大学病院の一室で、メイトは深いため息をついていた。

「はぁ~あ」

「どうしたんですか。ため息なんかついちゃって」

アカイトがにやにやしながら近づく。
教授にコーヒーを渡した。ブランデーのいい匂いがした。

「あ~、どうしたもこうしたも、さぁ…。
 意識不明になってた患者はみんな目覚めたけど、
 原因が全然わからねぇ!
 原因がわかればまだ意識不明になってる初音ミクも助けられるのに、
 あー、頭痛ぇええ!!」

「今のところ解決策はなさそうですね」

「そう淡々と語るな」

「こればっかりは本当のことなんですから、しょうがないでしょう」

「おまえはなぁ…」

こつ、こつ、こつ。
メイトの言葉を遮るように窓から音がした。
雨が打ち付けている。
さっきまで晴天だった空は何処へ行ったのか。
不気味なほど黒い雲がずっしりと居座っていた。

「あ、そういえば」

「ん? どうしたんですか?
 洗濯物を出しっぱなしにして来たんですか?」

「違ぇーよ!
 おまえが先日拾ってきたあの猫、あいつはどうなったんだよ。
 車に轢かれたかなんかして、重傷だったんだろう?」

「あー、あれですか。
 残念ながらすぐに亡くなっちゃいましたよ。
 足ならよかったんですが、内臓をやられていましたからね。
 こればっかりは義肢ではどうにもできませんから…」

「そうか…。あいつ、よく中庭をうろついてたのになぁ…」

メイトは再び深いため息をついた。
アカイトは机に腰掛け、窓の外を眺めていた。

「生き物って呆気ないですよね。こんなに簡単に死んでしまう。
 簡単に足を失い、手を失い、内臓を悪くする。
 でもみんな必死で義肢にしたり、中身を取り替えたりする。
 必死に生きようとする…」

アカイトの瞳は虚ろだった。
気になったが、メイトは黙ってコーヒーを口に運んだ。

「その点、僕らはいいですよね。ボーカロイドだから。
 病気にならないし、死なない。人間より断然いいですよね」

「その代わり、老朽化したら身体ごと取り替えなきゃならないけどな」

「でも基本的に死なないじゃないですか。
 人間が求め続けていた「永遠の命」ってこういうことを
 言うんじゃないでしょうか。
 それって僕らがある意味、《理想型》だからでしょうね」

「まあ、そうかもしれないな」

突然、アカイトの声が低く暗くなる。メイトはその変わりように息をのんだ。

「はぁ…。
 どれだけ人間より優れていても…、人間はボーカロイドを
 自分より劣っていると決めつけている。実に愚かだ…。
 未だ国は、人間と同等の権利さえ与えない」

「お、おい。…どうした?」

「いいえ…べつに…」

アカイトはニコッと笑う。
メイトにはその笑顔さえ不気味に思えた。
それが顔に出てしまったらしい。アカイトは鋭い視線を投げつける。

「教授…」

「な、なんだよ」

メイトの席のすぐそばまで近づき、アカイトは笑った。

「僕は魔法が使えるんですよ」

怯えるメイトの頬を撫でて笑う。虚ろな瞳にメイトの顔が映る。

「ほぉ~ら、見ててくださいよ。1.2.3!」

そう言って、アカイトはケラケラ笑った。完全にばかにしていた。
メイトは怒り、席から立ち上がった。そのとき、突然視界がぼやけた。

ひどく目眩がする。立てない…。

「どーん」と言いながら、アカイトはメイトを押した。
軽く押しただけなのに、メイトは人形のようにそのまま倒れてしまう。

身体が全く動かなかった。
無理やり動かそうとすると、関節がぎちぎちと音を立てた。

アカイトは笑う。

「大丈夫ですよ。あと三十分もすれば、ちゃんと動けるようになりますから」

「くっそ! なにが目的だ!!」

「安心してください。教授に危害を加えるつもりはありません。
 お世話になりましたし、それに《ボーカロイド》ですからね」

「おまえ…!!」

アカイトはケラケラ笑い、棚から書類を全て掻っ払った。
その書類は意識不明者の書類だった。
脳波や心拍数など、全てが書いてある。

「どういうつもりだ! 学会で発表でもするつもりか?」

「あははは! 名誉なんて要らないし、興味もない。
 俺が欲しいのは、《音》だよ」

「……音?」

全ての書類を鞄に詰め、アカイトは白衣を脱ぎ捨てた。
真っ黒なコートで身を包むと、ポケットから古びた懐中時計を取り出す。

「そう、たとえばこの《音》なんて実に興味深いね」

「自分がなにをしているのか、解ってるのか!!!」

「解ってるよ」

懐中時計を首にかけ、アカイトはドアノブに手をかけた。
アカイトは振り返らずに言う。

「俺はねぇ、ただ世界中に響き渡らせたいんだよ。
 革命の賛歌を、ね。
 それじゃあ、ごきげんよう。よい、クリスマスを――」

そう言い残し、アカイトはドアの外へ姿を消してしまった。


     ◇


「――というわけだ」

「そう…」

メイコとカイトは、病室で寝込んでいるメイトから話を聞いていた。
カイトは頭を抱える。

「これでまた意識不明者が出るのかー! うわぁああ!」

「それはないわ。世界を創ったリンが夢から覚めたもの。
 あの音楽時計に人を巻き込む力はないし、それに扱うのが危険だわ」

「なら、なんだってアカイトは音楽時計を?」

「……《音》ねぇ。
 先日、雪子から話しを聞いたとき、聖夜の悲劇でアカイトを見たと
 言ってた。
 あの事件にも関わっていたやつなら、また大事件をやらかすかもね」

「ボーカロイドの自由と権利を訴える過激派集団か…。
 嫌な予感しかしないな」

「とにかく私たちは彼の行方を追いましょう。
 町中の監視カメラをチェックしたら、どっかに映ってるかもしれない」

「あー、また残業かぁ」

「しかたないでしょ? それが仕事なの。私たちは特務課でしょ!
 ほら、背筋伸ばして、さっさと歩く!」

「ふぁ~い」

怠そうなカイトの背中をたたきながら、メイコは病室を後にしようとした。
メイトがクスッと笑う。

「なによ?」

「いいや、べつに。楽しそうでなにより」

「はぁ!? あんたねぇ、病人は黙って寝てなさい」

「ふぁ~い」

「…ッ!! このばか!」

顔を真っ赤にして、メイコはさっさと出て行ってしまった。
メイトは腹を抱えて笑い転げていた。


     ◇



物語はまだ終わらない。

まだはじまったばかり。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第27話「暗雲」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター

帯人
 雪子のボーカロイド

メイト(教授)
 義肢専門医
 大学病院に勤めている
 メイコの弟

アカイト(助手)
 義肢専門医
 《音》について研究している
 書類をとって姿を消してしまった

メイコ
 雪子のお世話係であり特務課の刑事
 メイトの姉

カイト
 メイコの同僚で特務課の刑事
 一途にメイコを愛してる
 変態

【コメント】
第二章は次にて終了。
続きは第三章にて連載しまーす。

閲覧数:704

投稿日:2009/04/02 16:33:49

文字数:2,674文字

カテゴリ:小説

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