9.
 怒られてしまった。
 いや、誰にってそれはもちろん書き手にだ。
 同じ演出を繰り返さないようにと抗議したのだが、そうなってしまった原因はむしろ私の方にこそあったのだと逆に怒られてしまった。
 すなわち「グミの部屋で、るかを尋問するのにそんなに時間がかかるはずではなかったから」ということだ。私がるかの尋問に手間取っていなければ、同じ演出になることもなかったというのだ。むしろ、いっそのこともう少し時間がかかっていればよかったのに、と愚痴を言われてしまった。
 ……そう言われてしまうと、私としても反論のしようがない。
「お嬢様」
 だけど、それをいうのなら長くなった責任は、私よりもグミやるかにこそあるはずだ。確かに私が尺を伸ばしてしまったということは否定しない。否定しないが、それでも、彼女たちは私よりももっと尺を引き延ばしているはずだ。なのに彼女たちにはおとがめなしで、私だけが怒られるというのは、なにか釈然としない。不公平ではないか、と思ってしまう。
「お嬢様……?」
 いや、わかっている。世の中には口を酸っぱくして何回も何回も注意してもわかってくれない人というのは存在する。グミはどちらかというと、注意されてもあえて繰り返すタイプだが、るかや初音さんは完全にわかってくれないタイプだ。つまり、そういう自由気ままな人達を私がうまくコントロールしなければならず「グミやるかや初音さんの暴走をうまくコントロールできるのは、もはやルカしかいないんだ」という意味で、私が怒られたのだ。わかっている。わかってはいるのだが――。
「お嬢様!」
「――っ! グミ、どうしたの?」
「お嬢様、収録はもう始まっております。今後の演技において思いを巡らせるのはたいへん重要なことではございますが、時と場合は選んで頂きませんと――」
「さぁ、真犯人を捕まえにいくわよ!」
 収録とか演技とか言っちゃダメです。
 自分のことを完全に棚に上げて内心で突っこみを入れると、グミの問題発言をスルーして、私は皆に向かってそう叫んだ。若干しらけた雰囲気が漂うものの、知ったことではない。
 私は振り返って、椅子にぐるぐる巻きで床に倒れたままのるかを見た。
「あなた、私たちの側につく気はない?」
 るかは意表を突かれたらしく、目をぱちくりとさせる。
「それは……確かに、拙者をおとりにした依頼人が許せるか許せないか、ということでいえば確かに許せないのでござるが……」
 どうにも決めきれないらしいるかに、私は鋭く一言。
「私なら奴の三倍の報酬を払うわ」
「わかったでござるぅ! ルカ様についていくでござるぅ!」
 全身のバネを使って、椅子に縛られたまま再度起き上がり、がったんがったんとけたたましい音を立てながら私にすり寄ってくる。すり寄ってくるな。
「あんな奴、拙者の敵ではござらん! 早く、早く奴を捕まえにいくでござる!」
 あまりの豹変ぶりに、一瞬、三倍の報酬というのは、実はすさまじい金額になるのではないかと思った。だが、ぶつぶつつぶやくるかの言葉が聞こえてきて、私はるかが心底かわいそうだと思った。
「三倍、三倍……ぐふふふ。奴の報酬の三倍なら……トンコツ醤油ラーメンにニンニク大盛りがつくでござる……ぐふふふ。これで一ヶ月は生活が安泰でござる……」
 もう、いったいどこから突っ込めばいいかわからないくらいにかわいそう過ぎる。そもそもお金じゃないし。しかも彼女の計算はどう考えても三倍になっていない。なにをどう三倍にしたらラーメン一杯分になるというのか。元々の報酬はいったいどれくらいだったのだろう。ついでに言えば、一ヶ月も生活が安泰になる理由などどこにも見当たらない。
「……まあいいわ。グミ、るか。二人とも準備はいいわね?」
「はっ」
「オーケーでござる」
「めっ、巡音先輩! あ、あたしも……」
 立ち上がりかける初音さんを、私は目顔で制する。手を伸ばし、初音さんの頬にそえる。
「そんな格好で出てきても、敵の標的になるだけよ。大丈夫だから、私を信じなさい」
 キャミソールとシャツしか着ていないということを、彼女はもっと意識した方がいい。
「わかりました……」
 頬に感じる私の手のひらの感触にうっとりとしながら、初音さんは即答する。うーん、なんだかこの子もだんだん危なっかしい方向に進んでいっているような気がする。大丈夫かしら。主に私が。
「それじゃあ、いくわよ」
 八話の終わりでドアノブに手をかけていたのだから、すぐに開けて出ていなければおかしいはずだったのだが、諸事情により改めてドアノブに手をかけると、私はようやく廊下に出た。
 廊下の外には、例によって待機していた袴四人衆がいた。彼女たちは廊下の先を見つめていた。悲鳴は、袴四人衆の視線の先――つまり、グミの部屋の扉を背にして右側から聞こえてきていたということだ。
「お嬢様っ」
 私に続いて廊下に出てきたグミが、切迫した口調で私を呼ぶ。わかっている。そうやってのんびり考え事をしている余裕などない。一刻の猶予もないと考えておくべきだ。私たちがるかに気をとられている間、本当の犯人には時間がたっぷりあったのだから、これ以上、敵に時間を与えるわけになどいかない。
「わかっているわ。現場を押さえるのを最優先。全員、私についてきなさいッ!」
『はっ』
「ま、待って……待って欲しい、でござるぅ。拙者、拙者も……」
 椅子に縛られたまま、がったんがったんと音を立てながらるかが部屋から出てくる。器用な馬鹿だ。
 出てきた瞬間に袴四人衆が殺気とともに武器をるかへと向けたので、私は手を振って大丈夫だと彼女たちに伝える。
「待っている余裕はないの。自分でなんとかしなさい」
「ルカ様、あいや、御館様がそうおっしゃるならば、仕方ないでござるな……」
 そう言うと、おもむろになにやら全身に力を込めて「ふんっ」とつぶやく。
 と、るかはごく自然に立ち上がった。
 私たちはありえない光景を目にして息を呑む。
 るかがなにをしたのかはわからない。わからないが、今の一瞬で彼女を拘束していたガムテープが切り刻まれ、オモチャの手錠も破壊されて、るかはあっという間に自由の身となってしまったのだ。ついでに巻かれていた包帯もはらはらと床に落ちる。その包帯、家宝にするんじゃなかったのかしら。
「あなた、どうやって……」
「拙者は忍者でござる。このくらいは朝飯前でござる」
 さも当然だという風にそう言って、懐から……というか私からは死角になるところから、そんなところに隠せるはずのない紫とピンクの例の装束を取り出すと、一瞬で着替えてしまう。着替えるという行為は、今着ている服を脱ぎ、改めて別の服を着るという流れのはずなのだが、なにをどうやったのか、本当に一瞬で着替えが終わっていた。元々着ていた学園の制服がどこにいってしまったのかは謎だ。アニメの変身シーンではないのだから、そういうありえない行為は慎んで欲しい。
「なら……なぜ今まで縛られたままだったのかしら?」
「縛られているのが気持ちよかったからにござる」
 自信満々に言うるかは、とことん、安定して馬鹿だった。
「……まあいいわ。みんな、行くわよ」
 追及するのを……というか突っ込むのを諦めて、私は廊下を走り出す。と、やはり私の一歩後ろが定位置のグミが、私に疑問を投げかけてくる。
「お嬢様、あの者をそんなに簡単に信用してしまってよろしいのですか? 率直に申し上げて、また犯人側に寝返る可能性は大きいものと思われますが……」
「聞こえているでござるぞ。拙者、依頼人からの仕事は、報酬分はきっちり働くでござる」
 私は半眼でるかを見る。真犯人からの依頼を簡単に反故にした者の発言だけに、まったく信用ならない言葉だった。だが、それでも、私はグミに告げる。
「大丈夫よ」
「……なにか、根拠がおありなのですか?」
「もちろんよ。あの子は馬鹿だから、言いくるめて私たちの側につかせることなんていくらでもできるわ」
 私の言葉に、グミの表情に理解の色が浮かぶ。
「なるほど。確かに、それならば大丈夫ですね」
「御館様、聞こえているでござるよ……」
 るかの悲しげな声は無視。
 さっきの悲鳴を聞いてか、部屋にいた寮生は各々が部屋から顔を出していた。それは、私たちにとって好都合だ。
「みんなっ! 悲鳴はどこから?」
 廊下にいる人たち全員に聞こえるように叫ぶ。それだけで、皆はなにかわからなくても、私に従って廊下の先を指さしてくれる。それさえ追いかけていけば、悲鳴のあがった現場にたどり着ける。
 すぐに突き当たりまでやってくると、そこにいた寮生が「ルカ様、上ですっ!」と階段の上を指さす。私は「ありがとう」と叫び返すと、立ち止まらずに階段を駆け上がった。
「へ、へんたいーっ!」
 二階から三階へと上ったところで、再度の悲鳴。近い。すぐそこだ。
 三階は三年生の部屋になっているのだが――初音さんの部屋が三〇九号室なのは、今年の一年生が多くて上級生の空き部屋をあてがわれているからだ。決して名前に部屋番号を当てたためにそうなったわけではない。断じて違う――二年生の私はためらうことなく階段に近いところから順に部屋の扉を開けていく。開けるたび、先輩たちからですら「ルカ様……」と言われるのだが、なにもない部屋であれば、にこやかにほほ笑んでスルーして扉を閉める。先輩への態度としては少々失礼な気もするが、そんなことを気にしていられるほどの余裕はない。
 一つ、二つ、三つ開けたところで、見つけた。
 部屋の大きさはグミの部屋と変わらない。ベッドと勉強机をおいて、小さな絨毯と小物を置いたらいっぱいになってしまう、小さな部屋。窓際に置いてあるベッドの上に、そいつは仁王立ちしていた。さっと視線を逸らし、扉側の絨毯に座り込んでしまっている部屋の住人である先輩を見る。
「あ、ルカ様……」
「先輩。安心して下さい。もう大丈夫ですから」
 私は部屋に入って先輩の肩を抱くと、優しくそう告げる。それにしても、なんでうちの学園は先輩たちまで私を様付けで呼ぶのだろう。これではどっちが先輩なのかまったくわからない。
 それはともかく。
「観念しなさい。あなたはもう逃げられないわ」
 私はそう言って、敵の少し上の方を見つめる。他の皆――グミとるかだ。袴四人衆は狭い部屋に入れずに遠巻きにこっちを見てきているだけだ――も同様に、顔を赤らめながら敵の直視を避ける。
 それも当然だった。
 奴は最悪の格好をしていたのだ。
 るかも相当なものだったが、そいつと比べれば、るかなどたいしたことはなかった。
 いくらなんでも、裸はありえないにもほどがある。しかも男だ。頭のねじが二、三本といわず、全部吹き飛んでいるとしか思えない。ついでに頭も吹き飛んでおいて欲しいくらいだ。午後九時を過ぎた、夜中の女子寮に居ていい格好では断じてない。
 念のため、ピアプロから削除されないように渋々描写するが、裸とはいえ、なにも身につけていないわけではない。一応、隠すべきところはぎりぎり隠されている。
 無論、服として分類されるべきものはなに一つとして身につけていないわけだが、かろうじて衣類には分類できそうなものを身につけていたのだ。なんというか、裸なのにそれだけつけているのはまったく意味がわからないのだが、そいつはなぜか目の覚めるようなウルトラマリンブルーのマフラーを首に巻いていた。その、長く伸びた一端が、なぜか上手いこと局部を隠しているのだ。ちなみに、胸元の方は星型のシールを二枚貼って隠している。ついでに夜会用の仮面みたいなやつで目元も隠している。わざわざそんなことまでして隠しているのだから、るかを軽く越えるその変態は、それがそいつなりのデフォルトの格好なのだろう。頭おかしい。ウルトラマリンブルーなんていう素敵な色の響きが汚れてしまう。
 そいつは格好つけたかったのか、右手で自分の青髪を掻き上げて「フフフ」と笑う。左手には先輩のものなのか、ショーツとブラジャーが数着、しっかりと握られていた。その裸マフラーの超変態の姿は、吐き気がするほど、死ぬほど気持ち悪い。
 今日だけで一体何度思ったことかわからないが、それでも、今までの数十倍近い殺意を覚えた。
「るか」
「は、御館様」
 もはや、多くを告げる必要はなかった。
「殺害しなさい」
「承知ッ!」
 ここまで殺意しか覚えない変態を登場させた書き手が、心底憎いと思った。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Japanese Ninja No.1 第9話 ※2次創作

第9話

ええ、そんなわけでルカ嬢を怒りました(苦笑)。
そして最後にピアプロの皆さんにはおなじみの青いアレが出てきてしまいました。一体どうなることやら。

ともかく、こういった「登場キャラクターが、自分の世界が物語内であることを自覚している言動」を行うことを、古い言い方では「第四の壁を破る」、最近の言い方では「メタ発言」などと言うそうです。
自分はこのJapanese Ninja No.1で初めてやってみたのですが、書いていると悪ノリが加速しすぎて話が進みませんね(笑)。


「AROUND THUNDER」
http://www.justmystage.com/home/shuraibungo/

閲覧数:145

投稿日:2013/01/17 22:06:41

文字数:5,152文字

カテゴリ:小説

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  • 目白皐月

    目白皐月

    ご意見・ご感想

    初めまして、目白皐月といいます。

    とりあえず、最後にでてきた「青い人」に関しては、もう「殺害」の方向でいいような気がしてならないんですが……。個人的には万死に値すると思います。
    でもあんまりえぐい展開だと、ここの規約的にアウトでしょうかねえ……(何を期待している、何を)正直、ピアプロの規約ってわかりにくいと思うんですよね。でも、コミックスコードみたいなものを設定されるのもあれですし。

    それと、読む側としては「ルカさんを怒っても仕方がないのでは……だって、書き手の方がもっと色々やらかしているわけでしょ?」とも、思えてしまいました。

    2011/10/12 00:18:41

    • 周雷文吾

      周雷文吾

      >目白皐月様

       こちらからも初めまして。例の「青い人」の残念な格好について、ここまで無駄に描写したのは、下手をすると自分が一番なんじゃないかと勝手に考えている文吾です。

       まずは「青い人」の最終的な処遇についてですが、正直に言ってまだ決まっていません。とはいえ、どうなるにしても、まともな最後は望めないと思いますのでそこに関しては安心して頂ければと。なんとか削除されない範囲で頑張ろうと思います(笑)。

       ピアプロの規約に関して言えば、自分は現状のアバウトな感じで別にいいんじゃないかと思っております。文章で「あれはダメ」「これはダメ」と明記していてはキリがないですし、そうやって窮屈になってしまうよりは、現状で利用者側がマナーとして気をつけていけばいいのかな、と。賛否あるとは思いますが、タグ等を使えば利用者間で注意しあうこともできますし。
       いやまあ、ピアプロ規約に触れそうな話を書いといて何様だ、と言われたらそれまでなのですが。

      >「ルカさんを怒っても仕方がないのでは……だって、書き手の方がもっと色々やらかしているわけでしょ?」
       なにをおっしゃいますやら! あれは忍者るかやらグミやらが勝手に暴走しているだけであって自分がそうさせているわけでは断じてない……と、いう冗談はともかく。“そんなスタンスで書いている”といった雰囲気の上での表現ですので……苦笑いしてスルーして頂ければ幸いです(おい)。
       とはいえ、そんな風に感じられるのであれば、それは自分の表現不足・力量不足というか、表現としては失敗ですね。今後はもっと上手い文章が書けるように頑張りますので、大目に見てやって下さいませ。

      2011/10/12 21:00:31

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