第一章 03
「ここが、楽師さまのお部屋になります」
 王宮の侍女に案内されたその部屋はそこまで広いわけでも調度品が高価なわけでもなかったが、それでも男のこれまでの生活からすれば格段に快適な部屋だった。
 部屋は、王宮全体と同じく石造りだった。壁には人が通れない大きさではあるが、開口が作られている。方角から考えると、朝日が拝めそうだと男は思った。
 床には生地の厚い絨毯が敷いてあり、室内には机と寝台がおいてある。絨毯に座ったままで使える高さの机は、特段の装飾が施されているものではなかったが、作りはしっかりしていた。
 机の脇に置かれた寝台には、仕立てのよさそうな衣類が置かれている。
「この服は?」
「楽師さまのお召物にございます。楽師さまの身分にふさわしい物を、と宰相さまからご指示がありましたので。その……」
 言いにくそうに顔を伏せる侍女に、男は自らの格好をかえりみて納得する。
「……ああ、今の服じゃみっともないからか」
「い、いえ、決してそんなつもりでは……」
 侍女の大仰な態度に、男は少しだけ笑みがこぼれてしまう。
「私にそんな態度をとらなくたっていいんだよ。だいたい、そんなに偉いわけでもないんだ」
 そう言うが、侍女は慌てて首を振る。
「そんな事は――」
「そんな事はあるよ。もともとはこんな――」
 男は、自らの質素な服を見せる。
「――粗末な服しか着られない、歌が得意なだけの貧乏人なんだからね」
「けっ、決してそのようなつもりで言ったのでは……!」
 男は笑う。
「だからいいんだよ、気にしなくて。そんなにかしこまられたら、私も困るからね」
「そう……仰られても……」
 侍女は困ったように顔を伏せる。
「まあ、無理にそうしろと言うつもりもないけど、私にはそんなに気を遣わなくて平気だよ」
 それでも困惑する侍女に、男はこれ以上言い過ぎてしまわないようにした。
「とにかく、案内してくれてありがとう。早速着替えることにするよ」
「はい。何かご用がございましたらお呼びください」
 侍女が部屋を後にしてから、男は着替える。先ほどまで着ていたものと比べると、それは清潔でずいぶん着心地がよかった。
「なれはここにおったか」
 着替えてからまもなく、焔姫がノックもなしに入ってくるなり男にそう言った。
「姫!」
「なんじゃ?」
 驚くが、あまりに平然としている焔姫の態度に、「急に入ってこられると困る」と意見をする気にもならなかった。
「……いえ、驚いてしまっただけでございます。この度は私を宮廷楽師として仕えさせていただく事を――」
「そういう堅苦しいのは嫌いじゃ。別にそのような事を聞きに来たのでは無いからの」
 言われて、先ほど自分が侍女に言った言葉と同じだな、と思う。
「では……何かご用でしょうか?」
 焔姫はニヤリと笑った。
「王宮を案内しようと思っての」
「姫自らそのような事をなされなくても……!」
 慌てる男に、焔姫はたたみかける。
「おや、余の案内は迷惑かえ?」
「そんな、めっそうもない」
「よろしい。ではついてまいれ」
「しかし……」
 さっそく部屋の外へと出ていこうとする焔姫は、振り返ってまだためらいを見せる男をその琥珀の視線で射すくめる。
「承知……いたしました」
「それでよい」
 弦楽器を手にようやくついてくる意志を見せた男に、焔姫は心底面白そうに微笑んでみせた。
「そういえば、なれの名を聞いておらんかったな」
「カイトと、そう申します」
「カイトか。よい名じゃな」
 そう言って微笑む焔姫はとても艶やかで、この世に並ぶ者のないほどに美しいと、そう男に思わせるのに十分だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

焔姫 03 ※2次創作

第三話

地域的な意味で言うと、このカイトは「QAIT」という綴りになるかもしれません。そもそもアルファベット表記にならないような気がしますが。

そしてプロローグで「リュートに似た弦楽器」と書いた後はずっと弦楽器と表記し続けていますが、これも地域的な問題によります。ウード、と書いたところでどんな楽器だかよくわかりませんしね。他にもまだ窓ガラスが存在しない時代(たぶん)とか、絨毯に座す文化(なんとなくのイメージ)とかで、雰囲気が出ればなーと思います。

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投稿日:2015/01/09 22:33:10

文字数:1,518文字

カテゴリ:小説

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