第一章 逃亡 パート19

 「赤騎士団?」
 セリスは途端に表情を引き締めたロックバードの横顔を見上げながら、そう訊ねた。先程の馬蹄音は既に納まっており、緊迫した雰囲気も多少は収まっている。どうやらルータオを襲うつもりは無いらしい、とセリスが考えていると、ロックバードが慎重な口ぶりでこう答えた。
 「黄の国創立以来から続く、黄の国最精鋭の騎士団だ。私も若い頃は赤騎士団の隊長を務めたことがある。」
 「その騎士団が、何故ここに?」
 「分からぬ。黄の国滅亡後はミルドガルド帝国に編入されたとは聞いていたが・・。」
 ロックバードの表情を見上げるセリスに向かってそう答えながら、ロックバードは少し足早に歩き出した。
 「お義父様、どちらに?」
 セリスが再びそう訊ねると、ロックバードはセリスを首だけで振り返り、そしてこう答えた。
 「赤騎士団の隊長とは面識がある。真意を尋ねたい。」
 そうして、ロックバードはセリスを振り返らずに歩き出した。そのロックバードの後ろを、セリスもまた遅れまいと早足で歩き出す。ルータオの住民たちの反応は二つに分かれていた。触らぬ神にたたりなしとばかりに避難する者、野次馬根性で様子を伺いに向かう者。住民たちばかりではない。街の自警団が早速とばかりに装備を整え、十数名が街の境界へと向かって駆け出していた。
 その混乱の中をどうにかして抜けてゆくと、街へと侵入してきた赤騎士団らしき騎士三名の姿がセリスの視界に入り込んできた。堂々とした態度から、どうやら地位の高い人間だろうと推測を立てたセリスではあったが、その先頭を騎乗する人間、まるで燃え盛るような立派な赤髪を持つ凛とした美しい女性が、ロックバードの姿を目撃した瞬間、とっさに顔色を変化させた。そして、すぐに下馬する。
 「ロックバード伯爵・・どうして。」
 下馬した直後、赤髪の女性の第一声はそれであった。その口調にはただならない緊迫した色が見て取れる。それに続いて、背の高い、細身ながら筋肉質である青年が、続いて緑がかった髪を持つ少女がそれぞれ下馬した。
 「やはりメイコであったか。息災であったか?」
 セリスの目から見ても緊張している様子に見える、メイコという名を持つらしい赤髪の女性に向かって、ロックバードは過去を懐かしむようなゆったりとした口調でそう訊ねた。そのロックバードに対してメイコは心から申し訳なさそうに視線を落とすと、こう答えた。
 「はい。伯爵がご存知の通り、今も尚のうのうと過ごしております。」
 「良いことだ。」
 ロックバードはそう告げた。続けて、メイコの背後に控える男性に向かってこう答える。
 「アレクも、元気そうで何よりだ。」
 「・・伯爵こそ、お変わりなく・・。」
 メイコと同様に、心痛を顔面に貼り付けたような表情で、アレクと言う名前らしい青年はそう答えた。その答えに対して、ロックバードは僅かに寂しげに表情を歪めると、こう答えた。
 「儂はもう伯爵ではない。」
 短く、そう答えると、最後に緑かかった髪をもつ少女に向き直った。そして、ロックバードは彼女に向かって深く頭を下げる。どうしてだろう、とセリスが考えていると、ロックバードは落ち着いた口調でこう告げた。
 「旧緑の国の魔術師グミ殿とお見受けする。先だっての戦では貴殿の国に多大な被害を与え、申し訳なかった。」
 その言葉にはセリス以上にグミと呼ばれる少女が驚いたらしい。慌てて両手を振ると、こう答えたのである。
 「もう、済んだことですわ、ロックバード殿。それに、この場所に来るまでに自分の心には決着をつけてきたのですから。」
 「寛容なご対応、感謝申し上げる。」
 ロックバードはそう言いながら頭を上げた。そして、言葉を続ける。
 「先ほど、旧緑の国の親衛隊隊長であったウェッジ殿にもお会いしてきたところだ。」
 「ウェッジ殿は、変わりなく?」
 続けて、グミがそう訊ねた。ロックバードが同意を示すように一つ頷く。そして再びメイコに向き直ると、こう訊ねた。
 「なぜ、この場所に?」
 「リン様の保護のために。」
 メイコは少し声を落として、そう答えた。周りは野次馬や自警団の連中で酷い喧騒になっている。ここでリンの話題を出すことは危険極まりない行為であった。そのまま、メイコは言葉を続ける。
 「とにかく、詳細は修道院で。」
 その言葉に、ロックバードは一つ頷いた。何が起こったのか、全てを知る必要があると考えたのである。そのまま、セリスを含めた五人は奇妙な沈黙を保ったままで修道院へと向けて歩き出した。その間に、アレクが自警団のメンバーと二言三言交わしている。どうやら襲撃の意思はない事が伝わったのか、簡素な武装で身を固めている自警団は安堵したように頷き、民衆たちにそれぞれの仕事に戻るように指示を出し始めた。その一連の行動で漸く平静を取り戻し始めたルータオの街を歩くこと数分、先ほど離れたばかりのルータオ修道院を前にして、セリスはこれから一体何が始まるのだろうか、と考えた。
 
 「全く・・今日は妙に来客が多いわね。」
 再び修道院の食堂に集まった人物を見て、ルカが呆れたようにそう告げたのはそれから十分程度の時間が経過した時であった。
 「グミも・・久しぶりね。」
 グミの魔道はかつてルカ自らが手ほどきしたものであった。黄の国の反乱以来交流が途絶えてはいたが、かつての愛弟子に対する愛情が尽きたわけではないらしい。グミに向かって、彼女にしては珍しく嬉しそうに瞳を細めた姿がリンにとっては妙に新鮮に映ったのである。
それにしても、確かに来客が多い、とリンは考えた。今この場所にいる人物は、先ほど修道院から退出したばかりであるロックバードとセリスの親子に、メイコとアレクにグミ、更には先程から訪れて、ハクと取り留めのない会話をしていたウェッジと、合計人数は9名にも及んでいる。これほど多くの人数に取り囲まれるのは一体いつ以来だろう、とリンは考えた。少なくとも、黄の国の反乱が始まって以降は一度もなかった出来事である。ウェッジは毎日性懲りもなく修道院を訪れていたけれど。
 「とにかく。」
 全員の姿を眺めながら、リンはその場を纏めるようにそう言った。
 「何が起こっているのか、話を聞かせて頂戴。」
 この感覚、久しぶりだとリンは感じた。かつて王宮の一番上で、政治も何も分からなかったあの時代に戻ったかのような感覚。嫌になってもう忘れ去ろうとしていたけれど、やはり私の中には王家の血が確実に流れているらしい、とリンは考えた。そのリンに対して、メイコは重々しい呼吸を一つ付くと、慎重な口調で語りだした。ゴールデンシティでの事件のあらましを。即ち、メイコが帰還後すぐに捕縛されたこと、処刑されかけたこと、アレク率いる赤騎士団に救われてルータオまで落ち延びたこと、そしてゴールデンシティ総督であるシューマッハがルータオ進軍を計画しているらしいこと。
 「ミルドガルド帝国は既にリン様の生存を認識しており増す。そして、近いうちにルータオへと侵攻してくる手はずとなっている模様です。リン様を確実に亡き者にし、かつ豊富な資金を有するルータオを直轄領とするために。」
 メイコがそのように言葉を結び、そして重々しく口を閉じた。暫しの沈黙。ハクの淹れた温かい紅茶から湯気が、場違いな程度にのんびりと立ち上っている。
 「どうするの?」
 十秒程度の沈黙の後に、ルカがリンに向かってそう訊ねた。とにかく、あたしはまだ死ぬ訳には行かない。それがレンとの約束だから。だけど、どうすればいい。リンはそう考えながら、ルカに向かってこう訊ねた。
 「カイト皇帝はどうしてこの時期にルータオ侵攻を計画したのかしら。」
 「実は。」
 慎重な口ぶりで口を開いたのはグミであった。
 「現在のミルドガルド帝国の財務状況は、必ずしも芳しい状況ではありません。」
 その言葉は、少なくともリンにとっては意外という印象を受ける言葉であった。そのグミに向かってどのような意味かを尋ねようとして、リンは一度思いとどまり、代わりにグミに向かってこう告げた。
 「貴女も、あたしを恨んでいるのでしょう?」
 「・・恨みは、忘れたことがありません。」
 小さく、唇をかみ締めながら、グミはそう答えた。
 「なら、どうして?」
 どうしてあたしを助けてくれるの?リンがそう訊ねると、グミは何かを吹っ切れたような表情をすると、こう答えた。
 「リン様がハクとウェッジ殿と、これほどまでに仲睦まじく過ごされている姿を見て、全ての怨念が消えてゆきました。」
 「グミ・・。」
 ハクが感銘した様子でそう呟いた。ウェッジもまた、安堵したような笑顔を見せる。その二人に小さく頷きながら、グミは言葉を続けた。
 「ですから、これからはリン様と共に行動いたします。何なりとご命令ください。」
 「堅苦しいことは必要ないわ。」
 そのグミに対して、リンはそう答えた。
 「あたしはもう王族でもなんでもない。ただの修道女よ。ハクはあたしの部下じゃない。親友だから。」
 続けて、リンはそう述べた。その言葉に、ハクが嬉しそうに瞳を細める。
 「でも、情報をいただけるならこれ以上にありがたいことはないわ。グミ、財務状況が芳しくないとは、一体どういうことなの?」
 更に言葉を重ねたリンに対して、グミは真剣な表情で頷くと、こう答えた。
 「ミルドガルド帝国は創立以来、旧黄の国の復興と旧緑の国の復興に向けて相当の資金を投下して参りました。それだけならばまだ良かったのですが、近年、カイト皇帝の趣向が変化したと言う噂話が流れております。」
 「趣向が?」
 カイト皇帝は質素剛健を型に嵌めたかのような人物であったはず。その男が一体どのような趣向の変化を起こしたと言うのだろうか。そう考えたリンに向かって、グミは僅かに声の高さを落とすと、こう答えた。
 「きらびやかな装飾品や調度品、嗜好品に非常に興味を示されるようになり、相当の散財を行うようになっております。また、それだけでは飽き足らず、国家予算の半分以上をつぎ込んで新宮殿の建設を計画しております。」
 「カイト皇帝が?」
 信じられない、という様子でリンはそう答えた。彼に豪奢な品目は一番似合わないと考えていたのである。まるでかつての自分自身のようではないか、と考えたリンに向かって、グミが更に言葉を続けた。
 「その資金獲得の為に、今カイト皇帝は遥か西方に位置するルーシア王国への遠征を計画しております。その戦費を補填するために、ルータオの直轄領化は避けては通れない道だと判断されたのではないかと。」
 「大分、冷静な判断が出来るようになったわね。」
 グミの言葉が終わってそう告げたのはルカであった。その口調には生徒の成長を喜ぶ教師としての色が見え隠れしている。そのルカに対してグミは恥ずかしそうな、少し気まずそうな表情で視線を落とした。その姿を眺めながら、リンは深く思考するように視線を空に泳がす。どうすればいい、とリンは暫く思考した後に、全員に向かって聞こえるようにこう言った。
 「一度、逃げるわ。」
 「良い判断だわ。」
 即座にそう答えたのはルカであった。そのルカに対して、リンは一つ頷くと、続けてロックバードに向かってこう言った。
 「ロックバード。突然のお願いで申し訳ないけれど、暫く貴方の領地に居候させていただけるかしら。」
 「当然でございます、リン様。」
 「ありがとう。」
 リンはそう答えると、それまで腰かけていた丸椅子から立ち上がり、凛とした口調でこう宣言した。
 「そうと決まればさっさと逃げるわ!皆、付いてきて頂戴ね。」
 その姿はとても修道女には見えず。彼女の本質を示し表すように煌々と輝いていたと、後にハクは考えたという。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハーツストーリー⑳

みのり「第二十弾です!」
満「おいおい、いつまで第一章やってるんだ。」
みのり「長いよね、長すぎだよね。」
満「この投稿ペースでこの長さだと、一体いつ終わるんだか検討も付かないな。」
みのり「まぁ・・良いんじゃないかしら。」
満「この書いてる時間に節電をだな?」
みのり「とりあえず暖房は地震以来一度も使ってないわ。」
満「都内に住んでるものだから、計画停電の地域からも外れて気まずいというのが本音だったりするわけだが。」
みのり「とりあえず、やれることを一生懸命に!ヤシマ作戦継続中☆ってことでいいのかしら?」
満「さぁ?」
みのり「とにかく、一刻も早い復興をお祈りしております。では、次回も宜しく!」

閲覧数:251

投稿日:2011/03/19 23:06:48

文字数:4,868文字

カテゴリ:小説

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