七月二十三日。

「そうそう、浅草って言えば雷門だよね」

祭りの中、神威の隣を無邪気そうに歩くミクが笑う。それは自分の目にはふてぶてしい笑みとしてしか映らなかった。それに彼女からすればこれはデートをしているように思うのだろうが、断じてそれは違う。
ミクがあまりにこちらに身体を寄せるが故に、周りの人々も俺らの関係はカップルに見えてならないのだろうが、絶対にそれは違うのだ。
少なくとも俺はデートだなんて思っていない。ただ強制的に付き合わされたから、それに乗らざるを得ないだけだ。
デートで本来リードするのは男の役目だが、今日の日程を決めてきたのはミクの方だ。
どうしてよりによって浅草なんか。この間リリィと行った場所じゃないか。
俺への当てつけってわけか?

「ねぇねぇ、お土産買ったら、雷門見に行こうよ」

リリィと同じくらい眩しいほどの笑顔で話しかけるミク。けれどそれは作りモノにしか見えない。
あんな事があった後だ。あっちのミクが本性で、今のミクが猫を被っているということは、十分わかっていた。
神威は罪悪感やら後ろめたい気持ちやらでいっぱいだった。リリィを差し置いて、好きでもないやつとデートしているなんて一体俺は何をやっている。
本当ならもう帰りたいくらいだが、ミクの命令に背いたらすぐに秘密はばらまかれる事だろう。
ミクの手に握られている爆弾を爆発させてしまわぬように、おとなしく言いなりになっている自分が
本当に悔しかった。
言わばミクと自分の関係は、女王とその下僕。
下僕?下僕だって?この俺が?
前までは絶対に考えられなかった。どんな女子だって怖がって近づかなかったこの俺が、今女子の尻に敷かれているなんて。

神威は始終歯がゆい思いだった。プライドはボロボロに崩れ去った。
苦労して作り上げた砂の城の上から、大量の水をぶちまけられたようだった。
リリィに別れの言葉を告げて三日経ったが、その時に彼女が最後に見せた泣きそうな顔と声が記憶に残って仕方ない。
気まずくて学校にも行けていない。同じクラスなのだから、行ったら嫌でも彼女と顔を合わせることになる。
そして、三日前から夜はほとんど眠れなくなってしまった。


― ― ― ―


七月二十日。その日までにはリリィに別れを告げなければならなかった。秘密をばらされないために。
だが言おうとしても、今までずっと言えなかった。言えるはずないだろう。自分の心にもない言葉を、しかも残酷な言葉を彼女に浴びせるなんて。
穏やかに済ませる方法をずっと考えていたが結局思いつかないまま、その日を迎えてしまった。
何かしら考え付くだろうとは思ったが、一つも思いつかなかった。助かる方法は……今のところない。
俺は彼女に残酷な言葉を言えるだろうか。いや、言わなくてはならない。言わなくては。何としても言わなくては。
その日、リリィを学校の駐輪場に呼び出した。

「言いたくないなら、言わなくていいよ?何か、悩んでるんだよね、神威」

いざ言おうとしたその時に彼女から発せられたのは意外な言葉だった。同時にその言葉が痛かった。自分をいたわってくれているんだと、すぐに分かった。
リリィはやはり何か察していたんだ。自分に無理をさせまいと心配してくれている。それはリリィなりの優しさなのだろうが、神威の心には鋭い痛みとなって突き刺さった。

「言わなきゃいけないんだ、これだけは。どうしても」

そう、どうしても。どうしても言わなくては。言わなきゃ言わないで、どちらにしろ秘密がばらされて彼女に嫌われるのだ。
自分から突き放すのだって辛いが、彼女に突き放されるのだって辛い。そしてそれだけでなく、非難され軽蔑され、後ろ指を指される方が何十倍も辛い。
どっちにしても嫌われるのなら、自分から突き放した方がマシだったのかもしれない。

「俺と……――」

深呼吸をして、その言葉を紡ぐ。しかしそれは囁きのような小さな声にしかならなかった。
その言葉を理解できなかったのか、彼女はしばし呆然としていた。
やがて理解したのか、彼女は小さく声を漏らす。

「そ、そんな」

彼女の表情は窺えなかった。というよりも、窺いたくなかった。自分の言葉で彼女を傷つけてしまったのだと思うと、胸が酷く苦しくて、目を合わせられなかった。
彼女は何か言いたげに口をパクパクとさせるが、一言も言わないうちにその口はつぐまれてしまう。
やがて、静かに彼女は言った。

「遊園地、行ったよね。神威も、あの時凄く楽しそうだったよね。楽しかった……よね?私の事、撫でてくれたよね?なのに……私の事、嫌いになっちゃったの?」

違う、違うんだ!俺は本当はリリィの事が……。
心の内の想いを吐き出したかったが、出来なかった。喉まで出かかった言葉を、慌てて心の内へと押し戻す。
どこかでミクが偵察しているかもしれないのだ。授業の最中ではあったが、そう言う時こそ監視されているのかもしれない。

「だから、新しい彼女を作ったの?それとも……私は最初から“二番目”だったの?」

違う……違う違う違う!絶対に二番目なんかじゃない!
リリィは俺の初めての彼女だ、初めて好きになった人だ。リリィが俺の一番なんだ!
神威は心の中で何度も否定した。けれどその声は胸の中で反響するばかりで、声にはならなかった。

「……ごめん」

これ以上は、もう何も言えない。苦しくて、窒息してしまいそうだ。
彼女とこれ以上話すと、本当に死んでしまいそうなくらい、心が痛くなる。

「待ってよ……!どうして、別れたいの?理由くらいは、教えてよ……」

その場を去ろうと歩きだした直後に、彼女の消えてしまいそうな声が耳に痛いほど響いた。
その必死の問いにすらも、答えられなかった。答えてやれなかった。
答えられるはずないじゃないか、本当は別れたくないんだ。
秘密を知られて軽蔑されたくないからなんて言えるはずがないじゃないか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

セルフ・インタレスト 14 (♯3)

誤字脱字、ストーリーの矛盾点などありましたら教えていただけると助かります……。

閲覧数:32

投稿日:2012/08/05 15:44:41

文字数:2,452文字

カテゴリ:小説

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