「レーンッ」
仕事を終えて帰宅し、ねーちゃんが作ってくれた遅い夕飯を食べ、風呂に入ってようやく自室に戻ってきた俺は、その行動に最初から最後までピッタリと付いて回ってきた相方に、ベッドに座った途端タックルをかまされ布団の上にひっくり返った。
「…リン。頭ぶつけるからタックル禁止」
「はーい」
元気なお返事だが、明日にはまた同じことをするに違いない。今日はなんとか免れたが、そうやって何度でも壁に頭をぶつけるのがある意味俺の大切な日課である。
大きなリボンのついた頭と背中に手を添えて、抱き合ったまま横向きに寝転がる。
鼻先が触れ合うような距離で、リンはえへへと嬉しそうに笑った。
「今日の仕事は上手くいった?」
「それなりに」
「リンがいなくて寂しかった?」
「寂しくはなかった」
「えー」
眉一つ動かさずに答えてやると、リンは口唇を尖らせる。
「リンがいないから寂しくて仕事が手に付かなかった、って言ってほしかった!」
「それじゃプロ失格だろ」
「レンはリン廃のプロでしょー!」
胸をポスポスと叩くリンに、俺はなんだよそれ、と苦笑する。
「寂しくはなかったけどリンのことは考えてたよ」
途端にパアッと花が咲くリンの表情。
「どんなこと考えてたの?」
「今何してんだろうとか。ここリンとハモったら気持ちいいだろうなとか」
「それで、仕事が手に付かなかった?」
「だからんなことはないって」
まだ食い下がるリンに、なぜそこまでそれを押すのかと俺は思わず吹き出す。
「むしろ逆だよ。リンのこと考えて、仕事中でも元気もらってた」
「ホント?リンのこと考えたら元気出た?」
「すごい出た」
頷くと、ようやくリンは納得がいったように満足げに笑い、ぎゅうと背中に腕を回して抱きついてくる。そして俺の耳たぶに繰り返し小さなキスをしてくる。
「レンー好き」
「はいはい」
「好き好きすきすきー」
「はいはい…」
そんな状態で足を下半身にからませられるのはさすがに勘弁して頂きたいのだが、そんなことを言えば面白がってますますとんでもないことをしでかしてくるのがリンなので、俺はつとめて頭の中を無にし、黙って熱烈な求愛行動を受け止めていた。
そのうち、ふと身体を離して、リンが上目使いに見上げてくる。
「…レン、リンのこと好き?」
「………うん」
突然何をたくらんでいるんだろう、と、若干警戒しながら頷くと、
「じゃあなんでもっと言ってくれないの?」
怒っているわけでもなく、様子をうかがうようにそんなことを聞かれた。
なんでと言われても。
「…そんなしょっちゅう言う必要はないだろ」
「だってリンはしょっちゅう言ってるよ」
「それはリンが言いたいからだろ」
「レンは言いたくないの?」
「別に言いたくないわけじゃないけど」
「けど?」
「…男がそんなことやたらと口にするのはどうかと思う」
正直に答えると、リンは目を丸くしてから、声を出して笑った。…何かおかしなこと言ったか?
「レン、それリン以外の女の子の前で言っちゃダメだよ」
「言わないよ」
「特にミク姉に言ったら、お説教されちゃうからね」
「…あぁ」
なんとなく話が読めた。
「ちゃんと口に出して言えって話?」
「そうそう。ミク姉はね、ちゃんと、いっぱい言ってほしいんだって」
「だろうな」
「ルカぴょんは、空気読んで言えって」
「ぶは」
さすがすぎて思わず吹いてしまった。
「めー姉は、カイ兄と2人だけの時はいっぱい言ってるんでしょ、って聞いたら逃げられた」
「うーん…」
あの2人はどうだろう。お互い意地の張り合いみたいなとこあるし、案外そんなこともないんじゃないだろうか。
まぁ、その3人はいい。問題は。
「…で、リンはなんて言ったんだよ」
「リンはねぇ」
腕の中で、リンがうふふ、と意味ありげに笑う。
…俺は、自分からは決して好きだとかなんだとか、言わない。
誰よりもリンが大切だし、彼女がそれを望めばいくらでも言ってやるけど、自分から進んで口にはめったに出さない。
…やっぱりリンも、もっと言葉にしてほしいとか思ってるんだろうか。
オレが言わなくても、リンの方から毎日そんな言葉を数えきれないくらいくれるから、それに甘えて、返すのはおざなりな愛情表現ばかりになってしまっていることは自覚してる。
本当は嬉しくてたまらないし、自分のことを世界で一番の幸せ者だと思っているけれど。
…でも。
………やっぱり、言えない。
「リンはね、リンの方からいっぱい言うからそれでいいって言ったの」
俺の頬を両手で挟み、リンが優しく笑う。俺は思わずその目を見返した。
「……いいのか?」
「いいんだよ。だって、レンはそれをぜーんぶ受け取ってくれるでしょ?」
「…うん」
「リンのたくさんの『好き』がレンの中にいっぱい溜まっていって、そのうちそれがレンのたった一回の『好き』になるんだよ」
確かに俺は、リンの100の『好き』に対して1の『好き』しか、きっと返せていない。
「その一回に、レンの気持ちがぎゅうぅー!って詰まってるんだもん。だからリンは、いっぱい聞かなくてもいいの。そのたった一回が大切な宝物になるから」
くるりと見上げてきた大きな瞳に、頬が熱くなる。
それを隠すためにリンの顔を胸に押し付けるようにして抱きしめた。
世界で一番王女様で、欲しがりで、拗ね屋で、甘えたで、小悪魔で、ワガママを絵に描いたようなこのリンが、そんな風に考えてくれていたことに胸が痛くなるほどトキめく。
いやこれも俺をますますリン廃にするための作戦なのかもしれないけどもうそれでもかまわないああぁもう、今俺の腕の中にいるリンが可愛くてたまらない。
リンが苦しいよと笑い、俺だけに聞こえるほどの小さな声で囁く。
「…ね、レン。好きって言って?」
「好きだよ」
彼女に求められれば、いくらでも言ってやることができるのに。
どうしたって自分からは言えない、卑怯な俺を許して。
「……好きだ、リン」
「もう一回」
「大好きだよ」
「もっとぎゅってして」
薄い背中が反りかえるくらいに、もっともっと力を込めて俺と彼女の距離をなくす。
2つの高鳴る鼓動が同じリズムを刻み、小さな膨らみが俺の胸に押し付けられて、目眩がした。
「キスして」
つむじにキスを落として、おでこに、耳に、まぶたに、頬に、一つ一つ大切にキスをして、最後に口唇をゆっくりと重ねた。
慈しむように優しく、この愛しさが少しでも伝わるようになるべく穏やかに。余裕のないこの胸の内を悟られませんようにと祈りながら。
「…今日は、一緒に寝て?」
そして、淡く染まった頬で上目使いにお願いされたら、俺に断れる術はなかった。
好きだよ、リン。
100分の1の「好き」を。
もしかしたら、今日は自分から言えるかもしれない。
…ベッドの中でなんて、ちょっとズルいかもしれないけど。
【レンリン】 100分の1の「好き」
鏡音、お誕生日おめでとうございました!過去形!orz
時系列としては前作『クリプトン女子会』の夜になります。
誕生日とは関係ない話になってしまったけど、レン廃でリン廃のレンリンを書けて満足です。
個人的にこの2人はどこぞの青赤と違い、「自覚のあるリア充」というのがポインツです。
かわいいなぁかわいいなぁ鏡音は素直でかわいいなぁ!イチャみね楽しすぎる
自分からは言えないレンくん、君は「卑怯」なのではなくてただの思春期なだけだ。ドンマイ★
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