暗い森。

アルの他、三人の兵士が剣を片手に、もう片方に松明を掲げ
その古の巨人を姿を浮かばせていた。

残り三人はアルと供に長槍で巨人の歩みを牽制している。

「リン様、もう二名、奴にやられました!」
アルはリンに現在の状況を伝えた。
巨大な斧の打ち込みを剣で受けて
その衝撃のみで兵士達は弾かれたのだろう。
幸い、死亡者はまだ居ない。

「一個師団でもなければ”サイクロプス”は討てまいて。
ここまで持ったが上等というものだ」

「悔しいですが、我らでは討伐できません」

「いや、お前だからこそこの場をしのいでくれた。
礼を言うぞ。……後は私に任せろ」

リンは全ての兵士を後に引かせた。

サイクロプスと対峙するのはたった一人の魔法使い。
しかも見た目はまだ子供なのだ。
普通に見れば異常な事態である。

サイクロプスは斧を真上に構え
リンの頭上に振りかぶろうとした。

一瞬、サイクロプスは振り下ろそうとした
その斧を止め、リンの姿を睨む。
しかし意を決してその斧をリンの頭上に容赦なく
振り下ろす。

ずん!
地面の土をごっそりと削り斧は重たい音を
暗闇に響かせた。

はじけ飛ぶ土はリンの皮のローブに打ち付けられるも
リンは身じろぎひとつせずサイクロプスを睨む。

「リン様!早く離れて下さい!」
カイトが後ろから叫ぶもののリンその場を離れない。

一方、サイクロプスは威嚇攻撃に何の動揺も見せない
小さな人間の子供に只ならぬ雰囲気を感じ取っていた。

二の手を打つ為、サイクロプスは斧を地面から引き抜こうと
すると急にその手にまるで鉄真の棒で殴られたような
鈍痛が走り斧から手を離した瞬間、火花が飛び散る。
リンの杖を通じ光の線ががバチバチと音立ていた。

そして斧に手をかざし何か呪文を唱え始めると
鉄斧はぼんやりと赤く光り、ぐにゃりと溶け始めた。

何が起きているのか事態が飲み込めないが本能が察知したのか
サイクロプスは素早く後退し腰に革紐で結わえていた
短剣を抜くが手が鈍痛と痺れているような感触が残り
まだ剣を上手く握れずにいた。

「雷の精霊エミッタ、ベイス、コレクタよ
魔導回路を結線せよ我、四肢の刻印に!」

リンは髑髏の杖を地面に刺すと叫んだ。

「全員!下がれ、目をつぶれ!」

その瞬間、地面が沸騰し閃光が走った。

「喰らえ!古の巨人よ!
ライトニングブラスト(電撃爆破)だ!!」

ドン!!
地響きと途方も無い低音が響く。

「……終わったぞ。目を開けてよい」
リンの声で兵士達とカイトはゆっくり目を開いた。

しゅうしゅうと煙が立ち上がり焦げた空気が周りを包み
サイクロプスに続く硬い地面は耕された畑のようにひっくり返り
巨人は目を抑え体を倒し、震えていた。

リンの放ったライトニングブラストは
サイクロプスのすぐ後の大木を真っ二つに裂き
みしみしと音を立てゆっくりと倒れた。

「……先ほど、お前が私にしたように
最初の一撃はワザと当てないでおこう。さて……」

リンは杖を抜き、つかつかと巨人の元に歩み
その切っ先を喉にあてた。

『古の守護者よ、何故、ここにいる?』

リンは古代言語で話しだすとサイクロプスは驚き
断片的にではるが言葉を発した。

『桃色の髪の娘、危険。ワタシの村、焼かれる。家族、人質』

『誰に頼まれた?』

『ヨクわからない。蛇と短剣の紋章。おそろしい魔物……』

『どんな魔物だ?』

『アタマたくさん。ドラゴン、獅子、蛇……』

リンは巨人の首元から杖を下ろした。

「アル、コイツをどこか離れの小屋に縛っとけ。
今夜、私が詳しく尋問する。もうコイツはしばらく満足に
斧を持てないはずだし、目も見えていない」

「わ、わかりました」

もう一度リンは巨人に声をかけた。

『……お前、何故最初の一撃をためらった?』

『ちいさい、子供、私、殺せない……』

リンには大体の察しがついていた。

そもそもサイクロプスは見かけは恐ろしいが
古代神殿の守護の任務以外は、つつましくおとなしい
種族なのだ。しかし時代の流れにより守るべき神殿が
風化すると誰にも知られない深い渓谷で隠れるように
同じ種族達と村を作り農作や狩りをして生計を立てている。

ゆっくりと滅び行くこの種族に、何やら突然の厄介ごとが
起きた事は、容易に想像できた。

『険しい渓谷を一人で乗り越えて、この国まで来た苦労は
同情しよう。だがしかし、我らの敵として立ちはだがった
からにはそれ相応の罪を負ってもらわなければならぬ……』

閃光により目を焼かれた巨人は目を押さえている。

『……お前の処分は私が取り計らう。
そしてお前の村の事も―――、考えてやろう』

『私、村……、家族』

『その目は、目の表面だけ火傷している。
しばらく不自由だろうが
お前の強い生命力で数日後には回復するだろう』

『うがが……』

火傷で白く濁った目から、大きな涙が零れる。

後で見ていたカイトは、不安そうにリンを見ていた。

不安と同時に恐ろしさ。
恐ろしい巨人を真正面から対峙して、身じろぎせず
一撃で屈服させるその力。
常識ではありえない強さである。

古い書籍で戦闘魔法について記されているものに
目を通した事はあるがどれも眉唾物で
大げさに書かれているとばかり思い込んでいた。

【名のある魔法使い1人は100人の兵と同等】

古い書籍にはそんな一文があったのを思い出す。
しかし、実際に攻撃魔法を目の当たりにした
カイトにはそれすら今は疑問だ。

「100人どころじゃない……」

溶けて溶解した斧。
縦に割れている大木。
吹き沸いたようにひっくり返った地面。

王国議会、教会が魔法使い達の力を恐れ、多大な
制約を設けている理由も何となく
理解できるのであった。



「ふぁ~~……!失礼」

あくびが思わず零れてしまいカイトは首を振る。
リンはじろりとカイトを睨んだ。

「淑女を前に、あるまじき無作法だな、騎士殿?」
ちくりと刺すリンの言葉に慌てるカイト。

大きな長テーブルにリンとカイト、レンが座り
少し遅い朝食を取っていた。

銀製の大皿には胡瓜の挟まったサンドイッチと
繊細な唐草の模様をあしらったティーカップに
上等な紅茶の香りを含ませた湯気が、ゆっくりと鼻腔に届く。


全ての事が終わったのは
太陽が真上に昇ってしまった頃だった。

あの巨人を倒した後、リンはアルに指示を出し
速やかに怪我をした兵士二人のもとに行くと
その場で応急処置を施し、カイトを手伝わせて
屋敷に戻り、心配で眠らず待っていたルカに
人目に付かない部屋を用意させ、二人の兵士の
手術を始めた。

「リン様は、医学にも通じてるのですか?」

「魔術師は、あらゆる事に精通しておる」

その処置は素人目でもわかる程にも見事で
その辺の医者も裸足で逃げ出す腕前である。

幸い、二人の怪我は骨折と出血だけで
大事には至らぬと若い兵士の背中をぴしゃりと
景気づけに叩いた。

その後、休む事なく、敷地の奥にある
古びたサイロに向かう。
もちろんカイトも一緒だ。

サイロの中は湿気った空気が立ち込め
その中には、太い鉄の鎖で手足を拘束された
先ほどの巨人が座らされており、アルと兵士達が
囲んでいた。

事情聴取を古代語でリンが行うのだが、一切の記録を
記させない、公言させない事を
その場にいた者たちに彼女は約束させ巨人の
言葉を伝えた。


険しい人も入れない渓谷でひっそりと
暮らす巨人の村に突然、女魔法使いと恐ろしい怪物が現れ
村を焼き払った。巨人達が先祖代々守り続けていた
アミュレット、護身札を奪いに来たのである。
女魔法使いは村人の命を奪わない事を条件に
村で一番強い男を差し出させた。
それがこのサイクロプスであった。
サイクロプスは魔法使いに手配されたトロールと
供に、このループ家を襲撃する手はずだったのだが……。
トロールはリッチの”骸骨の兵士”たちに屍にされて
当のサイクロプスはリンによって倒された。

「そんな事もあろうかと、事前に用心していてね」

リンは明らかにしていないが、それは悪魔である”ミク”を
使った事をカイトは察した。
リンの屋敷で度々カイトをからかっていた悪魔の小娘が
ここ一月ほど姿を見せていない理由がわかる。

幾つかのキーワードが巨人の口から出てきたが
あえてそれをリンは言わなかった。

複数の頭を持つ怪物。
女魔法使い。

リンにとってそれは厄介な心当たりがあるのだ。

しかし、”蛇と短剣の紋章”。
これだけは心当たりが無い。

そしてリンはアルに突拍子も無い事を言い出だす。

「この巨人……、私にくれ」
「はい?!」

アルはかなり困った。なぜなら
主犯者として巨人を差し出すことが出来なくなるのだから。

教会から正式に依頼された仕事だけに
怪我をした兵士もいる大事な事件を
隠蔽しろと言ってる様なものだ。

そこはリン、ようくわかってるようで
アルと兵士達に金子をあてがう事を約束した。
つまり、買収したのである。

アルにとっても幾度か世話になってる身で
あり、困った顔しながらも、それを承諾し兵士達にも
公言させないと約束した。

「お前達は凶暴なトロールを討伐した。
そして怪我人も出た。私は下手くそな魔法で
大木を一本真っ二つに割った―――。そういう事だ」

カイトも王立図書館に魔法行使の理由を述べなければ
ならなかったのだが、このサイクロプスの身上を
考えればかなり気の毒であるし、もし正直に報告すれば
アル達と報告が矛盾するのだ。そうなると
彼らとも敵対してしまうのは、ちと都合が悪い。

「なあ?図書館の騎士殿。私に貸しを作ると―――
良い事があるかも?」

リンは見せた事のない甘えた笑顔でカイトに言う。

どうも上手く誘導されてしまったが
このかわいらしく、嘘でも自分に向けらた顔であれば
何でも許してしまう。

そんな魔法のような笑顔なのであった。

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図書館の騎士 6

一つ目の巨人と魔法使いリンの戦い!

閲覧数:113

投稿日:2013/08/20 23:51:32

文字数:4,134文字

カテゴリ:小説

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