第二章 ミルドガルド1805 パート3
どうしてそのような寂しげな表情をしたのかが判断できないまま、リーンはルカに促される様にして立ち上がるとリン女王の墓石を神妙な瞳で見つめ直した。そして、歴史書で読み込んだリン女王の最後の姿を描写した文面を思い起こす。当時黄の国で絶大な権力を誇った齢14歳の少女はその晩年に緑の国を滅ぼしてミルドガルド三国時代を実質終了させ、そしてその後青の国との戦争の最中に発生したメイコの反乱によって自らの国家を失い、最後は暴政を怨んだ民衆達の手により断頭台で処刑されている。そのメイコが、反乱の首謀者であるはずのメイコがこの場所にいるのは何故なのだろう、とリーンは考えた。ルカが地面に置いたバスケットからハルジオンの花束と、そしてブリオッシュを取り出してそれを墓石の前に供える。掌を組んで祈りの姿勢を整えたルカと、そして真摯な態度で祈りを捧げるメイコに混じり、リーンもまたリン女王に向けて、形ばかりではあったが祈りを捧げた。やがてその厳粛な儀式が終わると、ルカはそれまで閉じていた瞳をゆったりと開き、そしてメイコに向かってこう言った。
「メイコ、どこか隠れてお話できるような場所はないかしら。」
「汚いところで宜しければ、一箇所。」
ルカに対して、メイコは冷静な声でそう答えた。軍人と言う人種の人間にいままで対面したことはないが、その声色にはリーンであっても背筋を伸ばしたくなるような張りがある。
「なら、そこでいいわ。それから、リーン。」
「はい。」
とにかく、今はルカとメイコの言葉に従うしかないか、とリーンは考えながらそう答えた。何しろこの時代の風物地理の全てに疎い。考えようによっては過去に放り出されて一番に出会った人間がルカとメイコであったことは幸運に属する出来事なのかも知れなかった。
「ひとまず、この布で顔を隠して頂戴。」
ルカはそう言うと、バスケットの底に敷いていたナプキンのような布を取り出して軽くはたいてからリーンに向かってそう言った。その理由が分からず、リーンはナプキンを受け取りながらこう尋ねた。
「どうして?」
「危険だからよ。」
「良く分からないわ。」
拗ねる様にリーンがそう言った時、メイコが補足するようにこう言った。
「リーン嬢、貴女は似すぎているのです。その、リン様に。」
嬢、なんて言われたのは初めての経験だった。その古風な言葉遣いに改めて時代を感じながら、リーンはこう答えた。
「あたしが?」
思わず自分自身を人差し指で指し示したリーンに向かって、ルカがメイコの言葉を続ける。
「まるで瓜二つよ。しかも金髪蒼眼。黄の国が崩壊して四年経過しているけど、余計な混乱を招くことになりかねないわ。」
それほどまでに似ているのだろうか。リン女王の肖像画は殆ど現存しておらず、実際どのような顔をしていたのかを推測することは現代においては相当の困難を有する事態なのである。だが、それよりも金髪蒼眼という言葉にリーンは妙な引っかかりを覚えた。メイがつい先日、といってもこの時間軸から考えれば二百年後のことになる訳だが、「金髪蒼眼は黄の国の王族の特徴だった。」という言葉を思い出したのである。
「だから、顔を隠して頂戴。」
もう一度、先程よりも強い口調でそう要請されれば従わざるを得ない。リーンはそう判断して、適当にナプキンを頭の上から被ることにしたのである。昔見た農婦の肖像画を思い出し、少なくともホットパンツにシャツってスタイルには合わないアクセサリーよね、と考えてしまう。
「では、行きましょう。」
リーンの準備が終わったことを確認したメイコはルカとリーンを促す様にそう言った。そして慣れた歩調で墓地を歩いてゆく。やがて街中に入ったリーンの、僅かに布で隠れた視界に映るものは、今や影も形も残されていないゴールデンシティのかつての姿であった。現在のゴールデンシティの特徴である高層ビル群は勿論見えない。唯一の高層建築は街の中央にある旧黄の国の王宮だけである。現代では観光名所として保存されている黄の国の王宮にはリーンも幼少の頃一度だけ両親に連れられて訪れたことがあるが、あの時は高層ビルに囲まれた貧相な建物にしか見えなかった。だが、周りの建物全てが低く建築されている様子から考えると、大分巨大な建物であったのだと痛感してしまう。その王宮を遠目に眺めながらメイコはどうやら環状になっているらしい通りを少し早いペースで歩いて行く。当たり前と言えばそうだが、この時代には自動車とか鉄道と言った便利な乗り物は存在していないらしい。蒸気機関車が登場するのは後三十年ほど後のことだったかしら、と考えながら歩き続けること三十分余り、リーン達は大通と交差する場所にある広場に到達した。その風景を眺めながら、リーンは思わずどこかで見たことがある、と考える。
「どうしたの、リーン。」
突然歩みをとめたリーンに向かって、ルカがそう訊ねて来た。その声にふいに我に返ったリーンは、ぼんやりとこう答える。
「ん、なんでもない。」
なんだろう、とリーンは考えた。この景色。建物のこの配置。今まで訪れた場所でないことは間違いがないが、それでもどこかの記憶に鮮明に残されている。いや、この場所から見たわけではない。あの時、あたしは。
そこまで思考を巡らせてから、リーンはふいに王宮の尖塔に向かって顔を上げた。途端に記憶が合致する。
「そうよ、あたし、夢の中でこの場所を見た。」
あの時、あたしはリン女王として王宮から城下町の様子を眺めていた。何か嫌なことが合った様な気分に陥った、あの夢の一シーンだと思い起こす。
「夢?」
素っ頓狂な声を上げたリーンに向かって、ルカがそう訊ねた。
「うん。少し前に見た夢で、ここと同じ場所が出て来たわ。」
「そう。」
ルカは短くそう答えると、言葉を続ける。
「とにかく、詳しい話は腰を落ち着けてからにしましょう。公衆の場では話しにくい内容だわ。」
そう言って、ルカはリーンを促す様に歩き出した。少し先の場所で二人を待っていたメイコが、その様子を見て再び歩みだす。最後にもう一度王宮の尖塔を見つめてから、リーンもまた二人の後を追うように軽い小走りの様な足取りで歩きだした。
メイコが案内した場所は、南大通から脇に逸れた箇所にある二階建てのアパートメントであった。かつてメイコが除隊していた時代に自宅として利用していた共同住宅である。その扉だけが妙に真新しいことを確認したルカは、思わず苦笑し、そしてメイコに向かってこう言った。
「直したのね。」
その言葉に、メイコは肩をすくめながらこう答えた。
「ルカ殿の強力な風魔術で粉砕されたものですから。」
「まだこの家の権利を持っていたなんて知らなかったわ。」
「何かと便利ですから。特に密会には。」
そのメイコの言葉に対して、ルカが悪戯っぽい表情でこう答えた。
「逢瀬の間違いではなくて?」
その言葉に、メイコは明らかに顔を赤らめると、視線を床に落としながらこう答えた。
「・・べ、別にそんな関係ではありません。」
誰のことを言っているのだろう、とリーンは考えたが、なんとなく出会ったばかりでそのことを訊ねることには引け目を感じる。あるいはメイがかつて言っていたメイコの夫、アレクの事を言っているのだろうか。どうも、メイコの反応から推測するにまだ恋人という関係であるらしい。だけど、それよりも気になる単語について質問する方が先か、とリーンは考えてルカに向かってこう言った。
「魔術?」
その言葉に、ルカは不思議そうな表情でこう言った。
「そうよ。」
「お伽話だと思っていたわ。」
その言葉に、ルカは少し寂しげな視線を見せると、リーンに向かってこう言った。
「二百年後に、魔術は残っていないのかしら。」
「少なくとも、あたしは見たことがないし、周りの人たちも魔術を見たと言う人を聞いたことがないわ。」
「必要の無い技術は廃れるものね。」
ルカはそう言いながら、メイコに続いて自宅の中に上がり込んだ。その背中を追うように、リーンもまた自宅に失礼する。
「ルカさんは魔術師なの?」
メイコの自宅の扉を閉め、鍵をかけ終えると、リーンはルカに向かってそう言った。
「一応、ミルドガルドじゃ有名人のつもりよ。」
ルカのその言葉を聞きながら、リーンはメイコの自宅と思われる小部屋を見渡した。割合整頓はされているが、どこか雑然としている。建物自体の建築様式が古いせいもあるだろうが、この部屋ならあたし達の部屋の方がましね、と考え、そして再びハクリの事を思い出してリーンは軽く唇を噛みしめた。もう一度ハクリのご飯を食べられる日は来るのだろうか。ハクリの優しい笑顔を見られる日は来るのだろうか。二度とないなんて、嫌だ。絶対に、現代に戻らないといけない。リーンがそう考えた時、メイコがこう言った。
「紅茶で宜しいですか?」
ええ、とルカはメイコに向かってそう言った。しかしその十分後に、ルカはメイコを台所に立たせたことを後悔することになるのである。即ち、かつてアレクを苦笑させ、グミを嘆かせた伝説のメイコの紅茶の準備の為に、メイコは奥の部屋へとその身体を移したのである。
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ソウハ
ご意見・ご感想
こんにちはー。本日二回目です。
更新早いですね。あー楽しみでしょうがないです。
もう一回レイジさんの投稿した小説、読んできます!
更新は自分のペースが大切ですよ。では!
2010/07/25 18:25:55
レイジ
引き続きコメントありがとうございます!!
いや・・仕事との兼ね合いでまともに書ける日が日曜日しか存在しないので結構必死に書いてます☆
二週目とは・・本当にありがとうございます。
自分の作品がこうして気に入って頂けるなんて、本当にうれしいです!
ではでは、続きもお楽しみくださいませ♪
よろしくおねがいします!
2010/07/25 20:28:43