――コンコンッ。
木製のドアに『KAITO』というネームがぶら下げられたドアを控えめにノックすると、その奥から返ってきたのは「どうぞー」というカイトさんの穏やかで間延びした声だった。
私がおそるおそるドアを開けると、机に座ったまま顔だけドアを振り返っているカイトさんが、私を見て一瞬だけ驚いた顔をして。でもすぐにいつのも優しい笑顔に戻ると、「そんなとこにいないで部屋に入っておいで」と私を手招きした。私は「お邪魔します」と声をかけつつ、おずおずとカイトさんの部屋に侵入した。
カイトさんの部屋はいつ見ても綺麗だと思う。私の中で男の人=部屋が汚いというイメージだ(それにはレンの部屋の影響が大きい)が、カイトさんに限ってはそれは全く当てはまらない。
律音家の紹介をした時にミクを料理番だと言ったが、同じ様にカイトさんを説明するのなら、カイトさんはさながら掃除・整頓番に当たる。律音家のどこを見ても常に綺麗で整頓されているのは、このカイトさんのおかげである。
そんなカイトさんの部屋は、青いカーテンに青い絨毯、そして青いカバーをかけられたベッドなど、殆どが青色で統一されている。個人的には、カイトさんのイメージは柔らかいオレンジ色なのだが、部屋にはあまり暖色系のグッズは見当たらない。あるとすれば、去年の誕生日に私がこっそりプレゼントしたオレンジ色のクッションくらいだろうか。今、そのクッションは枕元に大事に(と感じてしまうのは私の思い違いかもしれないが)置かれている。
「ランちゃん、どうしたの?」
「あ、えっと、ミクがお菓子にドーナッツを作ったから、カイトさんにもと思って」
「さっき作ってたおからドーナッツだね。わざわざ、ありがとう」
「いえ、ミクに頼まれただけなので」
私はゆっくりと首を左右に振る。でもカイトさんはそれでも嬉しそうに笑って、「それでも持ってきてくれたのはランちゃんでしょ?ありがとう」と改めて感謝を述べた。
こういうところを見ると、本当にカイトさんは対応が大人だなぁと思う。ミクやリンちゃんにその話をすると、「カイトは天然タラシっぽいところがあるだけだよ」といつも即刻却下されてしまう。しかし、自分で言うのも何だが昔からすぐ卑屈になりやすい私を、いつもカイトさんは励ましたり褒めてくれていた。
その昔、今より更に卑屈度が高かった頃の私は、可愛らしくて純粋で真っ直ぐなミクに常に嫉妬していた。そしてそんな幼馴染の傍にいなければいけないことに、劣等感を抱いていたのだ。
だけど、そう思っていても小さい頃からずっと一緒にいるミクが嫌いになれるわけでもなく、むしろ大好きなミクにそんな思いを抱いている自分自身が益々嫌いになるばかり。そうして悩んで落ち込んで、凹みすぎたせいで食事の量もガクンと落ち込んだ。
そんな時、誰よりも先に私の異変に気付いて、私を励まして立ち直らせてくれたのが、他ならぬカイトさんだった。
カイトさんは私が落ち込んでいると、お気に入りのアイス片手に私の部屋までやってきては他愛もない雑談をしていく。そしてふと気付くと、私は鬱々とした気分なんか忘れてカイトさんとの話しに夢中になってしまうのだ。そして頃合を見計らって、カイトさんは毎回「俺はそうやって楽しそうに笑ってるランちゃんが好きだよ」と言って去っていく。その繰り返し。だけど、ほぼ毎日カイトさんによって吹き込まれた暗示のおかげか、いつの間にやら私はミクに対して卑屈な思いを抱くのを止めていた。
私は昔から、カイトさんに励まされ、支えられてきた。それが良い事なのか、私には分からない。だけど、カイトさんをお兄ちゃんと呼ばなくなった時から、私はもっと強くてしっかりした女の人になりたいと思うようになっていた。それは、いつまでも甘えるだけの私じゃ、カイトさんにとってただの妹としてしか見てもらえないんじゃないかという思いからである。
だけど、そう決意してもう2年程経つが、未だにカイトさんから独り立ちした女の人になれていない。いつだってカイトさんは私を大事な妹として、励ましたりし続けてくれる。
嬉しいやら、悲しいやら。複雑な気分だ。
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