第一章 逃亡 パート1
光に消えていく。
リンは薄れていくレンの姿を最後の一瞬まで視界に残していようと、必死にそのサファイアのような瞳を見開いて淡い光の奥に消えてゆくレンの姿を見つめ続けていた。リーンの姿はもう見えない。きっと自分の生まれ育った時代に戻って行ったのだろう。それなら、あたしは?あたしはどこに戻るのだろうか。レンのいないミルドガルドに戻るというのだろうか。右手には冷たい金属の感触。レンから預かった拳銃の重さだけが今リンが感じている唯一の感覚だった。光に包まれて、周りの景色は何も見えない。レンの姿はもうすっかり見えなくなってしまっている。
強くならなきゃ。
リンは拳銃を握り締めながら、強くそう考えた。自身の心理に吹き荒れる冷たい寂しさを僅かでも慰めるように。
激しい金属音が静寂な森の中にもう一度響き渡った。アクの長剣と、ウェッジの大剣が火花を撒き散らす。アクがもう一度打撃を加えようと、その二メートルはあるだろう長剣をもう一度振り上げた。両手で剣を掴み、ウェッジの大剣ごと破壊するような勢いで振り上げる。そのアクの動作に対して、ウェッジは静かに剣を構え直した。
余裕か。煩わしい。
アクはそう考えながら、常人の目には留まらぬような勢いで剣を振り上げた。その剣はしかし、ウェッジが自身の額の上空、斜めに構えた大剣の前に阻まれる。再び響き渡る金属音にアクは苛立ちを隠せない様子で舌打ちを放った。その時、視界の端にルカの姿が映る。右手を翳して詠唱を続けているのは風系統の魔術か。アクがそう判断した直後にルカが短く魔術を発動させる言霊を放った。
「ウィンド!」
小ぶりのカマイタチがアクめがけて襲ってくる。その魔術をアクは背後に一跳びして避ける。バク転の要領で身体を転回させたアクの身体の直下をルカの魔術が鋭い勢いで通過して行く。
まただ。このパターン。
アクは着地の態勢を取りながら、腹の底で歯軋りをするように唸った。ウェッジを追い詰めたとしても、最後の一撃を放つ前にルカの魔術が襲い掛かってくる。逆にルカに標的を合わせた所でウェッジのしつこい剣戟の相手をしなければならない。そう考えながら着地したアクに迫るものは刃。妙に白く、異様なほど重たいウェッジの刃であった。その刃を長剣の中央で押さえ込みながら、アクはどうするか、と考えた。周囲を探れば、既にジャノメの姿が見えない。メイコに阻まれて逃亡したのだろう、とアクが考えた直後に、新たな光がアクに迫る。その光の先には燃え盛るような赤髪。メイコか、とアクは咄嗟に判断し、ウェッジの大剣に押さえ込まれた長剣を無造作に振り上げた。ウェッジが僅かに距離を取る。その間に迫るメイコの剣を弾きながら、アクは突きの要領でメイコの首筋にその刃を仕向けた。メイコが右に大きくステップを踏みながらその刃を避ける。逃がさない、とアクは考えながらメイコに向かって長剣をまるで竹光のような軽快さで操作した。メイコはしかし、その剣を自身の大剣の柄で抑える。ぎりぎりとした接触音が響く中、アクは三人相手であっても、勝ってみせる、と考えた。
その時、誰もが剣の動きを止めるような事態が発生した。ビレッジの中央に、まるで太陽が生まれたかのような強い光源が突如として現れたのである。
光が薄れていく。
リンは見開いた瞳の中に、数日前に見た景色が広がっていることを否応なく自覚することになった。迷いの森の最深部。ハクの生まれ故郷であるビレッジの二本の大イチョウ。そういえば、この場所は藤田とであった場所にほんの少し似ている。二本の大イチョウに、レンガ造り二層立ての聖堂。藤田はあの場所は聖堂ではなく、大学の本館だと言っていたけれど。でも、今見えるのは藤田の唖然とした表情ではない。見えるのは、安堵したような表情でリンの姿を見つめるハクの姿。そして、事の成り行きを静観しているらしい大婆様の姿。そして、戸惑ったように抜き身の刃を地に向かって垂らしている三人の剣士と、僅かに憔悴したような表情をしたルカの姿。
戻ってきた、とリンは考えながら、その両足をしっかりと地に付けた。大地の感触。久しぶりに感じる、土そのままの感触。服装は藍原から預かった純白のワンピースのまま。だが、自身が今しなければならないことは理解している。
リンはそう考えながら、レンから預かった拳銃を両手で構えて、アクに向けた。そして、静かに告げる。
「アク。あたしはここにいる。」
まだ誰も死んでいない。その事実に安堵しながらそう告げたリンの言葉は、歴代のどの王よりも力強い威厳を持ってビレッジの内部に響き渡った。リンの姿を目撃して、アクの表情が一瞬に変化する。一時的に消えかかっていたアクの体内から放出されるのは強い殺気。その一瞬でアクが飛んだ。リンに迫るアクの形相。悲鳴のような叫びを放ったのはメイコだろうか。ハクはリンとアクの間に飛び出そうとした。アクが迫る。その必殺の刃を翳しながら。
「大丈夫。あたしは、死なない。」
リンが鋭く、ハクに向かってそう言った。その言葉に射すくめられたかのように、ハクの動きが止まる。その直後に、リンは拳銃の引き金を絞った。リンの両手に火薬の爆発力が襲い掛かる。それでもリンは腕をそらさず、アクの表情を視界に納め続けていた。銃音が一つ。直後に、アクがその動きを止め、右腕の上腕を左手で押さえた。その上腕から、血が一筋、流れる。
「それ以上、近寄らないで。」
リンは強い調子でそう告げた。狙い通り。アクを殺すことがあたしの目的じゃない。自身を納得させるようにそう考えながら、リンは言葉を続けた。
「このまま、帝都に戻って頂戴。」
「嫌・・だ。」
痛む右腕を叱咤するようにアクはそう告げると、もう一度剣を構えなおそうとした。背後から迫るメイコの刃を軽いステップで交わしながら、アクもまた言葉を続ける。
「カイトと約束した。リンを殺すと。」
そのアクに対して、リンは哀れむような表情を見せると、こう言った。
「貴女はカイトに忠実すぎるわ。」
「・・カイトの望みは、全て叶える。それが、私の役目。」
「可哀そう。」
リンはアクに同情するようにそう言った。どうしてそんな表情をする。私はカイトの妃。戦しか知らない私がカイトに対して何かを尽くすとしたら、カイトの刃になって敵を打ち破る以外の方法を知らない。それしか私がカイトに対して愛を伝えることが出来ない。アクがそう考えたとき、リンが再び口を開いた。
「貴女はカイトを愛しているのでしょう。なら、カイトは?カイトは貴女を本当に愛しているの?」
アクの動きが止まった。何を言っている。カイトは私を必要としているはずだ。
「愛しているというなら、どうして貴女に危険なことばかりさせるのかしら。」
「・・危険など感じない。私は、強い。」
呻く様に、アクはそう答えた。その言葉に対して、リンがこう答えた。
「人の強さなんて関係ないわ。でも、あたしの愛した男性は、その死を以ってあたしを生かさせてくれた。カイトは貴女が死んだとき、どんな表情をするのかしら?」
「・・知らない。」
駄々っ子のように、アクがそう言った。
「レンはこう言ったわ。『未来のミルドガルドを背負え』と。だから、あたしはその言葉に応えなければならない。あたしを生き延びさせてくれた、それがレンに対するせめてもの感謝になるだろうから。」
リンはそう言いながら、一歩前に踏み出した。手にした拳銃を構えたままで、アクに向かって言葉を続ける。
「四対一よ。貴女に勝ち目はないわ。貴女がここで死んだら、貴女はもうカイトに対して愛を伝えられなくなる。」
もう一歩、踏み込む。
「生き残ること。これ以上の愛情表現は存在しないわ。」
リンがそう告げたとき、アクが力なくその刃を地に付けた。分からない。私が何故戦うのか、分からなくなった。そう考えた瞬間、強い寂しさがアクの心理を襲った。カイトに逢いたい。今までそんなことを考えたことなどなかったのに、今、とにかくカイトに逢いたい。カイトは失望するかも知れない。私がカイトとの約束を守らなかったから。でも、今は戦えない。こんな状態で戦えない。
「帰って。」
リンがもう一度そう告げた。強い言葉だった。負けた、と感じた。人生でおそらく初めて感じる敗北感。私は剣ではなく、リンの言葉に敗れた。アクはそう考えながら唇をかみ締め、そしてこう言った。
「・・勝負は、後日。」
せめて堂々と。刃を鞘に収めながら、アクは最後に抵抗するように無防備に背中をリンに向けた。リンが拳銃を降ろす気配が伝わってくる。戦慣れした女ではない。このタイミングで武器を降ろすのは早すぎる。そう考えたが、最早それ以上会話を行う気分にはとてもならず、アクはただゆったりとした歩調でビレッジから立ち去っていった。
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ご意見・ご感想
零奈@受験生につき更新低下・・・
ご意見・ご感想
きゃあああ!
レイジさん新作ありがとうございます!
伏線が全て回収されるんですんね!
今から楽しみにしてますw
あの歴史学者が誰なのか・・・とりあえず現在のミルドガルドに登場した人物ですか?
そっちも含めてにやにやしながら待ってますw
2011/01/04 09:48:10
レイジ
早速のコメントありがとうございます!
お喜びいただいて感謝感謝♪
そのとおり、伏線回収していきますよ?
楽しみにしていてくださいね!
歴史学者も含めて・・(まだ秘密です♪)
では、次回も宜しくお願いいたします!
2011/01/04 16:13:15
matatab1
ご意見・ご感想
お返しのメッセージありがとうございます。読んでから飛んできました。
以前から出ていた歴史学者はリーンか!? やっぱりガクポ強ッ! とか、ジャノメ逃げるの早いな(笑)と驚きと喜びが。
あの妄想はただ単に私が『戦うお姫様』が割と好きな事と、長年ゲーム(RPG)に触れていく中、「許す許さないは置いておいて、とりあえず主人公(プレイヤー)の手で一発殴らせろ!」と思う事がよくあるからと言う理由だけです。何らかの形で制裁を受けろみたいな。
……まあギャグが見たいと言うのもありますが。もしも~だったらみたいな感じで。
2011/01/03 16:37:17
レイジ
早速のコメントありがとうございます!
色々(歴史学者が誰なのかも含めて)想像しながら読んでみてくださいね♪
ラストシーンも含めて・・。
今までに張った付箋は全部回収していくので☆
とりあえずギャグ担当はウェッジかな・・?
作品を書いていく中でも色々当初の予定からは動いていくはずなので、そのあたりもお楽しみください!
ではでは次回も宜しくお願いします!
2011/01/03 20:41:06