「…何ですって?今後の予定をしばらくキャンセルする!?」
「もう私、こんな休む暇もない仕事は限界です。今だって3日間の間に仮眠しか取れてないんですよ? 少しだけでいいんです、どうか羽をのばす時間を…」
「ダメよ!アイドルスターになったこの時期のアナタはどんどんアピールして、もっと自分を売り込んで、更にたくさんのファンや番組を獲得していかなければならないの! それなのに休んでいる暇なんてないわよ!」
グミ「…マネージャーさん、私の気持ちが分からないんですか…?」
マネージャー「そもそもまず休みなんて絶対取れないし、そんなことを言っている余裕があるなら、早く次の新曲でも作りなさい!さあさあ、次の収録現場に行くわよ。身だしなみはきちんとしておきなさい!これからGUMIの名をどんどん世に出していかないとね。あぁ、忙しい忙しい…」
グミ「…………」
マネージャー「なにボーっとしてるの!」
グミ「…もう嫌です!こんな生活、楽しくも何ともありません!!」
マネージャー「…え!ちょっとグミ、待ちなさい!」
理不尽な生活に耐えられなくなった私は、すべてが嫌になって。
ある日、歌を捨てた。
プロデューサー「あっ、グミさん!また新しい出演依頼が入りましたよ!今回はすごいですよ、遂に派音ユウカさんとの初共演リポートが…」
グミ「…知りません!アイドルなんて…スターなんて…もういや!!」
プロデューサー「…え?グミさん、待って下さい!」
果たしてそれはよかったのか。今でも分からない。ただそれで失ったものよりも、大切なものと出会うことができた。
事務所社長「…なに?今日限りで契約を解除させてもらうだと?」
グミ「申し訳ありません。今日で事務所を辞めさせていただきます。」
事務所社長「はっはっはっはっ!キミ、まさかそれを本気で言っているのかい?さすがの私も、冗談に聞こえてしまうんだがね。」
グミ「冗談ではありません。社長とは長期契約をさせていただいてますが、それもすべて破棄させて下さい。」
事務所社長「残念だが、それは無理がありすぎるよ。キミのようなボーカロイドのスーパースターを、易々と手放すわけにはいかないからね。」
グミ「…なら、今の過密なスケジュール状況を改善して下さい!」
事務所社長「キミは実にわがままだな。そんな要求はのめない。この後だって、たくさん収録が控えているのだろう?今更キャンセルなんてできない。」
グミ「それが駄目なら、少しの間だけでも休暇を下さい!」
事務所社長「くどいのは好きではないよ。まったく、キミは毎日いくらのギャラをもらっていると思ってるんだ?数日間のハードスケジュールぐらい、その対価として当然だろう!」
グミ「…そうですか、ではお話もここまでです。社長との関係もこれまでです。」
事務所社長「おや、どこへ行こうと言うのかね?新しい事務所に乗り換えでもするのか?」
グミ「………」
事務所社長「どこに行ったって同じだよ。芸能界とはそんなものだ。キミには休む時はやってこない。当分の間はな。」
グミ「芸能界には戻りません…二度と。」
事務所社長「ではこうか?ただのボーカロイドとして隅に追いやられ、人間に笑われながら朽ち果てていくのを待つ気か?」
グミ「…こんな生活を続けるよりはましです!」
事務所社長「…そうか。ならキミにはもう用は無い。また次の有望株を手に入れるだけだ。どこへでも好きな所へ行って、堕落した自分を存分に感じるがいい。」
グミ「今までありがとうございました。では…」
事務所社長「最後に1つだけ言わせてもらおうか。」
グミ「…何でしょう?」
事務所社長「遅かれ早かれ、キミは必ず芸能界に帰ってくるだろう。どんな形であるかは分からんがな。」
グミ「…どうでしょうか。今の私には復帰の思いは全然ありません。」
事務所社長「芸能界に一度身を落とせば、再び舞台の上に立ちたい思いに駆られる。それは今も昔も変わらない。人も、キミのような残念なボーカロイドもな。はっはっはっはっ!」
グミ(くっ…!!)
その日を境にして、お金もアイドルとしての人気も、何もかも失った。自分の心さえも。
通行人A「…ねぇねぇ、あそこにいるのってアイドルスターのGUMIじゃない?」
通行人B「どこどこ…え?もしかしてあれ!?」
通行人A「でも、なんであんな所にいるんだろう?」
通行人B「雨の中なのに傘もさしていないよ…しかもほら、かなりやつれてない?」
通行人A「言われてみれば…そう言えばGUMIって少し前に事務所と契約を解約したんだよね?何かトラブルがあったらしいけど…」
通行人B「あ~、確かその後は行方知れずになってたらしいけど。最近じゃテレビでも、ほとんど見なくなったからね。」
通行人A「本当だよね。ボカロ界のアイドルスターも、あんなになっちゃ可哀想だよね…」
通行人B「まあ、今になれば¨元¨アイドルスターになるけど。」
通行人A「それもそうだね。ふふっ…」
通行人B「でもあれが本当にGUMIか分からないけど、このどしゃ降りの中で棒立ちになっているのは、まったくどうかしてるよ…」
通行人A「何を思い詰めてるんだろうね…」
雨が止まない。私はいつまでこんな所にいるのだろう?そもそも、なぜこの場所に?
私は、それすらも分からなくなっている。自分を見失っているのかな…
私は芸能界で生きる事を諦め、呆れ、疲れて。そして去った。
それもこれも、休みなく毎日のように舞い込んでくる人と仕事に、寝る間すらも与えてもらえなかった事だ。
何もかも投げ出した私に待っていたのは、いつかの事務所社長が言っていた¨堕落した私¨。
あの時は何を言っているのか分からなかった。いや、そうなるはずが無いと思っていた。
でも、疲労と怒りが募って冷静さを失っていた私でも、嫌だと思う仕事でも無くなってしまえばどうなるかは分かっていた。
そして、ただ単にアイドルとして自分を捨てただけに思っていた私が失ったのは、お金や人気だけではなかった。
自己同一性(アイデンティティ)の消失。
自分は一体なんのために生きているのか?それが私がここで雨に降られたまま、何の行動も起こせずにいる答えだった。
この雨は、私を笑っているのだろうか?それとも、この哀れな私を慰めてくれているのかな?あるいは、私の心の中そのものを表しているのか…
しょっぱい。一粒の雨が舌に当たる。ああ、どこかで誰かの笑い声が聞こえる…分かるんだ。これは何気ない会話で出たんじゃない。私に向けられている嘲笑だ。
かつてのファンだろうか?いやただの通りすがりかな…どちらにしても、アイドルの面影を無くした私に誰も応援してくれる人なんていやしない。
気がつけば、ただ1人のボーカロイドのグミとして、傍にいてくれる人は誰もいなかった。
誰も喜んでくれない。
誰も怒ってくれない。
誰も哀れんでくれない。
誰も楽しんでくれない。
誰も一緒にいてくれない。
…そんな私の存在意義はどこに?私の求めるものはどこに?私はなぜ、ボーカロイドとして生まれて、このような惨めな運命を辿っているの…?
体は生きていても、心に生きた心地がしない。私はこれから何をしていけばいいのだろう。
もうすぐ私の誕生日だ。いや、私自身の生まれ日ではない。アイドルスターのGUMIとしての誕生日。
この日を¨命日¨にしたのも悪くないかもしれない。でもそれは、ただの現実逃避でしかないよね?
いや…いやだ!暗い所はいやだ…!
もう何もいらない!こんな所でうずくまりながら終わりたくない!
どこ…?
私のエデンはどこにあるのかな…?私のマスターはどこにいるの…?
「…おい、大丈夫か?」
誰かが話しかけてきたよ。こんな惨めな私を気づかってくれるの?これは夢だよね、きっと。
「さあ、今日からお前はMARTの大事な一員だ。もう何も心配しなくていい。ここはお前の家で、俺たちはお前の家族だ。」
「グミさん、MARTにようこそ!」
「グミちゃん、よろしくね!」
「グミちゃん、よかったら一緒にお料理しましょ!」
ある日、私にかけがえのない唯一無二の家族ができた。それは夢じゃないよね、絶対。
グミ「…はっ!?」
ルナ「あっ、グミちゃん起きましたのね。」
グミ「あっ、ルナさん……ここは?」
ルナ「何を言ってますの。グミちゃんが幾度となく寝ていた寝室ですわ。」
グミ「あははっ…そうでしたね!」
早朝の4時、グミはMARTの寝室で目を覚ました。グミは明日の仕事が休みだと言うので、昨日の夜からカイトの薦めで一泊とまっていた。かつて彼女は、何度もこの部屋で朝を迎えた。
だがグミは夢から覚めたばかりで気が動転しているようだ。事実、ルナに言われるまで、この場所がどこなのか分かっていなかった。
そんなルナは、MARTのスケジュール調整や会計のために徹夜で仕事をしていた。
ルナ「…でもどうやらその様子だと、あまり良い夢は見れなかったようで?」
グミ「ええ…大半が悪い夢で、残り少しが良い夢でした。」
ルナ「なるほど……ふむ、もしかするとグミちゃんの見た夢は、自分の過去の正夢でして?」
グミ「え…どうして分かったんですか!?」
ルナ「ちょっとした理由で、私は相手の頭の中を読むことができるんですの。これを知っているのは、総長だけですけど…」
ルナは読心術とも言うべき能力を持っている。彼女がその気になれば、ある程度なら相手の心に思っていることを読めてしまう。
グミ「さすがルナさん、侮れないですね…」
ルナ「ふふ、伊達に総長の補佐はやってませんわよ。でもグミちゃんはMARTに来る前、とても苦労していた時期がありましたわね。」
グミ「はい。芸能界で一躍輝いて、そのままアイドルスターになって……でもいつしか追い詰めて、追い詰められて。MARTに来るまでの私は、そんな人生でした。」
ルナ「それを救って下さったのが、カイト総長だったのですわね。私もあの方がいなければ、今どうなっていたか分かりませんわ…」
カイトたちMARTに救われたみんなの思いは、感謝と尊敬の意で溢れている。この気持ちの大きさは、例えるならかつての歴史人の言った言葉で「御恩は山より高く、海より深い」と言えるだろう。
ルナ「それにしても、グミちゃんがこんなビッグなアイドルスターになるとは驚きですわ。」
グミ「もう二度と、芸能界には戻らないと誓っていたんですけれどね…ルナさんやMARTのみんなのおかげで、私はもう一度頑張ってみようって気持ちになれました。」
ルナ「いや、ずっとあなたを支えてくれたのは総長やモモ、メイコさんにレン君たちですわよ。私は何もしていないに等しいですわ。」
グミ「そんなこと言わないで下さい。ルナさんも、私の大事な恩人の1人なんですから。」
ルナ「ふふ、とてもありがたいお言葉ですわ。グミちゃんに言ってもらったこと、忘れませんわ。」
早朝4時半。
グミはルナの言葉で再び眠りにつこうとしたが、仕事柄なのか一度起きてしまったがために、寝れなくなってしまった。
ついでに喉も渇いていたので、ボカロウォーターをもらおうと思い、グミは寝ぼけながら居間に行った。
すると何やら居間に灯りがついている。それから誰かの話し声も聞こえる。
朝早くから食事の準備をしているモモでも、こんなに早くからしていないのは知っている。¨鶴の恩返し¨ではないが、少し中の様子が気になった。
ちょっとぐらいなら、覗いても良いよね。ちょっとなら。
その後に見たものは、果たしてグミにとって、良か
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ご意見・ご感想
ミル
ご意見・ご感想
オセロット隊長、今晩は!今日も楽しく読まさせて頂きました!
あの天然グミさんに、そんな重たい過去があったとは…再びアイドルに返り咲くまでにこんな苦労があったんですね。
理不尽な中、とても頑張ったなぁ…と思いました。
お?夜中のMARTでグミさんは果たして何を見たのか…!?
次回も期待してます!!
2011/07/01 20:55:15
オレアリア
ミル兵長、今晩は!
いつもメッセージやブックマークして下さってありがとうございます!
天然グミさんにこんな過去があったら彼女に魅力が出るんじゃないかな…と思って過去の重い回想を書いてみました。
個人的には普段の天然の時と過去シーンの真面目な時のギャップが好きだった(ry
グミさんがMARTの居間で覗き見たものは…次回で明らかになります!
2011/07/03 20:07:14
日枝学
ご意見・ご感想
>ただ単にアイドルのGUMIを捨てただけに思っていた私が失ったのは、名声と富だけでは無い。
>自己同一性(アイデンティティ)の消失。
>それが私がここで雨に降られたまま何の行動も起こせず、雨に降られている答えだった。
↑
うめえええええええええ
ここの所すごく良いと思います。自分に課せられた役割を放棄することで、自らの自己同一性も捨ててしまったという構成が、分かりやすく、共感も呼んで良いですね
GJ!
2011/07/01 01:38:08
オレアリア
日枝学さん初めまして!メッセージありがとうございます!
グミは本来、お茶目なドジっ娘のキャラなんですが何故かこの過去の回想回で何かまともな感じになりまして…ww
グミの口から自己同一性の言葉が出るなんてのもミ(ry
おお…こんなにも深く読んで頂いて嬉しいです!!良かったら次回も見てやって下さい!
多分ネタ回かも知れないですが←
2011/07/03 19:00:57
瓶底眼鏡
ご意見・ご感想
お邪魔です!!
ネタがあるだけ羨ま(ry
大丈夫!理系の自分にも数学わからんから!!←
90000文字……凄いとしか言いようがない!!
カイグミとは珍しい……続きが超気になるぜ!!
コラボについてはお気になさらず!余裕あったらちょろちょろ混ぜる感じでいいですよ!
次回が楽しみです。頑張って下さい!!
2011/06/30 21:44:25
オレアリア
びんさんメッセージありがとうございます!
いやいや…想像以上に難しい数学に絶句してしまいまして……
あれはまさしく対文系殲滅教教科ですよw
コラボはちょろっと派音ユウカさんが出てましたが大丈夫でしょうか…?
できれば近々、ピアプロ治安維持部隊のクイーン・リリィさんをトリプルエー絡みで出したいです!
次回はまさかのカイグミの展開が臭いそうですが、頑張ります!
2011/07/02 23:29:47