ガラス越しに二人の手が重なる。
部屋に満ちていた歌が止み、一瞬の静寂。
「何をやってんのよ、あんたは」
その後に、呆れと安堵の入り混じった複雑な表情で、女性が言う。ガラスに阻まれその声はくもっていたが、ミクの耳にはしっかりと届いた。
「うん、ごめんね。……ありがとう、ルカ」
心配をかけた謝罪。
あの暗闇から助け出してくれたお礼。
ミクは、自分と同じ存在である巡音ルカに伝える。
「それは、私じゃなくて彼らに―――――」
ほっと下げた眉を慌てて吊り上げて腕を組み、強気な姿勢を見せるルカの言葉を遮るようにして、部屋の一角から悲鳴が上がる。
「な、何?」
「どうしたの?」
二人の視線を向けた先で、白煙が上がっている。
辺りにはマネキンのような人形が転がっていた。中には胴体と腕、足が離れた物もある。
白煙の中から、カツリ、カツリという足音。覗いたブーツが、鈍い音を立てて、転がっていた人形の腕を踏みつぶす。
「ぁ―――――っ」
「な…っ! 何なの、これは……っ!」
ヒクリ、とミクは喉を振るわせ、ルカは目を丸くしてミクと、そして白煙の向こうから現れた影とを交互に見やる。
そこには、髪の色こそ違えど、ミクと瓜二つの顔を持った少女の姿。
ミクの内に現れた、あの真紅の髪をした少女だった。
「こんな身体じゃダメだね。そう―――やっぱり、アナタの身体じゃないと、ね」
口元が三日月を形作る。
「ミクが、二人……?」
ミクはそんな笑い方は決してしない。しかし、顔といい、口調といい、服装といい、表情を覗けば何もかもがミクそのものだ。
ルカに戸惑いの表情が浮かぶ一方、ミクと瓜二つの少女は、その幼さの残る顔を歪めた。
「一緒にされると不愉快なんだよね。……ミカ、とでも名乗っておこうかな」
少しだけ悩んだ末に、少女は自分に“ミカ”と名を与え、満足げに笑う。
「さぁ、初音ミク。アナタを、壊してあげるね」
「―――どういうこと?」
問い掛けるルカを相手にせず、ミカは一歩、二人に近づく。
「そうだなぁ、そんなに歌が大切なら、その歌を奪えばアナタは壊れてくれる?」
その言葉に、ミクだけでなくルカまでが顔を青くする。
歌を失う。それは、彼女にとって、その存在意義を失うことと等しい。
すい、っとミカの腕が地面と平行に持ち上げられる。
「何を―――っ!!」
「きゃあああああああああああっ!!!」
ルカの声と、ミクの悲鳴が重なる。
弾かれたようにルカが振り返れば、硝子の向こうでミクが上半身を反らし、目を見開いて痙攣を起こしていた。
「ミクっ!!」
「ほら、アナタから命を取り出してあげる。歌という、命をね」
一際大きな悲鳴が上がる。
喉を引き攣らせ、身を襲う苦痛からか、目の端から雫がすべり落ちた。
そのミクの身体から、ふわりと、赤い球体が浮かび上がる。
一つ、また一つ。それは青であったり、黄であったり、色様々だ。
「ぁ……、ぁ……っ!」
それが、ミクの中に宿る彼女の歌。
「ミクっ!! あんた達何やってるのよ! 早くこれを開けなさい!」
拳でガラスを叩き付けながら、ルカが研究員たちを叱り飛ばす。しかし、
「そ、それが開かないんです!」
「機械が正常に作動していない!」
彼らから返って来た声にも焦りが見える。
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