「月二降ル歌」 【刹月華自己解釈小説】

-参ノ唄-

以下、ご注意事項
・SCL projectさまの名曲「刹月華」の自己解釈小説です。
 本家様とは無関係です。
・【腐】注意
・平安風ファンタジーと思っていただければ。
・がくぽの名前を「岳斗」表記にさせていただきました。
 読みは、お好みでどうぞ。




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-参ノ唄-

 一面に広がるやわらかな四ツ葉を、レンの白い足が踏みしめる。何度云っても、レンは草原を駆け回るときは沓(くつ)を履こうとしない。どこに尖った石が落ちているとも知れないのに。手綱を手近な木に留め、岳斗は楽しそうに駆ける主が脱ぎ捨てていった沓を拾い、苦笑する。

 晴れた日は、こちらから云い出さなくてもレンの方から、外へ連れ出して欲しいと云ってくるようになった。この変化は、良いことだと思う。――しかし。岳斗は陽の光に照らされた、鮮やかな緋袴の残像に軽く目を閉じる。胃の底に落ちた、小石のような重みが、呼吸をするたびに苦しい。

 やがてレンが、摘んだシロツメクサを片手に岳斗の隣へ戻ってきた。

「ねぇ、どうやるんだっけ? 忘れちゃった、編み方」

 口調も初めの頃より、幾分くだけてきた。もっとも、レンがこのように云ってくるのは、大抵甘えてくるときだ。降りそそぐ陽射しを避け、木陰に腰を下ろすと岳斗は手渡されたシロツメクサを器用に編んでいった。ああ、そうそれ、とレンは嬉しそうにその手先を覗き込む。

 野山のことであれば、岳斗はよく知っている。都から来た者と云えど、岳斗の場合は―――。

「山寺を、思い出す?」

 不意に問われ、岳斗ははっと指先を止めた。思わず見遣ると、レンはきらめく瞳をふっと細め、硬直する彼から逸らした。

 ―――自分の幼少期の話など、聞かせたことはない。匂わせた覚えすらないはずだ。それでは、何故。

 その時彼の脳裏に、少納言の遺した覚書が蘇った。我が主は―――。

『時折遠くを、視てしまうことがある』

 遠く。それはどうやら、物理的なものを超えたものを指すようだ。確かに、鏡音は当代随一の卜占の家柄、そういった能力が備わっていても、不思議ではない。しかし。

 平静を装いシロツメクサを編む手を再開させた岳斗の指先を、レンもそれ以上は何も云わずに見つめる。凶の刻に生まれ、千里の先を見、その上金の髪と碧い瞳を持つ。これ以上の災いはないと、周囲の者たちは恐れたことだろう。噂に聞く鏡音リンも、評判に反してその姿を見た者はほとんどないと云う。彼女もまた、同じような容貌をしているのだろうか。

 なめらかな金色の髪を、時折吹く風がそよがせる。近すぎると、かえって訊けないものだ。出来上がったシロツメクサの輪を手に、再び草原に戻っていこうとしたレンの後姿に、岳斗はようやく問うた。

「・・・・昨夜」

 その言葉に、レンの肩がわずかに揺れる。振り返った頬は、陽の光に照らされても尚、白い。

「何者かの気配を、感じませんでしたか・・・・・・?」

 木陰の下から、岳斗は凝(じ)っと主の顔を見つめる。長い睫毛がそっと伏せられ、レンの目元に濃い影を落とした。

「・・・・さぁ。何も、気づきませんでした」

 云われた口元は、既に草原の方に向いており、こちらからは伺えない。俯いたせいで覗いたうなじから目も逸らせずに、そうですか、とだけ岳斗は呟くように云った。

 きれいに編まれたシロツメクサの輪を手に、レンは岳斗の視線を背に感じながら、明るい草原を歩んでいく。何故か、海斗の事は岳斗には云ってはいけない気がした。

 屋形へ帰る鞍の上で、岳斗は主が、何か秘密を抱えたことを確信する。しかし、問い質すことはできない。

(・・・・レン様)

 無邪気に笑い、遠出をねだる彼にはわかるまい。己の内の葛藤など。

(このまま・・・・・・)

 ふたり乗る馬の背で、このまま不条理なこの境遇から、連れ去ってしまいたいと幾度となく思ったことを、彼は知らない。押し付けられた束縛から、解放してやりたいと。その任務からは相反する感情に、彼は目を瞑る。

 陽射しに疲れ、木陰で眠ってしまったレンを傍らで見守った日。好き勝手に駆け回り、何かを見つけてはすぐ走って行ってしまうレンを追い、久方ぶりに声を上げて笑ったこと。花に、蝶に驚き、形を変える雲に喜ぶ彼を、この命に代えてでも守ることが、己の使命だと。その使命感故に、岳斗は自分の気持ちからは指一本触れたことはなかった。その自分たちの間に今、何かが割り込もうとしている。

 陽射しが幾分強くなってきたある日、レンはふと居室から庭を振り返った。青々と茂る庭草の向こうから煙管片手に現れた人に、彼は笑みを浮かべる。

「陽のあるうちに、あなたをお見かけするのは珍しいですね」

 云われ、海の瞳を持つ彼はやわらかく笑う。

「これでも、人目を忍ぶ者なのですよ」

 確かに、これ程までに身なりのいい若者が付き人も従えず独りでいるのは、不自然だった。海斗はレンが気まぐれに散らした碁石をひとつ手に取ると、碁盤の上に乗せた。

「・・・・どちらの味方?」

 戯れに敷いていた碁盤に的確な布陣を打たれ、レンが拗ねたように見上げる。劣勢の方に、と彼は煙を吐いた。

「レン様。・・・・少し遠くへ行きましょう」

 云われた言葉に、レンは目を輝かせたが、でも、と屋敷の奥を振り返る。

「大丈夫。今日はあの岳斗とかいう者は、他事があるようです。少しだけ、あなたに見せたいものがある」

 手を取られ、やさしい深い瞳がレンの瞳を覗き込む。不思議に甘い煙が、レンを包み込む。その煙に夢見させられるように、レンはつい、頷いてしまう。

 こん、と露台の縁で灰を落とし煙管を仕舞うと、軽々とその身を抱き上げ、海斗が庭へと降りる。柵の破れ目から外に出たところで、あ、とレンが声を上げた。ふと足を止めた海斗に、レンは露台の脇を指差した。

「あれ、忘れてる」

 示された先の小さな沓に、海斗の頬がほころんだ。

「また随分と、可愛らしいものをお召しですね」

 戻り、レンを座らせるとその足に漆塗りの沓を履かせてやる。歩き知らずの踵はやわらかく、少年が屋内の花であることを表していた。

 さて、と沓を履かせ終わったレンを再び抱き上げると、海斗はふっと微笑んだ。

「飾り、ですね。どうもあなたにお歩き願うのは、気が引ける」

 すぐ上から聞こえてくる声に、レンの頬が訳もなく熱くなる。狩衣に包まれているせいでそれまで知らなかったが、彼の腕は案外力強かった。

 程なくして連れて来られた場所は、川辺だった。川幅はそう広くはないが浅瀬が続き、流れる水の下の小石のひとつひとつが、はっきりと見える。初夏の陽にきらめく川面は穏やかに美しく、レンは瞳を輝かせた。

「きれい・・・・・・」

 呟くレンを、海斗はそっと川原に下ろす。小石の上を慎重に歩き、レンは水面に手を浸す。手のひらを撫でていく冷たい感触に、少年は微笑する。流れる水を見るのは、レンは初めてだった。

 お気に召しましたか?と海斗が隣に膝をつく。ええ、とレンは微笑むと、あ、と揺らめく小石の影を指差した。

「あれは?」

「小魚ですよ。よく見ると、ほら・・・・あそこにも」

 彼が指す先に目を凝らし、本当だ、とレンはにっこりと海斗を見上げる。ねぇ、とレンは濡れた手のひらを袖で拭うと、甘えるように小首を傾げた。

「入っても、いい?」

 川面を指すレンに、どうぞ、と海斗は微笑みかける。レンは嬉しそうに頷くと、その場に立ち上がった。

 明るい初夏の陽光に、レンの金髪がきらめく。川の向こうにそびえる濃い緑の夏山と、くっきりとした白い雲を背後に、その姿だけはまるで非現実のように浮き上がって見えた。しかしレンはそんなことは意に介さず、待ちきれないように沓を脱ぎ捨てると袴の裾を持ち上げ、透明な水面に爪先を滑り込ませた。

 緋の袴が、揺れる。たくし上げられた裾から惜しげもなく、白い脚が覗く。強い陽に照らされ、丸みの少ないまっすぐな脚線が映える。外歩きをしたことがないとは云え、半月盤のきれいに浮き出た膝はかたちよく、ふくらはぎから緩い曲線を描いて伸びる腱は、やわらかく俊敏な筋を想像させた。

「海斗、あなたも・・・・・・! こっちはもっと、冷たいよ!」

 美しい景色の中、手を振るレンに呼ばれ、海斗は童心に返ったような笑みを浮かべる。都もしがらみも、知ったことか。レンさえいれば、彼さえ自分を見ていてくれれば、それでいい。招かれるままに川に入ると、レンは嬉しそうに微笑んだ。

 水面を跳ね上げ、レンが笑う。海斗の指先が跳ねさせた水が首筋にかかると、払いながらも楽しそうに声を上げた。何とか海斗に一矢報いてやろうと川面を跳ねさせるレンに、彼が云う。

「裾、水に着いてますよ」

 指摘され、あ、とレンは己の足元を見遣ったが、すぐいいや、と微笑む。膝までたくし上げた狩衣姿で、ふたりはきらめく水しぶきを避け、手を浸し、たくさん笑った。

 やがて遊び疲れ、川辺に腰かけるレンの隣に同様に腰を下ろし、海斗は裾を絞った。濡れた裸足の脇に、ぽたぽたと丸い染みが出来る。仲良く並ぶ沓を見ていたレンは、ふと隣の彼の脇差にささっている鹿革の袋に目を留めた。その視線に気づき、海斗は微笑むとその中から横笛を取り出した。

 静かな川辺に、澄んだ笛の音が満ちる。やさしく穏やかながらも広がりのある、芯の通った調べ。レンは聴き入っていた瞳をふと開け、海斗を見上げた。

「・・・・あなたはいったい、何者なの」

 レンはその、端正な横顔に問う。無頼漢のような仕草で、身なりは美しい。教養も高そうだが、やくざな煙管をふかす。時に強引だが、物憂げに横笛を吹く姿は、物語に出てくる貴公子そのものだ。

「・・・・私か。海斗だ。あなたにもらった名だ・・・・・・」

 くちびるから笛を離し、彼が微笑む。その海のような深い瞳に捕らえられ、あ、とレンの身体に細やかな電流が走った。瞬間、目が離せなくなる。初夏の風が頬を撫で行き、濃い緑の山を揺らした。

 瞬きも出来ず見入るレンの頬に、海斗の手がやさしく伸びる。つややかな頬にその指先がまさに触れようとした瞬間、土手の上から鋭い声が飛んだ。

「何者かッ?! その御方から離れよ!」

 はっと土手を振り仰ぐレンの横で、海斗が小さく舌打ちをする。緩やかな土手の上には太刀に手をかけた岳斗が、今まで見たこともないような険しい表情でいた。

「そなたに名乗るような名など持たぬ。元より、己を名乗らぬ者に聞かせる名などない」

 凛と響く声で、海斗はそう返す。何、と岳斗が柄にかける手に力を込め、気色ばんだ。

「これを持っていて」

 視線は岳斗から離さず、海斗はそっとレンに云う。え、と手渡された笛を受け取りながら、レンは彼を見上げた。

「大丈夫、また・・・・逢いに行く」

 やさしく囁くと、海斗はさっとその場に立ち上がった。

「屋敷より主を失うとは、神威の名が泣くぞ」
「・・・・貴様!」
「その方の失態、我が心に仕舞い置いてやろう。無粋な太刀など、振り回すでないぞ」

 口元に不遜な笑みを浮かべ、沓を引き寄せると海斗はさっと踵を返した。身軽に飛び石を伝い、川向こうへと姿を消した海斗を追い、岳斗は川辺まで駆け下りたところで追跡を諦めた。

「―――レン様!」

 呼ばれ、レンは笛を抱えた姿勢のままびくっと肩を跳ねさせる。叱られる、と身を縮めたレンを、岳斗は強く抱きしめた。

「どこにもお怪我などはございませぬか?! かの者に、おかしな事は?!」

 揺さぶるように問われ、なにも、とだけようやくレンは答えた。その言葉を聞き、岳斗の腕がふっと緩んだ。

「・・・・ああ、よかった。レン様・・・・・・」

 細い肩に額をつけ、ため息のように吐かれた声は普段の彼からはかけ離れていて、レンは目をしばたかせる。

「・・・・岳斗?」

 腕の中よりそっと、レンが問う。戸惑う手が、おずおずと岳斗の肩に触れた。

 主がここにいることを確かめるように、岳斗は再び抱きしめる腕を強くする。目の前の白いうなじから匂いたつ芳香が入り込み、彼の頭の中で何かが小さく弾けた。けぶる首筋にくちびるを押し当てそうになるのを堪え、岳斗はようやく自覚する。自分の中に確かに根を下ろすその感情、それが、独占欲であるということを。



 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「月二降ル歌」 【刹月華自己解釈小説】 -参ノ唄-

今回のハイライトは、海斗の舌打ちです。
「・・・・チッ」

いえ冗談です。


弐ノ唄から間空いてしまってすみません!
まさか全裸待機していただいてるとは、思いもせずw
寒くなる前に、と慌てて上げました。
お風邪引いてないでしょうか?
今度は半脱ぎでお待ち戴ければと(ぇ

閲覧数:645

投稿日:2010/08/30 10:42:20

文字数:5,186文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • ユリイカ@年中無休で稼働中

    初めてコメントさせて頂きますユリイカです、はじめましてー。
    まさかまさか、他の方の刹月華解釈を拝める日が来るとは…vvなんというしあわせ。なんという俺得。
    脚フェチは誇りあるステータスの一つです。そしてレンのあの脚は例え兄さんじゃなくても食いついてると思いま……あ、いえ、何でもないです。
    修羅場フラグ美味しいです(^ρ^)これからが本番ですね分かりまry
    わざわざお気遣い頂きありがとうごさいますvv寒いのには大分耐性がありますので、冬越しもきっと大丈夫かと思います。
    執筆頑張ってください!(バッ

    2010/09/02 09:07:19

    • 蛇苺

      蛇苺

      >ユリイカさま。

      うっわデュララの…デュララの……デュララの人だ!!!
      え、マジですかはじめまして!!
      あの動画めっちゃリピしましたよ!
      ファンです! すみませんこんなところで!!!

      驚きのあまり取り乱しています。いつもだいたいおかしなテンションなんですけど。
      アイコンに見覚えがあると思いました。どうりで。あの最後の。

      タグだけでも相当嬉しかったのに、コメまでありがとうございます。
      たった一行の「読んだよ」だけでも、続きを書く意欲が吹っ切れるほど上がるタイプです。
      本当に嬉しいです。
      続き、半裸がキツくならないうちに上げれるよう頑張りますね!

      2010/09/02 21:07:32

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