて悪いことをした人間が、簡単に有名になる。自己顕示欲のために罪を犯すのは間違っているが、何とも皮肉なことだとは思わないか?
 どれ程頑張っても、評価されない人間はいる。世の中に、聞いて貰えない歌がどれだけあるか……僕は知らない。
 “いなくなる”こと。
 それは自分以外誰も傷付けない、有名のなり方ではないだろうか。罪を犯さずに、人の記憶に心に残る唯一の方法かもしれない。

(……行ってみるだけ、なら)

 行けないならそれまで。行けても帰ってくれば良い。噂に近付いた人として、しばらく僕は人々の注目を得られる。向こうで聞いた歌を歌ってみせるとか、そういうやり方で僕の歌を聞いて貰える可能性もある。

 「馬鹿だな、俺も」

 彼女の言ったこと、解る気がする。彼女のような自信は無いけれど、長く生きた人間に自分の歌はどう響くのか確かめたい。確かめて欲しい。そうすることで何かが得られる? 諦められる? 今に区切りを付けられる。
 あるわけがない、あるはずがない。何度も言い聞かせながら、パンフレットの地図を追う。いつもの街、見慣れた風景。それなのに、見慣れぬ影がある。

 「え……? 」

 やけに、静かだ。街の雑踏の音さえ気にならない。振り返れば先程まで居たはずの、人が誰一人として見えない。耳を澄まして辛うじて聞こえる声は……眼前に現れた真新しい劇場の中から。
 恐る恐る扉に手をかける。これを開いたら命を失うかもしれない。そんな恐怖を覚えながら、いっそそうなれたならそれも良いだろう。心を決めて開け放つ!

 「……!? 」
 「うわっ! だ、大丈夫かい? 」

 扉を開けた瞬間に、飛び出してきた誰かとぶつかりその場に転倒。彼女に手を差し出し起き上がらせる。髪には黒いリボン、なかなか裾が際どいアンシンメトリースカートドレス。彼女が噂の歌姫か? それにしては噂よりも幼い……

(いや、違う……)

 この子は金髪だ。金髪は確か、劇場主の子供だった。それじゃあこんな小さな子が、もう何百年も……?
 暫し彼女と見つめ合う。先に我に返った彼女は無言で俺を振り払って距離を置く。外へは出る気はなくなったよう。

 「レンっ! あんたやる気あるの!? 」

 舞台の上から、突然響いたのは少女の甲高い声。今名を呼ばれたのはどうやら僕が助け起こした相手らしい。

 「あるわけねーだろ!! 」

 少女にしては乱暴な言葉遣い。いや、もしかして……

 「時間泥棒の第一幕はそこそこ伸びたけど、劇場は埋まらなかった! まだ足りないのよあんなんじゃ! だから私が男役! そしてあんたが女役!! 」

 それはどういう理屈だろう。だけどなるほど、それじゃあ壇上に居る方の金髪の子が女の子で、こっちが男の子。この二人がこの劇場の主か。今は取り込み中みたいだから面接とかしてくれる空気じゃない。出直そうか。いや、再びここに来られるって保証もないから待ってみよう。

 「だからってなんでこうなるんだ!! 俺は女装なんて絶対嫌だっっ! 」
 「普通じゃ伸びない。変わったことをやってこそ、見て貰えるってもんよ」
 「これで見て貰えなかったら俺が恥かき損で、見られても俺は恥だっ!! やらない方が絶対に良い!! 」
 「私の脚本に、そろそろ時代が追い付いたはず」
 「追い付いて堪るか!! あ……ご、ごめんルカさん。俺そんなつもりで言ったんじゃなくて……」

 舞台の袖から顔を覗かせた、髪の長い少女。彼女はぱっと見クール、しかし微妙に誇らしげに裾から台本をちらつかせていた。そんな相手に、きょうだい同様に怒鳴り返してしまった少年は、慌ててそのフォローに入る。

 「……」
 「本当、すみません! 俺、あなたがいてくれたから、本当にいつも助けられてばかりで……それなのに」
 「大丈夫、怒ってないから」

 泣きそうになる少年に満足したのか、あの女性少し怪しく微笑みながら彼の頭を撫でている。綺麗な人だけど、どうにも得体が知れない。彼はこの数分で既に二人の女性に振り回されている。不運そうなのは頷ける。

 「リンちゃん、その衣装凄く似合ってるよ! 」
 「ありがとう! ミクちゃんもこの間の凄く可愛かった!! 私あれ好き」
 「えへへ、そう……? 」

 噂の歌姫とやらは、彼女だろうか? こちらも髪が長い。リボンでその長い髪を二つに結った可愛らしい少女。舞台ではさぞ娘役が似合うだろう可憐さだが……何故か彼女は今、馬のかぶり物を頭の上に付けていた。少年のように嫌嫌ではなく、それどころか男装娘を肩車までさせていた。
 彼女に会いたがっていたメイコが、ここに居ないことに僕は胸をなで下ろす。探し続けた先でこんな物を目撃したら、彼女は荒れの大荒れだったはず。

 「あ、そうよレン! せっかくミクちゃんが作ってくれた衣装になんか文句あんの!? 」
 「うっ……」
 「可愛く、なかった……? そ、それなら私作り直す! 」
 「い、良いです! これで、これが良いです可愛いですごめんなさい!! 」

 如何に馬の格好をし姉を肩車したままとは言え、可憐なお姉さんに目を潤ませられ詰め寄られるという構図でありながら、少年の顔は赤面所か蒼白だ。作り直させたいわけではないし、そうさせたらもっとすごい物を着る羽目になる。そんな少年の心の声が僕には聞こえるようだった。

 「うちの劇団が男不足なのは否めない。でもあんたにやれる役には限りがあるわ! 今回私だから次回は……私達より背が高いルカさんかミクちゃんを男装させる方向で」
 「ミクさんにそんなことさせられるか! 今回の馬だって怪しいもんだぞ!? この劇場が普通の劇場だったらガチ炎上だ!! 放火されてるに決まってる」
 「馬鹿言わないで! 原作あんた目通したの? この馬いい男じゃない!! 私が王子だったら馬に求婚してるところよ! 」
 「しちまえよちくしょう! 」
 「まぁまぁレン君、そんなに泣かない泣かない。男役はローテーションで……やろ? 昨日もチラシ配ったし、いつか新しい人来てくれるはずだよ! 元気だそう? ね? 」
 「タイムリミットまであと10年あるかないか。外出もままならなくなったらまた、昔に逆戻り! 詰みにならないように今やれるだけのことはやらなきゃいけない。そうでしょ? 」
 「解ったよ……だけど男なんて………男? 」

 少年は僕のことを思い出し、再び彼と目が合った。彼は目を擦りもう一度。此方と人々を交互に見返す。目が合ったクールな女性は冷ややかに。差ほど驚きもせず、僕を指差し頷いた。

 「男」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪魔の小劇場①】『悪魔の劇場』

演劇設定でボカロに歌って貰っているので、シリーズや曲と曲の間をつなぐ話を書いてみたいなと思いこのようなことを始めました。
これさえ劇かもしれませんが、シリーズの繋ぎとして楽しんでいただけたら嬉しいです。

閲覧数:127

投稿日:2016/02/23 06:18:52

文字数:5,079文字

カテゴリ:小説

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