彼が訪れると、この花街に一陣の風が吹く。
…というのは言い過ぎかもしれないけれど、彼の気を引きたい遊女たちが色とりどりの着物をはためかせ後を追ったり手を振ったり。
見せかけの華やかさを纏った空間が、ほんの一瞬だけホンモノに変わるのだ。

「カイト様、たまには私を買ってくださいな」
「ああんずるい!あたしですわ!」
「ねぇ、この花街にいるのは紅姐様だけじゃないんですのよ」

きんきんと耳を刺す声。むせ返るほどの香と化粧を纏った女たちの間で彼は困ったように微笑む。
育ちの良さそうなその笑顔は普段男達にすげなく扱われることの多い彼女たちにとってかけがえのない物であるらしい。肌蹴た胸元を押しつけるように縋る遊女の輪からあくまで紳士的に抜け出して、彼は軍帽を被り直した。
「すまないが、僕は紅緒以外を抱く気はないんだ」
んもう。いつもそればっかり。カイト様のいけず。
口々に上がる文句は社交辞令ではない。ここの女達は皆、彼に愛されたくて必死なのだ。

「紅緒」
二階の欄干に寄りかかってその喧噪を見下ろしていた私に気付くと、彼は軽く片手を挙げる。私を認めてしまえば彼の目の中にはもう私しか写らない。女達は諦めたようにため息をつき、三々五々それぞれの店へ帰っていく。
「今、そちらに行くよ。少し待っていて」
彼との逢瀬は一週間ぶりだ。三日と開けず通っていた今までから考えれば少し間遠の訪問と言える。
ふわりと微笑んだ彼が店に入ったのを認めてからぱちんと扇を鳴らして立ち上がると、禿(かむろ)のユキが小さな足音をたてて部屋にやってくる。
「お呼びですか、紅姐様」
「カイト様がいらっしゃるわ。寝屋は整っている?」
「はい、香はなにがよろしいですか?」
「そうね、今日は伽羅がいいかしら」
「かしこまりました」
愛らしく結った頭をぺこりと下げて、ユキが部屋を出ていく。

天子さまの御座す御所を遥かに臨む、帝都の外れに作られた、ニセモノの愛を売る楽園。それがこの花街。
その中で最も大きな見世に雇われ、二階の一番良い間を与えられて早三ヶ月。そこが、いつもの私と彼の逢瀬の場所だった。





「カイト様、お待ちしておりました」
「やぁユキちゃん。元気だったかい」
「はい、おかげさまで」
襖を隔てた向こうで彼とユキの声がする。
今年で十を数えるユキは喋り方も所作も、たまに周りの大人が驚くほどしっかりしている。私のことを慕ってくれているようだし、いい娘だ。
「紅緒は、中?」
「左様です」
「入れてもらえるかな」
「はい。姐様、失礼してよろしいでしょうか」
開け放した窓から薫る沈丁花の甘い香りを吸い込んで、ぱちんと扇を叩く。するすると音もなく襖が開くと、そこには一週間ぶりの彼の姿があった。
深い蒼の瞳に、さらりと揺れる髪。通った鼻筋に知性的な眉、形の良い唇。こちらを愛しそうに見つめる微笑む表情は息が詰まるほど優しい。愛と優しさに飢えた花街の女など彼の立ち姿だけでおそらく恋に落ちてしまう。事実、彼に抱かれたがっている女の人数は両手足の指でも足りないくらいだ。

「紅緒」
「……」
三つ指をついて彼に頭を下げるが、すぐには返事をしなかった。
上客である彼が一週間訪れがなかったのは、花魁にとっては恥、見世にとっては損害だ。控えめに不満を表明するくらいのことは許されるだろう。
いつまでも顔を上げない私に焦れたのか、彼はもどかしそうな足取りで私へ近付き、手を握る。
「すまなかった。仕事が立て込んでしまってね」
「……」
「紅緒、顔を見せて」
頬へと持ち上げられた指先に感じる彼の熱。触れ合う肌をきっかけに、ようやく彼と視線を合わせる。
「…見られとうございません」
「どうして」
「カイト様がおいでにならない間に、紅は年をとってしまいましたもの」
「そんなことはない。君の美しさは日が経つにつれて輝きを増すばかりだ」
「随分お上手ですこと」
「世辞ではないよ。本心だ。だって、僕が来ない間は他の男に微笑みかけていたんだろう?」
「…あら、妬いておいでですか?」
「妬きたくもなる。だって君は」
――こんなにも美しい。
甘い囁きが耳を犯して、体中を麻痺させた。頬をそっと撫でられ心地よさに目を閉じると、彼の香りが鼻先で揺れる。やがて唇が重なると当然のように舌が押し入ってきて、私もそれを受け止めた。くちゅ、と水音が響いたのは脳内か室内か。

「可愛い紅緒。君に会いたくて、胸が張り裂けそうだった」
「私もです、ずっとずっと、お逢いしたかった」

閉まり行く襖の向こうに頭を下げるユキの姿が見える。聡く気の回るあの子のことだから今の私達のやりとりを見てきっと線香の数を増やしておいてくれるだろう。
これでしばらくは、誰にも邪魔されず彼と過ごせる。そう思うと、彼の胸の中で笑みがこぼれるのを止めることが出来なかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】千本桜

何故かこのタイミングでブームが来てしまいました…
黒うささんの千本桜(http://www.nicovideo.jp/watch/sm15630734
ということで、カイメイ厨の作った千本桜インスパイア小説です。
本家様がカイメイというカップリングを推奨しているわけではないので、その辺りご留意ください。

※ご注意※
・勿論なんの躊躇いもなくカイメイ
・最中はありませんが遊郭のお話です。苦手な方はご注意を。
・「百戦錬磨の見た目は将校行ったり来たりの花魁道中」という歌詞から広げすぎた妄想の翼
・pixivの一斗まるさん「千本桜・設定書」でめーちゃんが軍服を着ている→しかも背中にカイトとおそろいの「零」の文字→パーンから広げすぎた妄想のry
・遊郭や花魁の時代背景など深く気にしてはいけません。すべて雰囲気です。
・「青年将校と言ったら名前は紅緒しかないと思った」などと供述しており

※最後のページに蛇足のような設定があります。
※前のページで進みます。

※とらのあなさんで通販をしていた小説ですが、おかげさまで2作品完売しました!ありがとうございます!現在は「扉」のみ若干在庫がございますので、よろしければ…!

閲覧数:2,808

投稿日:2011/12/08 04:02:27

文字数:2,005文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

  • 関連動画0

  • kafee

    kafee

    ご意見・ご感想

    カイメイ千本桜とか俺得・・・!
    盛大に萌えさせていただきました←

    2012/05/09 20:05:32

    • キョン子

      キョン子

      >kafee様
      萌えて頂けたならもう思い残すことはございません…!///
      あの動画とイラストを見て青年将校×花魁(軍服姿あり)に想いを迸らせた結果がコレです!
      地味に続編構想もあったりするので、よろしければまた読んでやってくださいv

      2012/05/16 02:35:27

  • ねこかん

    ねこかん

    ご意見・ご感想

    キョン子さんの千本桜とかどんだけオレ得!ってヤツです。死ねる…!
    どーーーーしようもなく萌えました。ありがとうございます!
    将校さんは紅緒(もちろん紅緒しかあり得ませんが何か)さんの肌に残る
    他の男の跡を見つけて嫉妬に狂っちゃったりするんでしょうね…ハァハァ


    ところで…
    …ユキちゃん逃げて!超逃げて!!www

    2011/12/08 23:32:16

    • キョン子

      キョン子

      >マーブリング様
      今回も感想ありがとうございます…!!///
      千本桜は前からすごく好きだったのですが、ゆっくり熟成されて妄想がこんなことになりましたw
      設定も無駄に考えてしまったのでまた続編書くかもしれませんのでその時はまた是非…v
      わあああああお買い上げありがとうございます!!!マーブリング様に「桜」を読んで頂けないのは残念ですが…是非扉と恋がお気に召しますように…!
      増刷なんて恐れ多いことは夢のまた夢ですが、いつかお手元にお届け出来たらいいな…と思います!

      >Nekokan様
      お越し下さってありがとうございます!!
      萌えて頂けたなら恐悦至極!!嬉しいです!!
      そうですよね青年将校といったら紅緒さんしかないですよねわかっていただけますか←
      そうなんですメイコさんは仕事だと割り切るとなんでも出来てしまう人なので…カイト君はきっと悶々してしまうことだと思います可哀想に…
      ユキちゃんはここに残っても遊女になるしかないので、きっとめーちゃんが連れ出してくれるんだと思います連れ出された先も教育上良くない場所だと思いますけど…w

      2011/12/09 22:30:00

  • マーブリング

    マーブリング

    ご意見・ご感想

    カイメイ千本桜!遊女めーちゃんとか、軍服兄さんにときめきが抑えられません…(*^^*)
    ニヤニヤしながら、何度も読ませていただきますね!
    通販も大好評のようですね!お取り寄せ中で、届くのが楽しみです( ´ ▽ ` )
    ただ、せっかくご案内していただいたのに、もたもたしていたら「桜」だけ間に合わず…残念です。。
    勝手ながら、いつか増刷されることを夢見てます(o^^o)

    2011/12/08 06:02:49

    • キョン子

      キョン子

      >マーブリング様
      今回も感想ありがとうございます…!!///
      千本桜は前からすごく好きだったのですが、ゆっくり熟成されて妄想がこんなことになりましたw
      設定も無駄に考えてしまったのでまた続編書くかもしれませんのでその時はまた是非…v
      わあああああお買い上げありがとうございます!!!マーブリング様に「桜」を読んで頂けないのは残念ですが…是非扉と恋がお気に召しますように…!
      増刷なんて恐れ多いことは夢のまた夢ですが、いつかお手元にお届け出来たらいいな…と思います!

      >Nekokan様
      お越し下さってありがとうございます!!
      萌えて頂けたなら恐悦至極!!嬉しいです!!
      そうですよね青年将校といったら紅緒さんしかないですよねわかっていただけますか←
      そうなんですメイコさんは仕事だと割り切るとなんでも出来てしまう人なので…カイト君はきっと悶々してしまうことだと思います可哀想に…
      ユキちゃんはここに残っても遊女になるしかないので、きっとめーちゃんが連れ出してくれるんだと思います連れ出された先も教育上良くない場所だと思いますけど…w

      2011/12/09 22:30:00

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