パンを買うお金を無くしてしまった少年は、それでも引き返すことをせずにパン屋の前までやって来ました。
無駄かも知れないと分かっていても、そうするしか無かったのです。
しばらく店の前をうろうろしていると、その様子に気付いた店主が出てきて少年に話しかけます。
「よう坊主、今日は遅かったじゃないか。」
「あ・・・うん・・・こんばんは。」
「どうした、パンを買いに来たんだろう? いつものでいいのか?」
「あ・・・あの・・・それが・・・」
ボソボソとしか話さない少年に苛立ちを覚えた店主は、少し声を荒げて言いました。
「おい、もう少しはっきり喋りな! いつものでいいのか?」
「それが・・・その・・・お金・・・」
「あん? 金がどうしたって?」
「お金・・・無いんだ・・・落としちゃって・・・」
「何ぃ?」
店主は顔に手を当て、空を仰ぐような仕草をしました。
「ああなんてこった、金が無いだと? それじゃパンは売れないじゃないか。」
少年は、勇気を振り絞って店主に頼みました。
「お願いだ、パンを売ってくれよ! お金は明日必ず持って来るからさ!」
しかし店主は、必死に懇願する少年に冷たく言い放ちます。
「駄目だな、うちは味も値段も街一番のお買い得が自慢だが、そのために掛け売りは一切やらないんだ。
さあ帰った帰った。」
「そんな・・・このまま帰ったら俺、親方に殺されちまうよ・・・」
「そりゃあ気の毒だがな、うちもギリギリの商売してんだ、勘弁してくれよ。」
店主は申し訳なさそうに言いましたが、本心でないのは子供でも判ります。
少年は仕方なく、もと来た道を引き返すしかありませんでした。
足取りは重く、ただでさえ長い帰り道が余計に長く感じられます。
狭い路地を抜けて大通りに出た瞬間、冷たい風に煽られて少年は思わず身震いし、
歩きながらふと空を見上げました。
そこには、これまで見たこともないような大きな満月が浮かんでいて、
それを見たとき、今まで親方への言い訳ばかり考えていた彼の脳裏に、
あの少女のことが甦ってきたのでした。
「あの子、大丈夫かな・・・」少年は心の中で呟きます。
いつしか彼は、少女のいる病院の近くまで来ていました。
いくつかの窓からは光が洩れていましたが、南端の病室に相変わらず明かりは無く、
病院全体がひっそりと静まり返っていました。
もしかして、病状が悪くなって別の部屋に移されたのか?
あるいは、もう・・・
気持ちが沈んでいると、悪い考えばかり浮かんでくるものです。
その時でした。
少年は、少女のいた部屋の窓が開いていることに気付きました。
見間違いかと思い目を凝らしてみたけれど、間違いなく窓は開いています。
しかし辺りはもうすっかり暗く、その先に少女の姿は見えません。
少年はもう、いてもたってもいられなくなって、柵を乗り越えて病院の庭を駆け抜け、
窓の下までやって来ました。
靴を脱ぎ、窓枠に手をかけ、両腕に力を込めて身体を持ち上げます。
そこには、ベッドに横たわり静かに寝息をたてている少女の姿がありました。
「よかった・・・まだ生きてたんだ。」
少年はなるべく音をたてないように、そっと窓枠に足をかけ、病室の中へと入りこみました。
しかし次の瞬間、床がギシッと音を立てたのです。
「誰?」
気配に目を覚ました少女は、月明かりを背にして窓際に立つ人影を見ました。
暗くて顔は見えなかったけれど、その背格好から彼女にはすぐに察しがつきました。
「あなた・・・いつも柵の向こうから見ていた子ね?」
「・・・」
黙っている侵入者に、少女は続けて話しかけます。
「私ね、一度でいいからあなたとお話がしてみたかったの。」
「・・・あんた、俺が怖くないのかよ?」
「どうして? あんなに優しそうに笑いかけてくれる人を怖がる理由なんて、私にはないわ。」
「そっか・・・」
少年は少し声のトーンを高めて言いました。
「僕もね、君と話がしたかったんだ。 でも・・・君ともうすぐ会えなくなるような気がして・・・
たまらなくなって、こんなとこまで来てしまった。」
その言葉を聞いて、少女はくすっと笑うと、
「さっきは”俺が怖くないのか”だなんて、強がってたのね、かわいい。」
「かっ・・・からかうなよ!」
「ふふ、ごめんなさい。 でも嬉しいわ。 私、あなたにお別れを言おうと思ってたから・・・」
「え?」
「私ね、心臓が悪いの。 今はお薬が効いてるから、こうしてお話もできるけど、
それもたぶん、もうすぐ効かなくなるわ。 そうしたらもう・・・ 」
「そんな・・・」
少年は言葉を詰まらせました。
そしてしばしの沈黙の後、言いました。
「僕と君の心臓を取り替えることができたら、どんなにいいだろうに。」
少年の突飛な申し出に、少女は苦笑しながら答えます。
「それじゃあなたが死んでしまうじゃない、ダメよ、そんなの。」
少年は、自分なんて死んでも構わないんだ、と言いかけましたが、その言葉を飲み込み、
少し考えてこう言いました。
「それじゃ、せめてあの満月にお祈りしよう。 君の心臓が少しでも長く動き続けるように。」
「ええ、ありがとう。」
2人は窓の外に浮かぶ銀色の月に向かって、しばし祈りを捧げました。
「それじゃ、僕はもう帰るよ。 あまり長く起きていると体に毒だから。」
「さようなら、もしできたら、また来てね。」
「うん・・・」
少年は頷くと。窓から外に飛び出しました。
遠ざかっていく足音を聞きながら、少女は同じ言葉を呟くのでした。
「さようなら・・・。」
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Re:sui
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