これってもしかして、未成年者略取ってことになるのかな?
ぞっとしない考えが頭に浮かぶ。小荷物よろしく抱えてきた少女に目を落とし、僕はどうしたものかと眉間を揉んだ。
歪な楕円形をした公園の中央には天使のオブジェが乗っかった時計。遊具は明るい日差しをきらりと反射して、芝生は日光を受け止めて実に暖かそうだ。
混乱したまま僕が無意識に足を運んだのは、来慣れた公園だった。つい最近ミクと訪れた場所だ。今僕の隣にいるのは彼女じゃなくて、いまだぐすぐすと鼻を鳴らしている中学生くらいの女の子だけど。
「リンちゃん、だっけ? どう? 落ち着いた?」
僕は笑みを作って、四苦八苦して聞きだした少女の名前を呼んだ。自分でも分かるくらいに笑った口元が引き攣っている。もしもここで我に返ったリンちゃんが「この人攫い!」とか言い出したら、僕は制服を着た恰幅の良い中年警官にでも連行されてしまうことだろう。
「うん……。ごめんね、お兄ちゃん」
幸いなことに、リンちゃんの返事はとても常識的でかつ愛らしいものだった。ふう良かった、とひとまずは胸を撫で下ろす。
「僕の名前はカイト。とりあえず、よろしくね」
まずは自己紹介から。精一杯の誠意を込めて、僕は笑顔を作り直した。
「うん。よろしく、カイトお兄ちゃん」
赤くなった目元を拭い、笑みの形に変えたリンちゃんは、こそばゆくなるような呼び名で僕を呼んだ。きらきらとでも形容できそうな愛らしい笑顔だ。この子の生来の気質はたぶんこちらの方なのだろうと思った。
「あ、そうだ。ちょっと待ってて。アイスでも買ってくるよ」
どうにか危機を脱したと感じた僕は、ふと思いついてそう言った。芝生を迂回して、公園内に出来た行列に並ぶ。親子連れやカップルが連なる列の先には、僕のお気に入りのソフトクリーム屋が出店を構えているのだ。この公園に立ち寄るようになったのも、このアイス目当てというのが実際のところだった。
ミクにも食べさせてあげたかったなぁ。
ちょっとした後悔の間にも列は進み、店員のお姉さんがスマイルで迎えてくれる。
「バニラ二つ」
ソフトクリームを両手に持った僕は、小走りにリンちゃんの元へ戻った。リンちゃんはベンチで足をぶらぶらさせて、退屈そうに待っていた。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
遠慮がちにお礼を言って、リンちゃんはバニラソフトをぺろりと舐める。途端、ぱあっと顔が輝いた。
「おいしー!」
「でしょ!? ここのバニラ最高なんだよね。極上の牛乳を使ってるから滑らかでふわっとしてて、それでいてしっかりとしたコクが…………ってあははごめん、つい」
あっけに取られた表情で口をぽかんと開けるリンちゃんに気付いて、僕は口から流れ出した語りを中断した。いけないいけない。アイスのことになるとどうしても熱が入ってしまう。
「あ~、う゛ん。ところでリンちゃん。どうしてあんなところで泣いていたの?」
首を振って咳払い。仕切り直しとばかりにリンちゃんに尋ねる。
「それは……」
リンちゃんの表情が沈む。膝の上に置いたポーチをぎゅっと掴み、
「あたしの作った曲、全然ダメダメだって言われちゃったから」
口を尖らせて、拗ねたようにリンちゃんは呟いた。それから、彼女は今に至る経緯を訥々と語り出す。僕は時折り相槌を打ったり、簡単な質問をしたりしてそれを聞いた。
リンちゃんの話を整理して要約すると、こういうことらしい。
リンちゃんには双子のレンくんという弟がいて、つい先日、二人はボランダストリートで開催されたベストシンガーコンテストに参加した。僕がリンちゃんに見覚えがあったのは、そのときに彼女たちが歌っているのを見たことがあったからだったのだ。
ここがすごいところなのだけど、弟のレンくんは幼いながらも作曲の才能があるらしく、ベストシンガーコンテストにはレンくんが作ったオリジナル曲で挑戦したという。それであれだけ観客を魅了したというのはすごいことだ。
だけど、惜しくも彼女たちは上位入賞を逃してしまった。一杯練習して、一生懸命に頑張ったのに、結果が伴わなかったのだ。リンちゃんは悔しくて悔しくて、ついこう言ってしまった。
「優勝できなかったのは、レンの曲が悪かったからよ!」
もちろん本音ではなかった。でも一度口にした言葉は取り消せない。案の定レンくんはリンちゃんの言葉に憤慨し、
「だったらリンが曲を作ってみなよ! どうせ出来ないだろうけど」
と言い返してきた。こうなったら売り言葉に買い言葉。
「なによ、レンのバカ! 見てなさい! 絶対レンよりすごい曲を作ってやるんだから!」
勢いに任せて言い放ち、リンちゃんは自室に篭って作曲を始めた。慣れない音楽の専門書をひっくり返し、頭をうんうん悩ませて、彼女はどうにかこうにか一曲を作りあげた。早速リンちゃんはレンくんに自身の成果を見せたのだけど、レンくんには一笑に付されてしまう。
苦労して作ったものを馬鹿にされて我慢ならなかったリンちゃんは、楽譜屋に突撃した。そして、どこの店に行ってもけんもほろろの扱いを受け、なけなしのプライドをずたずたにされたリンちゃんは、挙句の果てには僕に激突して、情けないやら悔しいやらで感情を抑えられなくなり、結果、大泣きしてしまったのだった。
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