4

 放課後。
 その日はグラウンドのトラックが使えなかったから、陸上部のみんなはグラウンドのすみっこのほうで筋力トレーニングや短距離、走り幅跳びなんかをやっていた。
 私は、トレーニングのメニューをこなしたあとは、何人かの中距離走の部員と一緒に学校の敷地の外を周回するようにして走っていた。
 今の高校でもそうなんだけど、グラウンドは他の部活と交代制になっていて、私たちがトラックを使えるのは週二回だけだった。
 朝と違って、今度は悠が見てるはず。
 そう思ったけど、グラウンドじゃなかったから、そんな彼の姿を見ることなんてできなかった。
 グラウンドの向こう側を走ってるときに、街路樹越しに校舎を見上げてみたけれど、木々のすき間から校舎の三階の窓が開いているってことがかろうじてわかったくらいで、彼がいるかどうかなんてちっともわからなかった。
 その日は全然集中できなかったけど、それまでは、学校の周りを走るのは結構好きだった。
 なんでかって言うと、中距離走って千五百メートルとか三千メートルとかなんだけど、トラックを何周も走るから、風景が変わらなくて飽きちゃうからだ。
 学校の周りは少しだけアップダウンがあるからちょっときついけれど、風景が変わるから走りやすかった。
 でも、そんな考えはこの日からきれいさっぱり変わってしまった。
 悠の姿を見れなくて気分が乗らなくなっちゃったせいで、学校の周りを走るコースはいっきに色あせてしまった。
 いつもは部活が終わってから、三十分くらいの自主練をやってたんだけど、そのやる気までなくなっちゃってた。
 だから――っていうのは言い訳っていうか、建て前みたいな感じなんだけど――私は、短パンとジャージっていう部活のときの格好ままで校舎の三階まで上がってみた。
 三階には一年の教室が並んでいる。下校時間も近くて、廊下にはもう生徒はいなかった。
「美術室って……あ、ここだ」
 廊下の一番奥、つきあたりの扉に「美術室」というプレートがついているのを見つけて、私はちょっとだけ息を呑んだ。
 緊張しちゃって、なかなかその扉を開けられなかった。
 いなかったらどうしよう、とか、邪魔になっちゃって迷惑にならないかな、とか、他の部員がいたりしたら恥ずかしいよね、とか、そもそも美術室がもう閉まってたらどうしよう、とか。
 そんな気持ちがぐるぐるしちゃって、美術室の前で十分くらいはもたもたしてたと思う。
 何度も何度も深呼吸して自分を落ちつかせると、やっと私は扉を開けた。
 とりあえず、美術室がもう閉まっちゃってるってことはなかった。
 美術室の引き戸は音もなく静かに開いた。
 美術室は、机が並べられているわけじゃないからか、結構広いなって思った。横の棚にはなんのためにあるのかよくわからない白い……石膏っていうの? なんか、そんな感じの置物とかがあった。
 そして。
 その教室の真ん中に、悠はいた。
 入り口に――私に背を向けて。他の人はもう帰ったのか、部屋には悠しかいなかった。窓際よりにイーゼルをたてて、窓の外の風景を見ながら黙々と絵を描いている姿は、それだけでもう一枚の絵画みたいにきれいだと思ったのをおぼえてる。
 そんな空気を壊したくなくて、私は邪魔しないように静かに近寄った。
 イーゼルにのってる悠の絵は、私にはもう完成しているように見えた。けれど、彼はまだ全然納得がいっていないみたいで、窓の外の光景を何度も確認しながら筆を加えていく。
 その絵は、夕焼けのグラウンドだった。
 茜色の空。
 その空は、夕日の近くからきれいなグラデーションで描かれていた。
 その空の下で遅くまで練習している運動部は、逆光になっててシルエットとして描かれている。トラックを走っている人の影が、グラウンドに長い影をのばしていて、悠はその影に注意深く手を加えてるみたいだった。
「――きれー」
「うわぁっ!」
 その絵を見て思わず口にしちゃった言葉に、悠は文字どおり飛び上がってびっくりした。
「あ……ご、ごめん」
 振り返る悠に謝りはしたけど、自分がその日の朝にされたこととおんなじことを悠にしてしまったんだってことに、私は全然気づいてなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

茜コントラスト 4 ※2次創作

第四話

だいたいどんな性格でも、初音嬢はなぜかあんまり違和感を抱かずにすんでいるのですが、男のほうはどうしてもカイトとかレンとかとはキャラクターのイメージが一致しない……。

そう思った結果、名前はオリジナルになりました。
書き始めた当初はボーカロイドとは無関係の名前に、それはそれですごい違和感だったんですが、今はもう慣れちゃいましたねぇ。

閲覧数:53

投稿日:2014/09/07 18:44:08

文字数:1,748文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました